#6


 ナンバーズは、完璧な組織だと思われていた。それは組織としてまとまりつつも、幹部間の上下関係がはっきりしているわけではなく、個々のナンバーが独自に動くことができるからだ。

 それぞれが独立した、最強の殺し屋。だからこそ強い。外からの圧力に屈することはない。そう思っていた。……けれど、今となってはその考え自体が無意味だったのではないか、とすら思える。こうも鮮やかに攻略されてしまえば。


 それはあまりにも堂々とした襲撃――いや、蹂躪だった。

 俺は、情けなくも頭が真っ白になっていた。

 ナンバーズがたった一晩にして壊滅状態。こんなこと、誰が想像しただろう。俺にとってのナンバーズは、強さの象徴だった。東京の闇の覇者だった。それが、たった一夜にして崩れ去るだなんて考えたこともなかった。

 その報告のあまりの衝撃に、俺もセカンドもしばし無言になった。ややあってセカンドは、ため息混じりに言った。


「でも、これではっきりした。辻斬りを匿ってたのはキングだね」


 このきっぱりとした断言に、目を見開く。辻斬りが、ナンバーズの幹部と繋がっていることはほとんど確定的ではあった。だが、それが誰かは今になっても判明しないままのはずだ。


「どうして、キングなんだ? 他の幹部の可能性もあるだろう。いやむしろ、キングだけはあり得ないと思うが」


 なにしろ、ナンバーズはキングが立ち上げた組織である。キングが飼っていた辻斬りによってナンバーズが壊滅したというのは、矛盾が生じていると言わざるを得ないではないか。

 だが、俺の意見は却下される。


「いいや、ない。セカンドの言うとおり、キングで間違いないと思う」


 サテライトもセカンドの意見に同意したのである。しかし、詳しい話をすることはなく、急かすように俺の肩を叩く。


「説明は後だ。悠長なこともいっていられない。すぐに、ここにも来るだろうから」

「来る?」


 聞き返すと、セカンドがずばりと言った。


「シンタローも当事者なんだから、しっかりしなよ。ナンバーズの幹部が襲撃されている。ってことは、残りの幹部であるあたしたちのところにも来るでしょ」


 言われて、俺はようやく状況を飲み込んだ。彼女の言うとおりだ。俺たちは今、追われる立場になってしまったのだ。


「わかった。それじゃあ、どうする。どこかへ身を隠すのか?」

「もう、遅いよ」


 セカンドは呟いて、隠し武器へ手を伸ばす。サテライトも黙って弓を手にした。ちょうど、そのタイミングで。


「さすがセカンド。察しがいいね」


 声と共に、カツンとヒールが床を叩く音。身を隠す様子もなく、堂々と入口から入ってきた侵入者。膝まで覆うヒールのついた編み上げブーツ。欧州の中世を思わせる、煌びやかで衣装めいた紳士服。頭に乗せられたシルクハット。

 いつかの幹部会と異なるのは、その人が、その手に刃渡りの長いナイフを手にしていることだった。


「ボク、ずっと君のことを評価していたんだ。ニホンにはこういうコトワザがあるでしょう――能ある鷹は爪を隠す。まさにそれだね」

「ジャック、か」


 俺は思わず唸った。そう、その麗人はナンバーズにおいて「Jジャック」の数字を与えられた彼だ。大げさな動作で礼の姿勢を取り、舞台役者のようにこちらへ微笑む。表情は笑顔だが、明らかにこちらを襲いに来ているとわかる。


「おまえが辻斬り……」


 言いかけて、もっと適切な言葉に気がついた。


「いや、切り裂きジャック、か?」


 俺の言葉に、おや、とジャックは笑う。


「君は新人幹部くん。ふうん、まだセカンドと組んでたんだね。惜しかったな。ボクの下についてたら、もっと可愛がってあげたのに」


 ジャックは笑い声をあげる。けれどその瞳には爛々と、危険な光が宿っている。


「でも残念だけど。ボクの正体に近づいたやつは、例外なく皆殺しなんだよね」


 彼女はその雅びな衣装に似合わない、無骨なナイフに頬を寄せる。愉しそうな笑みの横で、ギラギラと刃が光る。


「何勝手にやってきて、勝手なこと言ってるのよ。この男装女」


 セカンドの言葉に、ジャックは眉を上げた。


「あれ、ボクが女だってバレてた?」

「わからないわけないでしょ。全然隠すつもりもなかった癖に」

「まぁ、そうだけど。皆何も言わないからさ。気づかれていないと思ってたよ」

「は? 気付いていないようなやつ、鈍すぎで殺し屋失格なんですけど」


 このセカンドの言葉には、ぐっと俺の息が詰まった。


(全然、気づかなかった……)


