#7


 ナンバーズの創設当初、ナンバー「Jジャック」の座は今とは他の者の手の中にあった。ナンバーズ幹部の中でも「Kキング」「Qクイーン」「Aエース」そして「Jジャック」は特別な数字だった。創設者である「K」はQ、A、Jを自身の最も信頼の置ける仲間へと与えたのだという。Jを名乗っていた男は、K――黄金崎の秘書として長年共に居た者だった。

 しかしナンバーズは、仲間同士の絆よりも個々の能力に重きを置く組織だ。一年と少し前。先代「J」は挑戦を受け、破れた。そして彼に挑み、勝ち取った女が代わりに「J」の座についたのだ。

 それが今、幹部へ名を連ねる「Jジャック」である。


 生まれついてのプラチナブロンドの髪。陶器のように白い肌に、エメラルドの宝石と同じ色の瞳。彼女の口ずさむ美しい発音のクイーンズイングリッシュは、自国への誇りの高さが伺えた。すらっとした体型に纏う紳士服は奇妙に似合っており、まさに男装の麗人という言葉を体言していた。

 そんな彼女に――俺は、拘束されている。


「あはははは!新人クン、まさに囚われの姫だね」


 両手を背後で縛られ、床に転がされた状況である。簡単に逃げられないように、足も拘束されている。


「突然浚われて、縛られて、廃ビルの床に転がされているなんて。ここまで古典的な光景、今の時代なかなか小説でも見ないと思うよ?」


 為す術もなくただ転がる俺を、このような状況にした張本人が指さして笑う。


「それにしてもキミ、残念だったね。折角セカンドの元でナンバーズ壊滅から逃れられたっていうのに、あっさりと捕まっちゃってさ」

「…………何故、さっさと殺さない」

「冷たいなあ。ボクに、命乞いの一つでもすれば可愛いのに」


 ジャックが接触してきたのは、あの襲撃の翌日のことだった。もちろん、俺も警戒を怠っていたわけではない。再会はすぐに訪れるだろうとは思っていた。その時ひとりで情報収集をしていた俺は、複数人に襲われた。と思ったらこうしてジャックの前に転がされたのである。

 連れて来られた時は目隠しをされていて、具体的な現在地は不明だ。しかし、ここが廃虚と化しているビルというのは間違いないだろう。そこそこ広さもありそうだ。


(都内……だろうな。移動時間はそれほど長くはなかった)


 頭の中に、いくつか候補をあげる。だが中に入ったことのある廃ビルは多くはないし、今のところ特定に至るような重要な情報は得られそうもない。

 俺の思考を読んだように、ジャックがくすりと笑う。


「ここがどこだか、気になる?知ったところでどうにもならないと思うけど……、まあいいか。黄金崎が所有してる、廃ビルのひとつだよ」


 あっさりと答えてから、彼女は失言に気づいたとばかりに目を瞬く。


「あ、所有していた、だね。彼はもう――」

「それで。何か用か」


 俺は彼女の声を遮って尋ねた。

 ジャックと俺に接点などない。考えられるは先日の、辻斬りの一件だ。その時も彼女は俺には目もくれなかった。案の定、彼女はにっこりと笑って言った。


「キミに恨みはないんだけど、あの子には用があるんだ。でもボクが招待状を送ったところで、素直に来てくれるような相手じゃないし」

「狙いは、セカンドか」

「そう!あの可愛くて、強くて、そして生意気なお嬢さん。キミは知らないだろうねえ、あの子の価値に」

「……価値……?」


 聞き返した俺に、ジャックはにっこりと笑った。説明する気は全くないらしい。


(とりあえず、狙いはセカンドのようだな)


 俺を捕らえたあと、彼女はどこかへ連絡を取っていた。わざわざ俺を生かして捕らえた理由は、人質でしかない。そして彼女は、セカンドを呼び出す為に俺を使いたいのだろう。


「俺をダシにしたところで、セカンドが助けに来るとは思えないが……」

「来るだろうね」


 ジャックは迷いなく言い切った。それから、呆れたように俺を見下ろす。


「新人クンはもっと、自分に正当な評価を下すべきだね。謙遜が日本人の美徳だというのは知っているけれど、ボクからすると、偏った思考に自らを陥れているようにしか思えない」

