#5
「よっ。シンタローくん、調子はどう?」
ふらりと現れたサテライトは、どさりと背負ってきた鞄をおく。相変わらず重そうな鞄で、置くときにガチャンと鈍器のような音を立てた。しかしサテライトはそれを軽々と扱うものだから、この青年も得体が知れない。
すっかり馴染みの顔をして、彼は世間話を振る。俺も適当に相槌を打つ。
「幹部としても、だいぶ慣れてきたところだ」
「そいつは重畳。で、あっちの進捗は?ほら、辻斬りについての」
この調査について知っているのは、セカンドと俺、そしてこの武器商人だけである。だから必然的に、この青年との交流も多くなっていた。
「残念ながら大きな進展はない。辻斬りのやつ、すっかり鳴りを潜めてる」
「ナンバーズ幹部と関わりがあることは、確かなんだろう?」
「状況証拠から見ればな。だが決定的な証拠はない」
ふうんと生返事しをしてサテライトは、開いた鞄の中に手を突っ込む。そして、次々と武器を取りだして床に並べだした。
「あんたに合いそうな武器、見繕ってきたよ」
並んだ武器は、多種多様だった。ナイフや拳銃などシンプルなものから、手榴弾や小型の飛び道具のようなものまである。大きな鞄だとは思ったが、これほどの物が入っているというのは驚きだ。どこにそんな容量があったのかと、その中は無限に広がっているのではと疑いそうである。
それにしても――。
(センスがいいな)
つい、サテライトの手元に目が釘付けになった。並べられた武器がどれも、性能の良いものであることは明らかである。厳選されたラインナップなのだろう。バランスよく多種取り扱われており、すぐにでも使ってみたいようなものばかりだ。
見惚れたまま動かない俺に、サテライトが顎で促す。
「手にとってみてくれよ。あんたの好みを知りたい」
俺は躊躇った。サテライトの顔色を伺い、念押しするように言う。
「……あまり、手持ちがないぞ」
どう見ても、一流の武器だ。手に入れようと思ったらそれなりの金がいる。流通すらしてない珍しいものも多く、それらはツテがなければ手にすらできないものだろう。
警戒する俺の言葉に、サテライトは軽やかな笑い声をたてた。
「あっはっはっ! そんな事を気にしていたのか。今回はいいよ。セカンドの馴染みってことで出世払いにしてやるさ」
サテライトの言葉に、眉根を寄せる。彼とは、先日顔を合わせたばかりである。ナンバーズ幹部としても新参の俺を、どうしてそこまで信用する気になるのだろうか。
疑問が顔に出ていたらしい。彼は、言葉を付け足した。
「この前、あんたがセカンドに協力するって決めただろ。あのときの勢い、いいなって思ったんだよ。それに辻斬りをどうにかするのは僕の望みでもある。先行投資ってやつだ」
「そういうので、あれば」
有り難く、好意に甘えることにした。
サテライトは、明らかにただ者ではないが、信用できる相手に思えた。それはセカンドに感じるものと同じような直感である。これほどの武器をどうやって仕入れているのか、その正体は何なのかと思うことは多いが、彼の感情には裏表はない。
並べられた武器の中には、初めて目にするものが多かった。
「これは、辻斬りの時に君が使っていたやつだな」
手近なものから手に取る。サテライトが先日背負っていた武器だ。
「機械式の弓だよな。でも、アーチェリーとかで使うコンポジットボウとは違うようだな」
「あ、わかる? 金属製の現代弓という点では同じなんだけど。これ、見かけ以上に多機能でね。遠距離、中距離どちらでも使いやすいから好きなんだ」
「へえ、滑車を用いることで引き絞る力を少なくしてるのか」
仕組みを確かめて、一度構えてみる。軽く弦を引こうとしたが……。
(か、硬……!)
引くことができないくらいに、硬い。力を込めるが、太い弦はびくともしない。あえて引けないようにしているのかと思ったがそうではないらしい。
「あ、ごめん、それ僕仕様。こう見えて力持ちだからねー」
「…………」
どう考えても、力持ちで済ませられるような程度ではない。俺とて、一般人よりは遥かに力は強いのだ。この武器商人は、後方支援ばかりで戦闘に出ることは少ないのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
(もしかしたら、とんでもないやつなのだろうか)
フレンドリーな武器商人につい絆されかかっているが、得体が知れないのは最初からだ。そのフードの中の相貌に想いを馳せつつ、深くは突っ込まずに話を戻す。
「珍しい武器が多いな。半分以上、見たことがない」
「知人に、こういうの作るのが好きなやつがいるんだよ。だからまだ開発されたばかりの新武器も多い。安全テストはしてるけど、実用テストはまだされてないようなやつ」
「なるほど」
と、武器の中でひとつに目を引かれて手を伸ばす。サテライトは、気づいて顔を綻ばせた。
「やっぱり気になる?」
促されて手に取ったのは、やや大振りの鉄製トンファー。しかし、俺がいつも使っているものとは趣が異なるようだ。
「職人がひとつだけ作った試作品でね。試作といっても、ちゃんと実践での試験はクリアしてる。量産はしてない一点ものだよ」
「……職人は、なかなかの腕だな」
軽く構えてみる。しっくりと手に馴染む持ち心地に思わず唸った。サテライトはにやりと笑い、それだけではないと言葉を続ける。
「勿論、ただのトンファーじゃない。隠された機能がここに……ほら」
「なっ!これはすごいな!」
サテライトは、わず歓声をあげた俺の反応が気に入ったようだった。彼は笑い声を立てて提案した。