 しかし言われて見れば、ジャックが女性だというのも納得だ。英国の美少年かと思っていたが、男装の麗人だったというわけである。


「ボクの性別なんてどうでもいいでしょ? 今は命の心配をしなよ。君たちは、今まさにボクに葬りさられようとしてるんだから」


 ジャックの言葉に、セカンドは黙って睨みつけた。

 どうやら、ジャックがナンバーズを壊滅させた張本人らしい。それは分かったが、それしかわからない。状況を把握できないまま、次の展開を迎えようとしている。俺たちは、いつ彼――改め、彼女の攻撃が飛んできてもいいように身構えるしかできない。


 一触即発。まさにその時、唐突にはっと身を翻したのはジャックの方だった。

 こちらに攻撃を仕掛けたのかと思ったら違った。彼女が避けたちょうどその場所に突き立てられた、抜き身の刃。

 黒い影、光る刀身。

 それは間違いなく、先日俺が対峙した「辻斬り」のものだった。


「現れたね、贋物!」


 既にジャックの目には、俺やセカンドは映っていなかった。彼女が凝視するその先には、黒い影をまとった辻斬りの姿。


「な、辻斬り?!」


 俺の驚きを余所に、対峙した二者――ジャックと辻斬りが向かい合う。その時。


「やっと会えた」


影から、響いた声。次いで、隠されていた正体が露わになる。声と共に霧散した闇から現れたのは、よれたスーツに、神経質そうな表情のひどく痩せた男だった。

 その姿には見覚えがあった。


「おまえは、フィフス!」


 幹部会にいた男。手に、日本刀をぶら下げている。男が動く度に切っ先が地面を引きずり、嫌な音を立てる。

 セカンドが小さく舌打ちした。


「やっぱり、そういうことになってたわけね。謎が解けたわ」


 彼女の言葉に、ジャックが噛みつく。


「全貌が見えたからって、結末が変わるとは思えないけど?」

「そんなことないし。ところで、ジャック。あんたとは一度やってみたかったんだよね。だって幹部の中のかわいい系枠、被ってるじゃん?」


 セカンドはへらりと笑って、ミニスカートの合間から小型の刃物を取り出す。


「あたし、キャラ被りって許せないんだわ」


 対してジャックは、口角を歪に歪めた。


「どこがキャラ被りしてるっていうんだ。こっちは伝統的な正装。君と一緒にしないでくれるかな」

「英国紳士のコスプレって、そのセンスどうにかした方がよくない?」

「それはそっちだろう。女子高生でもないのに、ギャルの真似事をしているじゃないか」


 言葉を重ねるほどに、両者の間に漂う空気は冷え切っていく。ジャックがナイフを持ち上げる。セカンドは、相手から目をそらさないままで鋭く叫んだ。


「シンタロー!あんたは、そっちどうにかしといて!」


 なんて曖昧な指示だ。簡単に言うほど、正体不明の殺人鬼の相手は軽いものではない。しかし。


「わかってる。こっちは二回目の対峙だしな」


 俺は、正体の明らかになった男の前に立ちふさがった。行く手を阻むように目の前に現れた俺に、男――フィフスが目を剥いて吠えた。


「どけ、小僧。私は、私はジャックに用があるのだ」

「そうはいかない。辻斬り、お相手願おう」


 一挙一動も見逃さないよう、奴を注視する。だらんと身体の横に投げ出された両腕。右手に持った刀の切っ先は地面に引きずられている。よれてだらしなく着崩したスーツは、ところどころ、なにやら赤黒い液体が染み着いているように見える。

 こうして見ると「辻斬り」の名にふさわしい、陰気な容姿だった。流石に時代劇にいる侍とは趣は異なるが、現代の辻斬りはこのようなものなのだと納得させられるような気すらした。


 フィフスはそわそわと、視線を俺の背後へと送っている。どうやらセカンドと対峙している、ジャックに向けられているらしい。


「おっさんは、俺よりも若い女がいいってか?」

「…………」


 フィフスは答えない代わりに、じろりと目玉だけを俺に向けた。どうにも、会話が成り立つように思えない。何を考えているか分からない。きっとこれは、狂人の類だ。

 しかしそもそも、こいつと意志疎通を図るつもりはないのだ。セカンドが望む間、足止めをすればいい。


 目測で間合いを測る。刀身が長い日本刀は、厄介だ。こちらがトンファーという接近武器であるから尚のことだった。しかし、逆に懐に入ってしまえばこちらが有利になる可能性もある。

 難しいのは、「辻斬り」の動きが予測できないところだった。先日遭遇したときもそうだ。何を考えているか、まるで見えない動きをする。

 フィフスは不快な音を立てて刃を少し地面に引きずった。それから、勢いよくこちらに向かって切っ先を付きだしてきた。


「ぐぅ……!」


 左サイドへ避けつつ、刀身の側面をトンファーで打って遠ざける。刀で受けた衝撃にフィフスは若干体勢を崩すも、すぐに横に薙払うように刀を振り抜いた。


(戦える!)


