#2

 ナンバーズの仕事は、基本的に他者からの依頼で成り立っている。仕切っているのはナンバーを与えられた幹部であり、幹部からナンバーレス……数字を持たないメンバーたちに依頼が割り振られていく。


「本来はあんたにもキングから直接依頼が割り振られるんだけどね、慣れるまではあたしの仕事を一緒にこなしてもらう」


 セカンドは、挑発するようにこちらを見上げる。


「これはあんたの仕事ぶりを直接見る意味もあるから。使えないとわかったときには――わかるよね?」

「もちろんだ」


 俺は彼女の言葉の続きを察して、即答した。

 幹部にあがったからといって、まだ本当に信用されているわけではないのだろう。だからこうして、彼女の目を通して確かめようとしているのだ。いわば最終試験というやつである。


「なかなか良い目、してるじゃん」


 セカンドは値踏みするように俺を眺めて、にやりと笑った。それから、こてんと首を傾ける。


「ねえ、名前教えてよ」

「え?」

「だから名前。あんた、名前は?」


 殺し屋は、完全に裏家業だ。本名で仕事しているやつなど稀で、少なくとも表の名前と裏の名前を使い分けている。ナンバーズのリーダーが、黄金崎という表の名と、キングという裏の名を持っているのがまさにそれである。

 この度、俺には「10」の数字が与えられたが、セカンドが訊いているのはそれではないのだろう。本来、殺し屋に名を聞くのは言うまでもなく御法度である。しかしこの場で、教育係であるセカンドに逆らうのは適切な判断とはいえない。

 渋々と回答する。正真正銘の本名だ。


「……三船慎太郎」

「じゃ、シンタローね!」


 その慣れ慣れしい態度に、俺は自然に眉間に皺が寄る。頬がひきつるのを堪えて訊いた。


「ええと、セカンド。俺は君を何と呼べば……」

「好きに呼びなー」


 しかし振り返らないまま、セカンドはあっけらかんと笑う。今度こそ俺は、苛立ちを隠しきれずに奥歯をぎりっと噛みしめた。


(お前は、名乗らないのかよ……!)


 わなわなと両手をふるわせながらも、しかし睨みつけるだけで止める。俺は、女子供に無闇な危害を加えるのは好まない。紳士でいたいのだ。

 セカンドは気にした風はなく(まぁ俺の睨みひとつでどうにかなるようなら、この仕事は成り立たないだろう)、じゃらじゃらとやたらキーホルダーのぶる下がった学生鞄を開く。そこから、数枚の封筒を取り出した。黒い封筒へ、表に白字で数字の「2」とだけ書かれている。


「それで、任務だけど何件か来てるね。シンタローの得物は?」


 封筒を開けて中を改めながら、ちらりとセカンドが視線で促す。どんなにセカンドが生意気な小娘であろうが、今の俺にとっては先輩である。俺は渋々、腰の後ろに隠していたそれを取り出した。

 取っ手のついた鉄は、手首から肘ほどまでの長さになる。それがニ対。組立式になっており、余程のことがない限り俺が肌身離さず所持している相棒だ。


「なるほど、トンファーね。近距離が得意か」

「というよりも、これは補助に過ぎない。基本は腕一本でやる」

「あ、武道家ってやつ? 良い身体してるしね」


 セカンドの視線が、遠慮なく俺の身体に向けられる。だが、大きめのジャケットを羽織っているのでわかりにくいだろう。身体のラインは仕事をする上でもわかりにくくした方が、都合良いのだ。


「拳法家崩れの暗殺者っていうのも、たまにいるからね。シンタローもどこかの流派にいた系?」

「いや……きちんとしたところの出ではない。粗野の殺人拳だ。一応、一通りの武道の型はマスターしている」


 とはいえ、その筋の専門家からしたら邪道も邪道だろう。端的に言ってしまえば俺の拳はあらゆる格闘技のミックスである。


「ただ、殺しにおいて素手は証拠が残りすぎるからな。手袋はするが、気休めでしかない。大抵は相手を無力化してからトンファーで止めを刺し、偽装工作に入る」

「ふーん、汎用性良さそう」

「ええと、君の方は……?」


 彼女を改めて眺めた。

 やはりどこからどうみても、その辺の女子高生にしか見えなかった。多少身体は鍛えられ、それなりに動けそうだということはわかる。だが派手なメイクも、拘りの制服の着こなしも、女の子らしく白くて細い腕や指も、殺し屋に向いているようには思えない。