「…………」


 言葉を返さない俺に、彼女は確信した顔で頷いた。


「何よりあの女が、お気に入りでもない限り他人を側に置くわけがないよ。セカンドは、絶対キミを助けにくる」



「……あんたに、理解されるなんて吐き気がするほど嫌なんだけど、その通りだから尚、腹立たしいわ」



 突然、頭上から返された声に、俺とジャックはそろって素早く視線を向けた。見れば、屋根を支える梁の上に腰掛けた姿がある。


「セカンド!」

「全く、シンタロー。心配させないでよね」


 呆れたように返した彼女は、じろりとジャックを睨みつける。

 セカンドは一人ではなかった。その横に、見覚えのある武器商人の姿がある。サテライトはじっとこちらを眺めたまま口を開かなかったが、ジャックの反応は大きかった。彼女は、なぜか目を輝かせて歓声をあげたのだ。


「ようこそ、二人とも!そっちの彼も、やっぱりなんだね!あっははは、ボクはついてるなぁ!」


 陽気な笑い声が、寒々しい廃虚に響きわたる。セカンドは、煩わしそうに顔をしかめて訊く。


「あんたこそなんでしょ、海外製だからあたしたちには劣るだろうけど」

「原国産が必ずしも一番性能がいいとは限らないんじゃないかな」

「どうだか。あんたが、あたしたちに接触を図っている時点で、機能面ではそっちが劣っていると認めてるようなもんじゃないの」

「それは自分の目で試してみたら?」

「その必要はない。安心して、あんたに会いたがってる奴らにはもう連絡したから」


 二人のやりとりは、俺には理解できない。だがジャックには、セカンドの意図がしっかり伝わったようだ。ジャックは笑みをおさめて、目を細めた。


「そうか。それは、悠長にしてられないな」


 ジャックが獲物を持ち上げて、それを俺の眼前に突きつけた。


「さあ、降りてきて。ボクと戦おう」


 刃が、俺の首筋数センチのところを狙う。セカンドがジャックの誘いを断れば、人質である俺の首をこのまま落とすつもりなのだろう。セカンドはそれを眺めて、深く息を吐いた。


「だから。残念だけど、あんたの相手してるほど暇じゃないんだわ」


 その、刹那。


「ジャックゥウウウ!!!」

「……チッ、フィフス!」


 乱入してきたのは日本刀をひっさげた辻斬り、フィフスである。彼は血走った目でジャックを視界に捉えると、にたりと恍惚を表情に浮かべる。そしてジャックが反応するよりも早く、刀を振り下ろした。


「くっ……しつこい男はモテないぞ……!」


 寸でのところで、ジャックがナイフで受け流す。そして後ろ向きに飛び退き、距離をとろうとする。だが、それを許すフィフスではない。彼は独特な足運びで再び刀を振り抜きながらジャックの懐へと踏み込んでいく。


「ああ、ジャック、切り裂きジャック!貴女こそは本物なのだと……本物の切り裂き魔を受け継ぎしものなのだと確信した!ああ、すばらしい、ずっとこうして、こうして!貴女を斬ってみたかった……!!!」

「……熱烈なファンっていうのも、度が過ぎると迷惑なんだよッ!」


 ジャックは悪態を付きながらも、華麗な身のこなしでフィフスの刃をかわす。そして逃げ回っていることにも飽きたのだろう。今度は自ら距離を詰め、ナイフを突きだした。それに対し、今度はフィフスが防戦に入る。

 息もつけぬ攻防が繰り返される。殺すか殺されるかのやりとりに目を奪われていると、急に手足が自由になった。


「ほい、お待たせ」


 見れば、いつのまに梁から降りてきたのかセカンドとサテライトが後ろにいた。サテライトが俺の拘束を外してくれたので、礼を言いながら立ち上がる。そして、セカンドを見下ろした。