 屈辱の遭遇戦以来の対峙。だが、あのときとは状況は全く変わる。相手の正体が明らかなのは、俺にとって有利に働いている。

 フィフスは不満げに、ギリギリと歯を食いしばる。俺たちは互いに攻撃の隙を狙いながら、じりじりと隙を狙い合った。


 トンファーを持ってはいるが、俺の基本の技は武道だ。全身を相手に集中させる。フィフスの呼吸ひとつさえも逃さないよう、指の先まで血を巡らせる。

 構えたまま動かない俺に、焦れたようにフィフスが歯軋りする。どうやら、ジャックの側に向かうには、俺をどうにかする必要があると理解したようだ。


「邪魔だなァ……」


 ぼそりと呟き、ゆらゆらと左右に頭を揺らす。いきなり、素早く刀を振り上げた。


(来た!)


 ――このときを、待っていたのだ。

 相手はこちらよりも殺傷能力の高い武器、そして身体能力は未知数である。間合いも、相手のほうが有利だ。そこへ、こちらから仕掛けていくのはリスクが高い。

 しかし、カウンターならば。相手が向けてきた力を利用して、そのまま攻撃へと転嫁できる!


 俺は振り下ろされた刀をトンファーで受け止める――フリをして、力を受け流す。円を描くように身体を回転させて、フィフスへと押し返した。


「くッ!き、貴様ッ」


 まともにカウンターを食らったフィフスが、バランスを崩す。後ろにたたらを踏んだ彼に追撃――はせずに、俺も逆側へ下がる。その一瞬後に、フィフスが振り払った刀が顔面すれすれを通過する。危ないところだった。

 本来は、カウンターの後に追撃が望ましい。そのセオリー通りに動いていたら、今頃頭が二分割されてただろう。

 追撃をしなかったことで俺の命は救われたが、フィフスには体勢を整える時間を与えてしまった。しかし、焦る必要はない。有り難いことに、俺は今、一人で戦っているわけではない。


 まさに、ここだというタイミングで。

 斜め上から放たれた矢が、フィフスの肩へ勢いよく刺さった。


「命中!」


 サテライトによる、援護射撃だ。フィフスが反応するより早く、二射目、三射目が放たれた。ドス、という鈍い音と共にいずれもフィフスの手足にささる。

 フィフスは目を剥いて、俺とサテライトへ交互に視線を向けた。


「クソ、クソッ、クソクソクソクソクソ……邪魔ばかり、邪魔ばかりしやがってェ!」 


 髪を振り乱し、フィフスは刺さった矢を手掴みで勢いよく引き抜いた。どこも急所は外れていたようで、大きなダメージにはなっていなかったようだ。ただ、吹き出た血液がフィフスの顔を汚した。

 その鮮やかな赤が広がったと同時に。


「血、血だ、血ィ……よこせ、オレに……ジャックの、血を寄越せェ!」


 狂ったように、フィフスが叫ぶ。そして俺も、サテライトも見えなくなったように……見えてたとしても、自分にどれだけ危害が加えられようとどうでもよくなったかのように、形振り構わずフィフスがジャックの方へと走り出そうとする。


 その声に気づいたのは、対峙するジャックとセカンドも同じだった。互いに予断を許さない緊迫したやり取りを邪魔されて眉根を寄せたジャックは、しかし一心不乱に向かってくるフィフスに顔色を変えた。


「は、一度出直すことにするよ」


 さっと後ろに跳んで間合いを広く取ったジャックは、吐き捨てるように告げる。


「贋物も邪魔者も次の時には全部、ボクが壊すから」


 そうして次の瞬間には、彼女の姿は消えていた。


◇◇◇


「はっきりしたね。辻斬りの正体はフィフスだった」


 断言したセカンドに、俺は返す言葉もなかった。彼が、俺が遭遇した辻斬り本人であることは、再び刃を交えた俺がよくわかっている。

 ジャックが消えたすぐあとで、フィフスもあっという間に逃亡した。俺たちが彼を包囲する間もなく、彼は窓を破って外へ飛び出た。そしてあっという間に街へと紛れてしまったのだ。

