第2話 「人形を捨てるのはダメですよ!」

「マリアンヌっ!」


 お父様の驚く声に、私は首を傾げた。

 同じ邸宅内にいて、姿が見えなくなれば探すのは当然のことである。


 なのに、この驚きよう……。まさか、逢い引き!?


 お父様とて、今は独り身。私の結婚と共に再婚を考えてもおかしくはなかった。

 けれど、それらしき人物が見当たらず、私はさらにお父様に近づいた。遠慮する、という配慮よりも、好奇心がまさった。


「わぁ!」


 なんて可愛いの!


 お父様の横に、愛らしいうさぎさんがいたのだ。

 それも、ちょこんとベンチに座っている。

 ここに来る前に見た、ウェルカムドール以上の存在に、思わず駆け寄った。


 しかし、歓喜の声を上げたのは、私だけではなかった。


「花嫁さんだー! きれい」

「ふふふ。ありがとう。貴女も凄く可愛いわよ」


 もっと間近で見たくて、ドレスのことなどお構い無しにしゃがみ込んだ。

 すると、一瞬だけ驚いた表情をしたため、私はすぐさま手を差し出した。さらににこりと微笑んでみせる。


 恐らく、ドレスのことを気にしてくれたのだろう。優しい子だと思った。


 さらに彼女は、私の手を取って微笑み返してくれた。

 そのふわふわっとした感触に、既視感を覚えた。そう、ちょうど今、手に持っている人形に似ている。


「それよりもマリアンヌ。どうしてこんなところにやってきたんだい。今日の主役が会場にいなくては、皆が困るだろう」

「まぁ、それはお父様も同じですよ。未だに新しい執事を雇わないから、使用人たちが不安がっています。エリアスでは対応しきれない事態は起きていませんが、それでも……」


 姿を見せれば安堵する。

 けれど、話はそんな簡単なものではなかった。


 まさか、こんな可愛らしいお客様の相手をしていたなんて、思わなかったのだ。

 これは無理に引き離すわけにもいかない。


 どうしたら……。


「私のことはお構いなく、ロランさんは会場に行ってください」

「しかし、先ほど言いかけた話が気になる。私の話を聞きに来たと言っていなかったかい?」

「はい。でも、その必要がないと思ったんです」


 お父様も疑問に思ったのか、首を傾げた。


「だってロランさん、皆さんに必要とされていますから。マリアンヌさんも気にかけて、こうして迎えに来てくれたんですよ。だから、寂しくないと思います」

「……ソフィーくん、ありがとう」


 お父様は少しだけ困った表情で答える。

 それだけで、何となくだが会話の内容を察することができた。


 うん。確かにこの邸宅にいる以上、お父様は寂しいと感じることはないだろう。

 何せ、まだまだ助けてもらわなければいけない案件が山のようにある。そう感じる暇はないほどに。


 しかし、それと娘である私の結婚は別物。物理的じゃない。精神的な寂しさなのだ。


 でも今は、そう納得してもらおう。ううん。してもらうしかない。

 その方が私も助かるし、お父様だっていつまでも寂しさをつのらせているのは辛いだろうから。


 お父様が、そっと彼女の頭を撫でた。


「いいえ。それからマリアンヌさん。挨拶が遅れてすみません。ソフィーです」


 丁寧にベンチから降りて、お辞儀までしてくれるソフィーちゃん。

 私も立ち上がり、挨拶をした。


「こちらこそ、名乗らずにごめんなさい。マリアンヌよ」

「それでは私はこれで失礼します」

「えっ。もう行ってしまうの?」

「はい。私も待っている人がいますから」


 何だか追い出すような形になってしまった。それが表情にも出ていたのだろう。

 一度背を向けたソフィーちゃんが、まるで忘れ物でもしたかのように、私に近づいてきたのだ。


「その人形、とても可愛いですね」

「ありがとう。今日の結婚式のために作ってくれた物なの。お父様にも見せたくて」


 本当はエリアスに反対されていたけれど、我慢できずにこっそりと持ち出してきたのだ。


「マリアンヌの人形かい?」

「はい。孤児院の子どもたちが作ってくれたんです」

「ほぉ、なかなか器用だ」


 まじまじと見るお父様。

 その目は欲しいというより、値踏みをしているようだった。


「お父様。これは売り物ではありませんし、あげませんよ」

「勿論、マリアンヌから取り上げるようなことはしないよ。ただ孤児院の新たな収益になるのでは、と思っただけだ」

「そうでしたか」


 ホッと一息つけたのは、その一瞬だった。


「しかし、それ一体ではないのだろう」

「えっ?」

「製作が子どもたちなら、マリアンヌだけ、というのは考え辛い。エリアスの人形もあるはずだ」

「そ、それは……」


 マズい。エリアス人形が捨てられるかも。


 前に『エリアスの背中でも押すといい』と言ってきたお父様だ。可能性は大いにあった。


「やはりあるのだな」

「えっと、その……」

「ロランさん、人形を捨てるのはダメですよ!」

「ソフィーちゃん!」


 捨てる気満々の雰囲気に、ソフィーちゃんも気がついたのだろう。援護射撃をしてくれた。


「マリアンヌさんの人形だけでも分かります。これを作った人の気持ちが。それを無下にしてはいけません!」

「そ、そうですよ、お父様。子どもたちがプレゼントしてくれた物を捨てるだなんて。悲しみますよ」

「うっ」


 一歩後退るお父様。


 これはいけるのでは?


 思わずソフィーちゃんの方を見ると、その意図に気づいてくれたようだった。頷き合い、お父様に詰め寄る。


「孤児院の収益と考えるのなら、余計に捨てるのはいけません。製作の妨げになってしまいます」

「捨てませんよね、ロランさん」

「わ、分かった。私も鬼ではない。気に入らないからといって捨てるような野暮なことはしないよ」

「さすがお父様! ありがとう、ソフィーちゃん」


 私は嬉しさのあまり、ソフィーちゃんに抱きついた。

 多分、一人では説得できなかったと思うから。


「こちらこそ、お力になれて良かったです」

「そうだわ。折角だから、うさぎの人形も作ってもらおうかしら。ソフィーちゃんに似た人形を」


 そうすれば、今日のことを思い出して、捨てることはないだろう。

 うん。我ながら名案だわ。


「本当ですか? 嬉しいです」


 素直に喜んでくれるソフィーちゃんの姿に、少しだけ罪悪感を覚えた。

 けれど、これもエリアス人形を死守するため! ごめんね、ソフィーちゃん。



 ***



 その後、ソフィーちゃんは安心した様子で庭園の奥へと向かって行った。


「そういえば、ソフィーちゃんはどこの子なんですか?」

「ん? さぁ、庭園に迷い込んだ子。としか言いようがない」

「……でも、悪い子ではなさそうでした」


 全く面識のない、エリアスの人形を死守するのを手伝ってくれたのだから。


「あぁ、そうだね。無事に帰れただろうか」

「だといいんですが」


 けれどそれを知る術を、私もお父様も持ち合わせてはいなかった。


―――――――――――――――

ソフィーちゃん故の解決方法でした……。

先延ばしにした感はありますが、こういうのは一朝一夕にいくものではありませんから。

とりあえず、人形を死守できました。ありがとうございます(´;ω;`)


ソフィーちゃんをが登場する、神崎ライ様の作品はこちらです。

「絶望の箱庭~鳥籠の姫君~」

https://kakuyomu.jp/works/16816700427464528155

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