 恐らく何か、からくりが彼女にはあるのだろう。そう思いながらも、彼女がナンバーズの幹部であることが実感できないのだ。


「まあ、見ててよ」


 俺の視線を受けて、セカンドは含んだ笑みを浮かべる。説明する気はないようだった。


◇◇◇


 ナンバーズの仕事は、幹部から末端へ上から順に伝わってくる。幹部は幹部会で割り振った仕事を、部下へ分配し伝達する義務があるのだ。先ほどセカンドが手にしてた「2」の字がはいった封筒は、まさにその幹部に割り振られた仕事だ。幹部から末端への伝達方法は自由であるので、どの幹部の系列に属しているかで、まるで異なるのである。


「聞いたよ。シンタローは今まで、電話連絡だったんでしょ」


 一差し指を立てたセカンドが、訳知り顔で言う。事実だったので、素直に頷く。幹部昇格前は、仕事は電話連絡で受けることがほとんどだった。一度や二度ほど封書で受け取ったこともあるが、大抵は非通知番号から命令が下されるのだ。

 セカンドは、ため息を吐いて肩を竦めた。


「なんていうか、ダサい。直電とか。掛けるのも出るのも面倒だし。ってことで、あたしはもっとかっこいいやり方してるから」


 ――と、いうような流れでセカンドと、メッセージ機能のIDを交換した。端末のメッセージ機能での伝達が「かっこいい」やり方なのかはさておき、使い慣れないメッセージでの伝達に、多少手間取ったことを言い訳するつもりはない。IDの交換方法を知らなく、散々セカンドに笑われたことも仕方がないことだった。


「今まで使ったことないんだ」

「えーうそ、シンタローってばマジ古風」


 目を丸くして返したセカンドに、また馬鹿にされるかと思いきや、何故か好感度が少しあがったらしい。しかし、だからといってセカンドの方針が変わることはない。


「そういう、時代に流されないスタイルもありだよね。個性的ってカンジ。まー、分かってて流されないのと、分からずに時代に取り残されるのは違うから。シンタローはこれを機に時代に追いつこうねえ」


 高い笑い声をあげる彼女に眉根を寄せつつ、四苦八苦して操作を覚える。


「ちなみにあたしのは捨てIDだから、定期的に変えてんだ。見習ってもいいよ。あたし、先輩だし」

「…………」


 彼女のいうことは最もだったが、素直に頷くことが躊躇われる言われっぷりだった。


 そんなことがあった翌日。

 早速飛んできたセカンドからの「指令」メッセージに、俺は眉間に皺を寄せていた。これが彼女からの初指令である。


「は……? ”花屋で薔薇を注文”……?」


 セカンドの賑やかな口調からは想像できない、あまりにシンプルな一文だ。続けて送られてきた地図には、花屋の位置がマークされていた。他に説明はない。だがどうやら、何かの隠語ではなく実際に花屋に向かえということらしい。

 今日からは、本格的に彼女の下で「仕事」をする予定になっている。仕事というのは言うまでもなく「殺し」である。最初は彼女のやり口を見学、という流れになっていたのだが……。


(花屋で、どうやって仕事をするつもりだ?)


 事前に聞いていた今回のターゲットは、中年の男だ。昼間は会社勤めらしいので、花屋との関連性は考えられない。


 件の花屋は、大通りから一本入った小道に面した場所にあった。右隣は駐車場を挟んで小さな喫茶店。左隣は個人で営業しているらしい本屋である。そもそもが建物が雑多に密集している場所だ。花屋自体もどうやら個人経営のようで、この小道自体、それなりに人通りはあるもののどこか寂れた印象が拭えない。