「使ってみて、後で使用感を教えてくれよ。そのつもりで用意したんだ」
「いいのか?」
職人の一点物の、高性能な最新武器。かなり価値のあるものだろう。それを、ぽんと手渡すなんて考えられないことである。しかしサテライトは、ひとつ頷いて了承した。
「いいんだよ。それだけ、あんたの働きには期待しているから」
そこまで言われてしまえば、断る理由などない。俺は、譲り受けた新武器を手に、決意を新たにする。
そう、辻斬りだ。
セカンドとサテライトが執心する、正体不明の殺人鬼。遭遇したあのときのことは、何度も心の中で反芻している。しかし、未だに奴に勝てるビジョンが見えない。そして、その正体すらも、黒い靄に阻まれたままだ。
打開策はないものかと思考を巡らせながら、心に浮かんだ戯れ言を口にする。
「辻斬りという呼称、誰がつけたんだろう」
サテライトは、首を捻って曖昧に言葉を濁す。
「うーん、はっきりとはわからないな。三件目の事件の際にはもう定着していた名前だよ。意味合いとしては通り魔に近いんだろうけど」
「洒落た目撃者でもいたのだろうか。なんだか辻斬りっていうと、時代劇みたいだ。あれの武器は日本刀か?」
光る刀身を思い出す。刃渡りがそれなりに合ったのは覚えているが、辻斬りの姿同様、その凶器もはっきりとは見えなかったのだ。ただ、ぎらりと鈍く鋭く光る刃だけが脳裏に焼き付いている。
サテライトは、いや、と反論した。
「そうとも限らないと思うよ。もちろん辻斬りって名称は日本のものだけどね。世界各地にも、古今東西似たような事例はあるのさ」
「通りがかりの人を斬りつけるような輩が他国にも?」
「どこの国も同じように物騒ってことだ。そうだな、例えばーー連続殺人では西洋のあれが有名だな」
「あれ、とは」
サテライトは、にやりと笑う。
「知らないか? ロンドンを賑わせた殺人鬼、切り裂きジャック。名前くらいは聞いたことあるだろう」
「……昔話で聞いた程度だな」
十九世紀末のイギリスにおいて犯行を繰り返したとされる、殺人鬼である。当時、似たような特徴を持った連発した殺人事件が同一犯であると思われ、大々的に報道されたらしい。大規模な捜査も行われたらしいが、しかし今に至ってもその正体は不明とされている。
サテライトは肩を竦めた。
「模倣犯はくさるほど、いる。名の知れた殺人鬼ってのは、時代を超えて人を感化させるからな。その存在だけでカリスマ性があるんだ。何百年経った後になって大昔の犯罪の模倣が行われるなんて、よくあることさ」
◇◇◇
結局、ほとんど決定的な情報は得られていないのだ。そのことに俺は、焦れるような気持ちでいる。しかしセカンドはあっさりとしていて、この状況もまた、得られた情報なのだと言った。
「ここまで調べて出てこないっていうのは、あからさまなくらいだからね」
「と、言うと?」
「庇ってるやつがいる。ナンバーズ幹部の中にね」
それについては当初から予測していたことではあった。地道な調査を行うことで、確固たるものになったというわけだ。
「この東京はナンバーズの縄張りだよ。それをここまで荒らされたら、普通は私だけじゃなく他の幹部も黙っていないはず。それなのに、幹部会で深追いを禁じられて以降は誰も何も言わない……」
「大きな圧力がかかっているということか。口止めされていることも考えられるな」
「辻斬り自体が、ナンバーズの一員である可能性もあるとは思う」
セカンドは考えるように顎に手を当てる。
「辻斬りが事件を起こす時、必ずといってもいいほど、ナンバーズの誰も付近にいないんだ。最初は偶然か、辻斬りが私たちをうまく避けていると思っていたんだけど、あんまり続くと不自然なんだよね」
言われてみると、その通りである。ナンバーズのメンバーであれば、他のメンバーの目を避ける計画を立てることは可能だ。さらに幹部と繋がりがあれば、確かなものとなる。
「でも、どうする気だ。決定的な証拠はなにもでてない」
「うん。罠を仕掛ける」
はっきりとしたセカンドの宣言に、俺は目を見張った。彼女は、はっきりと言い切る。
「こちらから仕掛ければ、さすがに辻斬りも無視はできないでしょう。でもそれは、後ろにいる誰かにも私たちの正体を晒すことになる。もう戻れない」
「それでも、仕掛ける価値があると?」
「先手必勝ってこと」
彼女の好戦的な笑みに、つられて俺の口角もあがる。なんて危険な、そして魅力的な提案だろうか。
「そうとなれば早速……」
乗り気で切り出した俺の声は、最後まで口にする前に遮られた。
「だめだ、セカンド。一足遅かったようだぜ」
端末を手にしていたサテライトが、口を挟んだのだ。彼は険しい表情でセカンドと視線を合わせる。
「今、新しい情報が入った。ナンバーズの幹部が次々と襲撃されている」
「は、どういうことだ?!」
「どうもこうも、言葉通りだよ。今わかってるのは、ナンバーズが隠れ家に使っている何カ所かと、幹部が経営してるフロント企業のいくつかが、派手に襲撃を受けたようだな」
声を荒げた俺の横で、セカンドは冷静な口調で聞いた。
「犯人は?」
「状況からして、辻斬りである可能性が高い」
「それ、幹部たちの生死は分かる?」
「はっきりとしねえが、クイーン、サード、フォース……この四名は死体を見たってやつが出てる。キングも、行方が知れないらしい」
愕然とする俺に、サテライトの断定的な言葉が響く。
「つまり、既に壊滅状態だ」
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