 俺たちも、準備のないままに深追いするわけにはいかない。状況整理のために、その場に留まったのだ。


「だが、そうなるとジャックは? あいつも辻斬りではないのか?」

「切り裂きジャックだから?」


 セカンドは、すっと目を細める。俺はてっきり、浅はかな推測を否定されるかと思った。しかし、そうではないらしい。


「そうね、あの男装女が”切り裂きジャックの模倣”なのは事実。あたしはそれに薄々気づいていたし、もちろん辻斬りの正体の候補にも入れていた。シンタローが、そこに気づくとは思ってなかったけど」

「…………」


 実際のところ、俺は自分で切り裂きジャックに行き着いたわけではない。サテライトとの会話を思い出したのが大きな要因だ。


「あからさまな英国紳士姿に、大振りのナイフ。誇示しすぎな格好に意味がないわけがない。それに番号はジャック――ここまできたら、狙っているとしか思えない。もしくは、何かあの恰好でないとならない理由があるとみて間違いないだろう」


 殺し屋というのは、基本的には目立つことを避ける。もしくは、黄金崎キング蛇目クイーンのように表立った別の顔を用意しているのが普通だ。ジャックは外国人である上に、あの目立つ男装。何らかの意図があると全身で語っているようなものだ。


「そう、ご明察。彼女は間違いなく、切り裂きジャックの模倣者。そしてそれを誇りに思っている」

「誇りに思っている? だから、あの恰好を?」

「そうみたいね。ポリシーみたいなものなんでしょ」


 セカンドはあっさりと言う。


「英国人であり、切り裂きジャックの模倣者であることを誇りに思っている。だからそれを隠しもしない。もう一つ理由があるとすれば、自分に気付いた者を釣るため」

「釣る? もしかして、辻斬り=切り裂きジャックであり、切り裂きジャック=ナンバーJであることに気付いた者を……?」

「そういう考え方もできるでしょ」


 確かに、セカンドの言うことは最もだ。しかし、肝心なことが抜けている。


「でも、ジャックは辻斬りではなかっただろ。フィフスがそうなんだから」

「そうだね」

「…………」


 ここにきて、違和感を覚える。もちろんセカンドに対してだ。

 セカンドの言い分は、的を射ている。彼女はきっと、今回の件の大筋を掴んだのだろう。問題は何故、一緒にいた俺が状況についていけていないのに彼女には理解できたのか。理由なんて簡単だ。セカンドには、まだ俺には伝えていない何かがある。

 黙ったまま、じっと彼女を見つめる。しばらくそうしていると、俺の沈黙をどう解釈したのかセカンドは、むずむずしたような顔で俺を見返した。視線が左右に揺れる。しばらくそうしていたかと思うと、あきらめたように息を吐いて言った。


「あー、もう。ここまで来たら、全部言うしかないか。もうナンバーズはないし」


 ぼそりと呟いて、セカンドは俺に向き直った。


「実はね。あたし、辻斬り――フィフスを追っていたの。ナンバーズに入って幹部になったのもその為。あたしが幹部にあがったのは半年前。全てはこのときの為に用意していたことだった」


 この発言には、驚いた。

 俺はナンバーズ幹部としてセカンドは辻斬りを追っているのだと思っていた。しかし、それは逆だったのだというのだ。


「どういうことだ……?セカンドは、ナンバーズには属さない殺し屋だったということか?」

「うーん、そもそも殺し屋ではないんだよね。似たようなこともする職業なんだけど、どっちかというとスパイに近いかな」


 セカンドが、肩を竦める。


「因縁は色々あるんだけど、そう、あのフィフスって男はあたしの所属している組織から逃げ出したやつなんだ」

「組織?」

「詳しくは言えないんだけど、フィフスみたいのをたくさん飼ってる集団だよ」


 彼女はざっくりと言い切る。それ以上、詳しく説明する気はないようだった。

 彼女の出自は気になるが、今話題にすべきことは別にある。


「それで、なんで辻斬りは二人いたんだ。いや、フィフスこそが辻斬りだった。ジャックは無関係ってことか?」


 セカンドは、俺からの質問に口を開き掛ける。しかし、彼女の言葉は別の声に遮られた。


「それについては、僕から言うよ」

「サテライト、戻ったのか」

「……あんた、本当に突然出てくるよね」


 セカンドの呆れ顔に、サテライトは軽薄な笑みを返す。

 彼は状況把握と称して、一時席を外していたのだった。どうやら、辺り一帯の様子を確かめていたらしい。当然のような顔で俺と彼女の間に割って入ると、物知り顔で説明を始めた。