 俺は少し離れた道端から、花屋を観察する。

 こじんまりとした店内から店頭にかけて、大小多数の鉢がところ狭しと並べられていた。水を張ったバケツも同じように多く置かれ、それぞれに色とりどりの切り花が差し込まれている。その華やかさに惹かれてか、俺が見ている間にも前を通りかかった何人かが足を止め、ふらりと店内へと足を進めていた。

 店員は多くても二人。奥にもしかしたらもう一人くらいいるかもしれないといった様子だ。先ほどから若い女店員が、客へ声を掛けながら水やりをしている。しかし、セカンドの姿はさっぱり見えない。


(……従うしかないか)


しばらく立ち尽くしていた俺は、意を決して花屋に足を向ける。つい、顔を隠すように上着のフードを引き下げる。平静を装おうとするも、自分がこの花屋には場違いであるような気がしてならない。いや、場違いなのが当然だ。殺し屋に花屋が似合ったらどうしようもないではないか。

 仕方ない、と息を吐く。店先に出ていた店員に話しかけた。


「あの……薔薇、」

「薔薇をお探しですか? 色や本数は? 贈り物ですか?」


 ぱっと振り返り、にこやかに接してきた店員はやや食い気味に尋ねてくる。その勢いに圧され、俺は返事を口ごもった。

 色に、本数? 知るわけがない、こっちは「花屋で薔薇」としか言われてないのだ。


「ええと……あの、」

「なるほど!可愛い女の子に薔薇を贈りたいということですね!今ご用意しますから少々お待ちくださいね」

「……は?」


 こちらの返事を聞く前に、言い切って花を束ねだした店員に、思わず俺は目を剥く。まじまじとその店員を見つめると、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。


「お客様には、赤い薔薇十本がお似合いかと思いますよ」


 今度は、声もなく彼女を凝視した。

 一見して「どこにでもいそうな女」だった。艶のある黒髪は、簡単に首の後ろで一つ結び。化粧気がなく、よく言えば素朴、はっきり言えば地味な印象を与える女。やぼったいシャツとフレアスカートの上から、店の名前の入ったエプロンをしている。接客態度ははきはきして元気、笑みもどことなく愛嬌を感じるものの、きっと店を出て数歩のうちに彼女の顔は思い出せなくなるだろう。それほど与える印象が薄い。


 しかし間違いない。間違いなく――それは、セカンドだった。

 俺が硬直している間に、彼女は手際よく薔薇の花束をつくり終える。


「リコリスちゃーん、ちょっとこっち、手伝えるー?」


 店の奥から呼ばれた名前に、大げさに手を挙げて返事をする。


「はーい、今いきまーす。お客様、お代は結構ですので」


 雑に花束を押しつけながら、一瞬だけ、にやっとした顔をした。その瞬間だけ昨日のセカンドがかいま見えた。

 はっとしたときには、彼女は店の奥へと消えていた。渡された花束を見下ろすと、隙間に一枚のメモが入っている。


「地図か……。これは駅裏の方のビルだな」


 裏返すと短い一文が走り書きされている。


「そういうことか」


 俺はようやく彼女の意図をはっきりと理解した。メモを握りつぶすと、すぐに行動を開始した。


◇◇◇


 駅からほど近いところにある古ぼけた雑居ビルは、警備もザルだった。

 ほとんど意味をなしていないだろう監視カメラを避けつつ、俺は難なく進入する。寄り道もせずに向かった先は、屋上だ。本来は立ち入り禁止なのだろう。行く手を阻むように張られたロープを跨いで越し、錆びた扉を開ける。人気はない。素早く見回して、俺は適当な物陰に姿を隠した。


 屋上に他の人間があがってきたのは、それからほどなくしてだった。よれたスーツの中年男性である。ぎょろりとした目つきの悪い、痩せた男だった。彼は躊躇うように扉を押し開けると、きょろきょろと屋上を見渡す。幸い、俺には気づかなかったようだ。彼は建物の縁まで歩いていくと、手に持った紙切れを開いて落ち着きない様子で視線をあちらこちらに向ける。

