それは無謀でも蛮勇でもなく、くだらないだけだ

西野ゆう

第1話

 震度六強の地震が襲って十分後。次の余震であっさりビルが傾いていた。

 だが、そんな地震で崩壊するようなビルではなかったはずだった。

「このビルの制震オイルダンパー、例の検査データの改竄かいざんダンパーかよっ」

 そんな愚痴を言っても仕方がない。救助を期待して五十階から六階分階段を駆け上がって屋上に来たが、更にビルは傾き、手からこぼれ落ちたスマートフォンは、そのまま地上へ向かって滑り落ちた。

「隣……に飛び移るしかねえよな」

 幸いにも、この周辺では、このビルが一番高い。足の骨ぐらい折れるかもしれないが、なんとか飛び移ることは可能だろう。ビルが倒れている方に向かって飛べば、下り坂で助走加速して飛び移りやすいが、このビルが崩壊すれば巻き添えを食らう。

 少々危険だが、傾いたために間隔の開いた反対側のビルに、上り坂となった助走路を駆けて飛ぶしかないだろう。

 男は、気合いの叫びを上げながら助走し、屋上の角を蹴った。その力が加わったからなのか、ビルは崩壊を始めた。

 男は空中を走るように足をバタつかせ、ギリギリの所で隣のビルの屋上の柵に片手を掛けた。


「まあ、映画だもんな。そりゃあギリギリで助かるか」

「ギリギリ、好きだからな」

「こんなお約束にスリルもねえよな」

 三人の中学生男子が、製作陣が聞いたら歯軋りしそうな感想を述べている。

「でもさあ……」

 一人が言うと、残りの二人は「またか」と顔を見合わせて目だけで会話した。

「もし自分があの場にいたらどうする?」

「……」

「……」

 二人とも答えが出ない。聞いた当人さえ、答えを求めている気配がない。完全に惰性で出た言葉だった。

 その頃映画では「勇気と無謀とは違うんだ」なんていうお決まりのセリフも出ている。そのセリフでとうとう飽きてしまったのか、この部屋の持ち主の男子がテレビを消した。

「あれ、やろうか」

 その言葉に、他の二人もピンときている。だが、リアクションは大きくない。「仕方がないな」と言う程度だ。

「逆選手権をさ」

 逆選手権。前回は現代ファンタジーに恋愛を絡めたアニメ映画を観て、「逆トキメキ選手権」を行った。

 明らかにときめかせるべきシチュエーションでありながら、くだらない言葉を掛けた人が優勝というルールだった。

 そんなシチュエーションなんて、そうそうないだろうと思うかもしれないが、中学校という場所には、そんなものは溢れている。

 優勝したのは、野球部の部活のランニング中、後輩の女子とぶつかってしまい相手が足を軽く捻ったことにして(実際はちょっとよろけただけ)、その後輩の足首を持って、帽子を脱ぎながらの一言だった。

「ケアル。毛はないけど」

「ケアル」とは、ロールプレイングゲームのファイナルファンタジーシリーズで使われる治癒魔法だ。

 あれは実にくだらなかった。満場一致で優勝だ。

「で? 今回は何で行くの?」

「一番くだらない勇気の使い方でいいんじゃね?」

「お、それ面白そうじゃん」

 一体それの何が面白そうなのか。中学生男子というのは不思議な生き物だ。なんでも楽しみに変えてしまう。


 一人目は早速その友人宅で見せた。魅せれてはいない。見せただけだ。なにしろくだらない勇気なのだから。

「おばさん、お邪魔しました」

 普通にそんな挨拶をしながら、夕食の準備をしていた友人の母がエプロンで手を拭って「また遊びにきてね」と言った瞬間、なんとハグをして返したのだ。

 審査の結果、明らかにくだらなくないと演技者(実行した者をこう呼ぶことにしている)以外のふたりに指摘された。

 演技者が帰国子女か、欧米とのハーフならまだセーフだろうが、今の行為は日本人の中学生男子にとって、相当な勇気が必要な行動だったはずだとジャッジされた。

 続いて二人目の試技。

 翌日の学校。昼休みにその男子は一人の女子を廊下の端に呼び出した。その男子の隣の席の女子だ。

「俺さ、お前のこと……」

 呼び出された女子は、目を見開いている。これまで全然意識もしていなかった相手が、誰がどう見ても告白をしようとしているのだから当然だ。

「お前のこと、顔と名前は一致してるけど、それ以上でも以下でもねえ」

 審議。

 この「逆選手権」には鉄則がある。それは、人を傷つけないこと。

 だが、審議の結果、この女子生徒は単にポカーンとなっただけで、全く傷ついていなかったので、通常の審査に移った。

 結果、今のところトップ。だが、そもそも相手が誰であっても「呼び出す」という行為には、それ相応な勇気が必要であり、くだらないとまでは言い切れない。

 さて、最後の演技者。

 なかなか演技する機会に恵まれなかったようで、なんとその時は卒業式の後にやってきた。

「俺さ、ずっと思ってたことがあるんだけど、この『逆選手権』が一番くだらないよな」

 実に勇気ある告白だ。だが、もう卒業なのだよ。思い出してもくだらない思い出ばかりだ。今告白するには、あまりにもくだらない勇気の使い方だった。

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