「……成功したな」

「シンタローの身体を張った演技のおかげでね」


 すべては、作戦通りだった。

 ジャックの目論見は、おおよそ予想がついた。昨日の俺への襲撃と拘束は、セカンドの考えていた筋書きが正しいことを証明されたようなものだった。


「一連の辻斬り事件の発端は、一度きりのジャックの犯行だった。彼女が殺した被害者の男女は、隣県のギャング・横浜カラーズから追われていた者たちだ。カラーズはナンバーズにとっては対抗組織だよ。ジャックは彼らの要請に従い、男女を殺した。彼女は切り裂きジャックの後継を自称しているだけあって、その処理も切り裂き魔を踏襲したものになったってわけ」

「どうして、ジャックがカラーズの要請を受けたんだ?」


 俺の疑問に答えたのは、サテライトだ。


「それは、そもそもジャックはカラーズに籍を置く殺し屋だったからだよ。でもある目的の為に、ナンバーズへ潜入していたって感じかな」

「その殺しの要請を受けるために?」

「いや、そうじゃない。切り裂き魔として仕事をしたのは、それがナンバーJとしての犯行だと悟られない為だと思う。ジャックの目的は、最初からあたしたちの組織だった」


 あたしたち、とはつまり、セカンドやサテライトの属する組織だ。そして、そこはフィフスが逃げ出した組織でもある。


「フィフスは、創設時からナンバーズに所属していたからね。フィフスの噂を聞いて、恐らくジャックは自分が求める情報を持つ存在だと気づいたんだろう。だから、長期の潜入でナンバーズの幹部まで上り詰めた」

「フィフスは、どうしてナンバーズに」

「想像でしかないけど。あいつ、うちから逃げる時に相当な深手を負ってたはず。キングが拾ってきて幹部にしたという話だから、ちょうど死にかけのところを救ってもらったんじゃない? それに恩義を感じてたってところかな」

「フィフスについては、ナンバーズ内で特別な仕事をしていたことも調べがついている。キングの密命で敵対組織へ奇襲し、何度か暗殺をしていたらしい」

「つまりキングはフィフスを助けた見返りに、使い勝手の良い手駒として使っていたわけか」


 黄金崎キングは相当なやり手だった。創設時もその後も、反対意見も多かったという。それをどのように沈黙させたのかは疑問だったが、力ずくだったようだ。


「キングこそが辻斬りを匿っていた本人という根拠も、このあたり。ジャックがナンバーズ壊滅に動いたとき、いくつかフロント企業やアジトにしていた事務所が潰されたでしょ。それ、どれもキングの息が掛かっている物件だった。おまけに、関係者がフィフスの仕事よって消されたという情報もちらほら」

「そうそう。俺たちあらかじめ、そういうリストは覚えてたからねー」


 恐らく、ジャックの方も同じようなリストに行きついたのだろう。そして、辻斬りがキングの子飼いだということを確信した。だから、あの夜襲撃をかけたのだ。


「ジャックがフィフスに目をつけたのも、カラーズを襲撃された際かもしれない。あたしたちからすればフィフスは組織から抜けた身で破棄寸前の厄介者だけれど、ジャックにはゴミ溜に落ちていた宝石に見えたのかもしれないね」


 やれやれ、とセカンドは肩を竦める。


「でもジャックの誤算だったのは、カラーズの要請で受けた殺しをフィフスに見られていたこと。そして、フィフスがジャックの犯行に魅入られてしまったことだ」

「魅入られた……心酔したというやつか」

「心酔というか、あれは半分血に狂ってる。フィフスはそもそも欠陥品に近いから、一度ああやって箍が外れてしまうと、自分でもどうしようもないだろう。ジャックが周囲に血をまき散らすような方法を取ったのも悪い。血を浴びるという行為は、フィフスにとっては暴走スイッチを押すようなものだ」


 そういう風につくられているのだ、とサテライトとセカンドは言う。それがどういう意味なのかは、俺には理解しきれない。二人の属する組織というのは、簡単には語られない多くの秘密を抱えているらしい。


「フィフスは、ジャックを真似て犯行を始めた。模倣してみたいという気持ちと、ジャックと刃を交えたいという気持ちと、色々が混ざった結果だと思う。あたしたちはそんなフィフスの噂をきいて、ナンバーズに入り込んだのよ」