 と、再び屋上の扉が開いた。ギギギと軋んだ不快な音が鳴る。そこから顔を覗かせたのは、女の姿だった。


「来てくれたんですね!」


 彼女は語尾を弾ませて、高く声を上げた。エプロンこそしていないが、地味な容姿に笑みを浮かべた彼女は、先ほど花屋に居た姿のままのセカンドである。


「さっき突然、お声をおかけしたのに、こうして来てくださってありがとうございます。どうしても、二人でお話したくて……」


 顔を赤らめた彼女に、男は人の良さそうな笑みを浮かべる。


「全然構わないよ。あの花屋の前はよく通るが、君のような可愛い子がいるとは知らなかった」


男の視線がセカンドをなめ回すように見つめる。その行儀の悪い態度を咎めもせず、セカンドは却って挑発するように、上目遣いで微笑んだ。

 詳細は聞かされていないがーー状況は読めた。花屋の店員に扮したセカンドが、色仕掛けで男をこの場所に呼び出したのだろう。男は、見事にセカンドの計画に乗せられたらしい。


「でも、どうしてこのビルを……私の勤務先を知っていたんだ?」

「覚えていないでしょうか。私、先日会社の方にお花を届けさせたもらったでしょう?」


 頬を桃色に染めながら、セカンドが言う。その言葉に男は考えるようにして、何か思い至ったように息を吐いた。


「あ、もしかして、菊の花……?」

「ええ、そうです。可愛らしい菊のお花。私、知っていますよ。あの菊は、貴方が彼女の机へ咲かせたのですよね」

「は……?」


 男は口を開けたまま、目を瞬いた。心底わからない、というようなその表情に、女は笑った。


「わからないですか?」


 それは、先ほどまでの微笑みとは全く異なる笑みだった。


「彼女は、貴方が追いつめて菊の花にしてしまったんじゃないですか」


 うふふ、と口元に手を当てて小さな笑い声をたてる。つり上がった口角、頬はかすかに色づき、どこか恍惚としたような表情。見開かれた彼女の瞳は爛々と輝いており、まっすぐ射抜かれたように見つめられた男は、蛇に睨まれた蛙も同然だった。


「こうして、お話に応じてくれて助かりました。これは、貴方へのご依頼のお品なんです」


 セカンドは、血の気の引いていく男の表情を楽しげに眺める。背後から取り出したのは、黒い色をした薔薇の花束だった。


「い、いったい、こ……これは……?!」


 絞り出すような男の声を聞くこともせず、セカンドははしゃいだ声を上げた。


「私は花屋ですからね、お花を届けるのもお仕事なのですよ。なんと! 今日は黄泉からのご注文なんです!」


 花束手に、彼女は軽やかな足運びで男の方へ向かって歩き出した。


「業務過多による過労死や自殺。最近、そういうのって増えているらしいじゃないですか。あれは本人の意志での自死ですが、今はそこまで追いつめたのが誰かってお話になるみたいですよ。無意識のうちにでも人の心を殺してしまえば、それは殺人になる。……そういう世の中なので、ちょっかいをかけていた彼女がひとり命を絶ったからといって、終わりだと思って安心しちゃだめなんですよ」

「…………!」

「ましてやそれが、意図的な殺意によって奪われたとなれば――それは、明らかな殺人じゃないですか」


 完全に色を失って立ち尽くす男に、セカンドは満面の笑みで花束を差し出した。


「だからね、どうぞ、お受け取りくださいな」


 セカンドがパチンと指を鳴らすのと同時に、俺は物陰から飛び出していた。そして男が反応するよりも早く、背後から強い衝撃を与える。


 突然の殴打に、男は背中を仰け反らせてバランスを崩す。平衡感覚を失った彼は、足を宙に踏み出し……恐怖に顔が歪み……しかし悲鳴を上げる間すら与えられず……そのまま頭から逆さまに落ちていく。直後、潰れたような深いな音が遠くから聞こえた。


