第5話 女性免疫0%

「ね、松葉」


「何?」


「お客さん来ない時、どうしてるの」


「いや、やることはいくらでもあるし」


「へぇ、真面目だね。でも確かにそっか。慣れたら見えてくるのかなぁ? なんか手伝った方がいいことある?」


「……じゃあ、弁当の棚、整理してもらえる?」


「了解〜」


堀之内さんは上機嫌で、お弁当コーナーを整理しつつ、いつものように澄んだ通る声を店内に響かせていた。


彼女はそこそこに物覚えがいいらしくて、本来ならまだまだ研修期間なはずなのに、気づけば二人だけでシフトを組まされていた。大丈夫ですか、なんて店長に聞いたら、まあ松葉君がフォローしてくれるよね、とか適当な感じで。


いくら一年勤めたとはいえ、まだまだ知らない業務がたくさんあるのだ。チケットの発行だって、特別なパターンがあって読み込めないことがある。後で調べたら、それは別の系列店でしか使えないとか。


 収入印紙、切手、葉書。そういうものの管理も難しい。領収書だってマニュアル通りにしか書けないから、うまいこと書いといて、なんて言われても困ってしまう。


そういう不安要素がある中で、余計な意識をしてしまった彼女とのシフトは、正直気まずかった。なんて考えるのは俺の方だけで、彼女は楽しそうに仕事をしていた。


「そういえば」


「うん?」


珍しくこの日は人が少なかったので、品出しをしながら軽く話しかけてしまった。昨日、出雲さんと彼女が同じシフトに入っていたのを思い出したから。


「出雲さんに何か言われなかった、昨日」


「出雲さんって……あー! あの、背高い人?」


「そうそう」


「あー……あはは、そうだなぁ。言われたと言えばまあ」


「ご飯行こうとかって?」


「え、なんで知ってるの」


「やっぱり」


 あの人、本当に狙ってたのか。別に彼女のことを狙ってるとかどうとかじゃないが、倫理的に嫌悪感が隠せなかった。


「いや、一昨日そんな話してたから。冗談だと思ってたんだけど」


「うーん、私もそうだと思ったんだけどね。冗談言う人じゃないの?」


「それに関しては、ガチだと思うけど」


「えー、それはやだなぁ」


 彼女のやだなぁ、にホッとしてしまう。そりゃそうだ。本音を言えばあの人で彼女と付き合えるなら自分にだってワンチャンス、なんて頭を過ぎらないこともない。


「まあ、そういう人だから」


「面白いよね、コンビニって」


「え?」


「まだ3、4日しか働いてないけど、スタッフさんもお客さんもいろんな人がいるなーって」


「まあ、そうだね。それは俺も思う」


 酔っ払いに絡まれたこともあるし、電話を貸してくれなんていうおばあちゃんもいた。ベビーカーを押して、今にも倒れそうな主婦の人のために救急車を呼んだり、男の子が走って倒れたのを助けたら、そのお母さんから激怒されたことも。


 スタッフも、個性豊かだ。だから俺は今もここで働いてるのかもしれないけど。そして、その中に彼女も加わっていく。


「その中でも、松葉が一番面白いよ」


「え? なんで?」


彼女は弁当コーナーが終わるとそのまま平行に移動して、飲み物の棚も片付けながら。俺はその後ろでデザートを並べながら耳を傾けていた。


「去年の十二月、居たでしょ」


「十二月……って、もしかして、サンタの」


「分かってたんだ、やっぱり。声かけてくれたらよかったのに」


「あぁ、いや、だってそれは、確証がなかったし」


「へぇ」


それを言われて、思わずドキッとした。気づかれてないのかと思ったのに、あの頃から認識をされていたなんて。いや、待てよ。ならどうしてあの時話さなかったんだろうか。


「でも、あの時はほら、そっちも気づかない風だったじゃんか」


「んーーまあそれは、普通男子からアプローチするもんじゃない?」


アプローチ? なんだ、俺が好意を持ってるとか言いたいのだろうか。それはいくらなんでも自意識過剰なんじゃないか。


「……ま、今の松葉、面白いよ。これからもよろしくね?」


「ん、あ、あぁ」


 ちょうどそのタイミングでレジに呼ぶ声が。元気な声で彼女がレジに向かって行った。私が行くね、と手を挙げて目配せしてきた時の表情を見て、俺は唇を噛んでいた。この心を見透かされている、足元を見られている気がして、悔しかったから。





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