「ジャックにとってはかなり幸運な展開だよな。贋物でも、とフィフスをつつき回してたところに俺たち本物がやってきたんだからさ。でも、ジャックは近頃のフィフスに手を焼いてた。そりゃあ、そうだ。あいつは贋物とはいえ、本物にひけを取らない能力の持ち主だ」


 ジャックとフィフスは、相変わらず攻防を続けている。どちらも決定的な攻撃は与えられないまま、硬直状態へ移行しつつある。


「そんじゃー、我々も参戦しますか」


 サテライトがぐっと腕を伸ばした。セカンドも小型のナイフを抜いて、好戦的な笑みを浮かべた。


「わかってる?シンタロー。狙うは総取りだよ」


◇◇◇


「ちょっと失礼しますよっと!」


 サテライトは声と共に、二者――フィフスとジャックの間に矢を打ち込んだ。矢の先端には爆竹がついており、地面に接触するなり派手な爆発音を立てる。二人ははっとして互いに別方向へ飛び退く。そして、乱入者を睨みつける。分断された二人に、俺たちは二手に分かれて接触を図る。

 フィフスへと二射目の攻撃を仕掛けたのは、サテライトだ。


「さて、やっとこっちを向いてくれたね。フィフス……いや、逃亡者」

「貴様等、一体」

「こういえばわかるかな?俺たちは、

「――――!」


 フィフスは目を見開く。こめかみの血管が震えた。彼が衝撃から抜けきらない前にサテライトとは別方向から、小型のナイフがフィフスへと飛んでくる。セカンドだった。ギリギリのところでそれを避けたフィフスに、セカンドはにたりと笑った。


「やっと見つけたよ。今度は絶対逃がさない」


 彼らに対し、もう一方――俺が対峙しているのはもちろん、ジャックだった。彼女はうまく分断されたことを悟り、俺を睨みつける。そして苛立たしげに尋ねた。


「ボクの相手、キミなの? なめられたものだなぁ」


 ジャックの不満はよくわかる。彼女の目的はフィフスであり、そしてセカンドとサテライトだ。ナンバーズも壊滅した今、ようやく彼女の前に、彼女が求めていたものが揃っている。それなのに、彼女の相手をするのは無関係な俺である。当然、俺なんか元々眼中にはないはず。相手をする価値すら感じていないだろう。だが。


「申し訳ないが、あちらへ行かせるわけにはいかない」


 俺は彼女に向かって構えの姿勢を取る。


「キミだってわかってるよね? キミ程度がボクの相手になるとでも?」

「どうかな。君とは戦ったことがないから、どちらが強いかわからないだろう」

「比べるまでもない!ボクはそこらの一般人とは違うんだ。英国が誇る自動人形オートマタ――……いや、いい、キミのような部外者に語る方が無駄というもの」


 ジャックは俺を見据える。そして、言い放った。


「今、引けば見逃してあげる」


 それは彼女なりの譲歩であり、気を利かせたつもりなのだろう。だが、俺の答えなどとうに決まっている。


「断る。俺の仕事は、あんたをここに止めておくことだ」

「……命知らずの馬鹿者だな」

「さあ、どうだろう」


 ジャックがナイフを握りなおすのを確認し、俺は一歩距離を詰めた。


「貴女こそ、そう余裕でいつまでいられるかな」


 ジャックの獲物は、大振りのナイフである。形状はサバイバルナイフに酷似しているが、刃渡りは三十センチ近くある。

 歴史上に名を残す「切り裂きジャック」は未だに正体が不明だ。だが、その手口はあまりにも有名だった。


(だがあれは、手口というよりも――処置、だろうか)


 十九世紀末といえば、まだ本格的な科学捜査もできなかった時代だ。犯人が捕まっていない以上、真実は闇の奥ではあるが、一連の殺人を共通犯と捉えたのは発見された被害者が皆、特徴的な状況だったから。そう、喉を掻き切られ、腹を裂かれ、遺体は目も当てられないほどに損壊されていたのだ。

