#9


 昼時の都内・新宿付近は混みあっている。駅周辺はもちろん、そこから少し歩いた通りにまで人の流れが続いている。観光客や遊びに立ち寄っている人に加え、そこらのオフィスからも昼食目当てに出てきている労働者が多いのが原因だろう。特に今日は天気がいいからか、平日にも関わらず、どこの飲食店も大賑わいである。


 賑わいは、駅から離れてひっそりと経営しているこのラーメン屋も同様だった。カウンター席もテーブル席も埋まり、こぢんまりとした店内は満席だ。個人経営の店ながらも、グルメサイト「メシコメ」で高評価を受けているのもその理由のひとつだろう。


 ゴウゴウと鳴るボイラーの音、飛び交う注文の声に、客同士の会話。雑多な音に混じって聞こえて聞こえてくるのは、壁に掛けてあるテレビから流れるニュースキャスターの声。


「――と、いうような経緯があり、都内では古い建物の建て直しや道の整備などが進められています。新宿区でもその試みが推進されており、整備後は新たな店が並び始めるなど雰囲気が一新したと話題です――……」


 映し出された映像は、馴染みのある光景である。ここからも遠くない、駅近くの路地だ。すっかり綺麗に整えられた小道に、若者をターゲットにしているのだろうポップな彩りの店が連なっている。しかし昔から新宿で過ごしている者たちにとっては、その変わりように驚きを感じ入る他になかった。


「このあたりも、平和になったものだよなぁ」


 一人のサラリーマンが、テレビを見上げながらぽつりと呟いた。それに同調するように、同僚らしき男が相づちをうつ。


「あ、それ俺も思った。あの路地って昔、事件があったところだよな。それがこんなに綺麗になるなんてな」

「事件があったからこそ、だろう。都政の人間にとっては、あの時代の東京は汚点でしかないだろうからな」


 しみじみとした様子で続く会話に、後輩らしき若者が口を挟んだ。


「事件って何のことッスか?」

「ああ、お前は上京してきたんだったな。数年前まではこのあたりも、何かと物騒だったんだよ」

「そうそう。今移ってた路地も、昔は辻斬り事件とか起きてなー」

「辻斬り?!何その時代錯誤な響き!」

「そう呼ばれてた連続殺傷があったんだよ。結局犯人は不明のまま、いつの間にかなくなってたな」


 語る先輩サラリーマンに、後輩が首を傾げる。


「でもそんな話、全国版のニュースでは見かけなかったと思うんですけど……」


 すると、もう一人の先輩が笑った。


「ああ、それは当然だよ。あの頃の東京は本当に闇が深くてね。裏の世界のそういう話はごろごろしていたんだが、それを表に出すことはタブーみたいな雰囲気があったんだ」

「あったな。それ、殺し屋集団が都政を威圧してたからとも言われてたな」

「殺し屋?!」

「事実かはわからんけどなー。警察も容易に手を出せない集団がこのあたりの裏を仕切ってたって話はあったよな。それも、いつの間にか聞かない話になってたが……」

「はぁ……事実だったら怖いっすね。殺し屋集団なんて、マンガでしか見たことないですよ」

「そんなの、俺たちだってそうさ。裏の話は、裏のやつにしかわからんのよ、きっと」


 そう話が締めくくられたちょうどその時、三人の前にどん、とラーメン丼が置かれた。


「とんこつ塩ラーメンに味噌バタラーメン、チャーシュー増しの二番ラーメンね」

「お、きたきた」

「うまそう」

「いただきます」


 三人は目を輝かせて割り箸を手に取る。

 ここは先輩サラリーマンたちが行きつけのラーメン屋で、後輩は今日はじめて連れてきてもらったのだった。


「そういえば、先輩。その二番ラーメンって何っすか。なんの二番?」

「この店の看板メニューだよ。醤油ラーメンに玉子が二個乗ってるやつ。うまいんだよね。名前の由来はわかんないけど」

「あ、この店の名前も数字ですよね。十番ラーメン。何か関係あるのかなァ」


 店内をきょろきょろと見回す落ちつきのない後輩を、男は肘で小突いた。


「おまえ、そんなに気になるなら大将に聞いてみりゃいいだろ」

「え……先輩常連でしょ。聞いてきてくださいよ」

「無茶いうなよ。ここの大将、無口で有名なんだから。眼力すげーし、気さくに話せるようなタイプじゃないんだよ」

「でも若いのに、めっちゃ腕いいよな。湯切りのスピード早くていつも見とれてしまう……」


 小声でそんなやりとりをしていると、後ろのテーブル席から声があがった。


「お兄さん、ごちっした。また来るね」


 ひらりと片手をあげて席を立ったのは、制服姿の女子高生。しかも、後ろ姿しか見えなかったがギャルだ。最近のギャルは昼間に一人でラーメン屋に来たりもするのかと、ついつい三人で見送ってしまった。まあでも全く可笑しくはない。この辺に高校なんてなかったように思うけれど、平日の昼間だけれど、うまいラーメンを求めて足を伸ばすこともあるのだろう。

 ……と、ひとりがはっとして言った。


「お前らはやく食えよ。ラーメン、伸びちゃうだろ」





おわり

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