「辻斬り事件、今までに起きていたのは五件だ。もちろんこれは、僕たちが路地裏で遭遇する前までのことだ。だがこれは、全てが同一犯ではなかったんだ」


 俺は、はっと思い出す。先ほどのジャックの言葉だ。あの女はフィフスを「贋物」と呼んでいた。


「偽物による犯行も混ざっていたということか」

「そう。というか、一件目以外は全て模倣犯だった」

「そういうこと」


 セカンドはサテライトの言葉を継ぐ。


「一件目はジャック、そしてそれ以降はフィフスの仕業だったのよ。そしてそれは、ジャックの知り得ぬところで起こった、フィフスの独断の行動だった」


 サテライトは、どこから取り出したのか、革の手帳をぺらりとめくりながら付け足した。


「どうやらフィフスは、一件目のジャックの仕事に遭遇したらしいな。そしてジャックの仕事に心酔した」

「あいつ……もう一度会いたかったって言ってたな。それが動機か」

「動機というほど立派なものではないでしょ。自分も彼女と同じように心躍る犯行をしてみたくなった、あるいはもう一度間近で仕事が見てみたいと思った。同じことをしていれば、彼女から自分に近づくだろうと思った……」

「あるいは、そう知恵を授けた誰かがいた、とかなー」


 サテライトはにやっと笑って手帳を閉じる。対してセカンドは、冷え切った表情で言う。


「フィフスは血に飢えた化け物だよ。おまけに極めて粘着質で、常識なんて通用しない。だからあたしが、こうして使いに出された」


 その厳しい表情からは、彼女の本気が伺えた。セカンドと行動を共にして、一月弱。この表情を見るのは初めてで、そして今の姿こそが「本当の彼女」なのかもしれない。……ちらりと、そんなことを思う。


「つまり、フィフスはジャックを狙っているんだな。俺たちは、フィフスを狙ってる」

「おまけにジャックは、ナンバーズの生き残りであるあたしたちを狙っている」


 見事な堂々巡りだ。互いが互いを求め、邪魔に思っている。しかも集まったところで殺し合いにしかならない、ろくでもない人間ばかりである。


「でも、やることはシンプルだよ。ジャックもフィフスも、どちらも倒せばいい」


 俺も、なるほどと頷いた。


「ナンバーズが壊滅した今、派手にやっても問題ないってことか。それだけはジャックに感謝だな」


 ようやく、セカンドがくすりと笑った。

 それから高らかに言い放った。


「今度こそ、こちらから仕掛ける。次が決戦だと、ジャックも思っているはず。あたしたちは、今度こそ勝たなければならない」


 と、ここでセカンドが俺に目を向ける。


「シンタロー。最後まで隣にいてくれる?」

「え?」


 それは、あまりに突然の問いかけだった。きょとんとする俺に、彼女はだってと少し照れたように首を竦めた。


「フィフスを処分するのはあたしの仕事だけど、シンタローには付き合う義理はないでしょ。ナンバーズはもう終わったのだから、貴方は自由じゃない」


 言われて初めて気づいた。セカンドの言うとおりだった。

 もともと、幹部会で決められたから行動を共にしていただけなのだ。本来、俺は誰ともつるまないたちだった。今回のことだって、致し方のない流れに乗ってここまできてしまっただけだ。

 このまま、ジャックとフィフスを相手取る。それがどんなに危険なことであるかなんて、考えるまでもない。今身を引いてすぐに東京を後にすれば、流石にジャックもそこまで追ってはこないだろう。

 ……頭ではわかっている。わかっているのだが。


「最後までつきあうさ。俺も、このままでは終えられない」


 考えるまでもなく、そう口にしていた。

 俺の言葉にセカンドは、そう、と頷いただけだった。しかし、背けられた横顔がどことなく嬉しそうであるような気がするのは、流石に見間違いだろうけれど。


「そうとなったら、シンタローには特別な役割を与えないとね」


 急に、そんな言葉がセカンドから零れ落ちる。俺が反応するより先に、同調の声をあげるサテライト。


「あー確かに。折角使える駒……仲間が増えたんだもんな。使わない手はないな」

「でしょ? あたし、いい案があるんだけど」

「え、なになに」


 俺をよそに二人の話が進んでいく。なんだか妙な方向へ向かいだしたが、俺が口を挟む隙は少しも与えられなかった。


「サテライト。もうひとついい?」


 セカンドがついでのように尋ねる。


「ジャックは、本物ってわけ?」

「うん、恐らくそう。海外製」

「ふーん」


 素っ気ない返答に反して、細められたセカンドの瞳には凶悪な光が宿っている。


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