 それは、このジャックの犯行にも共通したことだった。確かにあの大振りなナイフであれば、殺害後の解体も容易だろう。


(それに、相当使い慣れている)


 くるくると、手先でナイフをもてあそんでいる。刃渡りが長いといっても、接近武器だ。彼女が仕掛けてきた時に、こちらがカウンターで攻撃を加えるチャンスもある。どう攻めようかと考える間もなく、ジャックは勢いよくこちらに向かって突っ込んできた。

 地面を蹴る力が強い。まっすぐ向かってきた彼女が、俺にはまるで弾丸が飛んできたようにも見えた。咄嗟にトンファーでナイフの刃先をいなして、受け流すようにする。と、刃がトンファーへ接触した瞬間、彼女は逆側の腕を振り上げた。


「!」


 考えるより先に身体が反応する。刃先をいなした左手はそのままに、わけもわからず振り上げた右手のトンファーで、ガチンという金属が打ち合う音を立てる。遅れて視線を向ければ、ジャックが左手で別のナイフをこちらに向かって突き立てているとことだった。


「チッ、良い反応だな」


 ジャックが悔し気に息を吐きだす。俺は、彼女との間合いを取るべく、身体を半回転させながら両腕を振り払う。今の一合だけでも十分にわかった。この女は――とんでもなく、強い。

 今はまだ身体がついていけているが、長くは持たないだろう。きっとジャックはまだ、実力の半分も出していない。ならば、勝負は早々につける必要がある。二本のナイフを両手に構える彼女を見据える。彼女が呼吸を整える間を与えず、今度はこちらから踏み込んだ。

 どん、と右足を踏み込み同時に突き出していた右肩を引く。右腕を振りぬき、長柄を横方向へ彼女の顔に向かって打ち込む。

 

「はっ、そんな攻撃じゃボクには当たらないよ!」


 ジャックは顔を守るように右手に持ったナイフでトンファーを受け止めた。トンファー越しに凄まじい力を感じる。そのまま振りぬくことも、引き抜くことも難しい。渾身の攻撃を止められた形の俺は至近距離で彼女を睨みつける。対してジャックは、優位に立ったように、口角を上げた。

 だが、実際はこれで十分だった。俺の攻撃が止められるであろうことは想定内だ。ここまで接近できるかが重要だった。確かに、打撃を受け止められてしまえばそれまで。しかしそれは、あくまで普通のトンファーであればの話だ。ただのトンファーではない。俺が使っているのは例の、サテライトから譲り受けた新武器である。


「ここだッ!」


 勢いよく、起動スイッチを押す。握り部分のもう少し内側に設置されたそれは、他者からは見えない位置にある。だから、彼女は俺が何をしたかわからないだろうしかし、次の瞬間、びゅっと勢いよくトンファーの先端から鋭利な先端が飛び出す。まるで杭のようなそれは、容赦なくに向かって彼女打ち込まれ――鮮血が飛び散った。


「な……ッ!」


 驚いたジャックが俺を突き飛ばした距離を稼いだ。

 しかし、彼女の反応は流石だった。不意打ちの攻撃だったのにも関わらず、直前で回避したのだ。直撃すればジャックの肩は串刺し状態になっただろう。しかし、彼女が身体を捻ったせいで、狙いが若干ズレた。杭の先端は彼女の握るナイフの刃を削り、勢い余って上腕あたりを掠めた。ジャックは傷を負ったものの、大事には至っていない。


「パイルバンカーというやつか。トンファーに仕込んでいたな?!」


 悪態をつき、彼女は杭が刃を砕いたほうのナイフを捨てる。もう一つを右手に持ち替えて、俺に向き直る。


「前言撤回。よくやるね、新人クン――いや、テンスと呼ぶべきかな」

「それはもうない組織の名だ」

「確かに。ナンバーズはボクが壊したんだったな。でもそしたら、キミをなんと呼べば?」


 ジャックの表情から薄ら笑いが消えていた。真剣な表情で、彼女は俺を見据える。


「三船だ」


 俺は、彼女を見返して告げた。


「俺は、三船慎太郎だ。よく覚えておけ」

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