「ひとつ、過度な業務」


 セカンドは、唱うように口ずさみながら手にしていた花束から一本、薔薇を引き抜いて、下へと投げ落とす。


「ふたつ、叱咤された身に覚えのない仕事のミス。みっつ、望んでいない性的な接触。よっつ、人格を否定されるかのような暴言……」


 一言ごとに、薔薇は落ちていく。手向けのつもりなのか、しかし彼女の告げる言の葉は恨み節だ。そのようにして順々に数えた本数は、全部で十七本だった。


「伝わったかしら、彼女からの貴方への気持ちは。まあ、お金を払ったのはご遺族だけどね」


 全てを投げ終えて、セカンドは口端を釣り上げて笑う。


「薔薇の黒は憎しみを、十七は絶望的な愛を示す。これは、黄泉の彼女から貴方への贈り物です。……ああ、私への御礼は結構。地獄で、彼女に直接伝えなさいね」


 くるりと振り返った彼女は、昨日の無邪気な表情に戻っていた。彼女は親指をぐっと上にあげてにこにこと笑う。


「シンタロー、タイミングばっちり!やるじゃん」

「……そりゃ、どうも」


 俺はというと、彼女のテンションの温度差にぐったりとしてしまった。こうして初日の仕事は終わったのであった。


 その後のセカンドとの仕事は、大体が初日と同じような流れで行われた。彼女が情報を集め、お膳立てした現場で、俺は彼女の指示通りに仕事をこなしていく。


 彼女の特徴は、変装に擬態ーー様々な顔と経歴、立場を使いこなしている点だった。会う度に姿もキャラクターも異なるセカンドに、俺ですら度肝を抜かれることは多々ある。しかも驚くべきことに、セカンドにとってそれら数多の「役」は単なる使い捨てでもない。役によっては、時間をかけてその姿で潜伏しており、それなりの人間関係すら築いているのである。そしてどの役の時も、セカンドの呼び名は変わっていた。


 花屋のリコリス、喫茶店のアネモネ、図書館のスズラン……彼女の役は、異なるテリトリーを網羅していた。そして結局、今に至るまで俺は彼女の本来の姿や名前を知らないでいる。


「やはり、その姿があんたの素なのか?」


最初に会ったときの女子高生然とした姿のセカンドに尋ねる。仕事の合間、俺と会うときはだいたいこの格好だった。セカンドは俺の問いに、くすくすと笑う。


「シンタローは、どのあたしが好み?」

「好みとか、そういうのはない」

「えーなんでよ。つまらないじゃん」


 可愛らしく頬を膨らませるセカンドに、俺は黙った。彼女とのこのようなやりとりも慣れたもので、相手にするとよけいに厄介なことになると学んだのだ。


「素っていうか、これは好きな格好。カワイイし、大抵どこに居ても違和感ないし」


 恐らく彼女は、本当は女子高生ではないのだろうと思う。年齢的には女子高生と変わりないとは思うのだが、彼女と過ごせば過ごすだけ、学校に通っている姿がまるで想像できない。


 第一、いくら「仕事」の大半が日暮れ頃から行われるといっても、ナンバーズの幹部は昼間の学業と両立できるほど易しい立場ではない。

 だがそれにしてもセカンドは、全くその素性のようなものを感じさせなかった。それが、ナンバーズの幹部としての実力なのだろうか。しかし他の幹部たちは、逆に目立ちすぎる表の顔を晒すことで、隠れ蓑に使っている節もある。殺し屋によっても、やり方が様々あるのだ。


「シンタロー、思ったよりもいいね。スキルが高いのはもちろんだけど、ちゃんと周りを見てる。あたしの意図を汲んでくれてるの、わかるよ」


 手放しに誉められ、俺はどう答えたらよいのかと視線をさまよわせる。それを見た彼女は笑い、更に続けて言う。


「結構口も堅いでしょう。これはポイント高いよ」

「そ……そうか……それはよかった」


 やっとそれだけ答えた俺に、セカンドは満足そうに笑む。小首を傾げて、セカンドは尋ねた。


「あんたさ、秘密守れるひと?」

「もちろんだ」

「ふーん……そしたらさ、私から個人的なお願いがあるんだけど」


 ふと、セカンドの表情から笑みが消えた。

 無邪気な表情が消えると、途端に彼女は印象を変える。冷たいまでに凛とした顔。どこまでも冷酷で、つくりもののような顔で、彼女はひっそりと尋ねる。


「辻斬り、知ってる?」


 この一瞬。俺は初めて目にしたその表情を見て。

 なんとなく、それが彼女の素顔なのではないかと思ったのだ。


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