ヒーリングドール編

第1話 「寂しいものだ」(カルヴェ伯爵視点)

 同時刻。突如、庭園の奥に鏡が開かれた。次元回廊ディメンションズゲートと呼ばれる、本来は現れることのない、世界を結ぶゲート

 乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の世界に迷い込んだのは、可愛らしい異世界人だった。いや、異世界匹?


 その者は辺りを見渡しながら、長い耳をピンと立てて、辺りを見渡す。


「あっちかな。人の声がする」


 斜めにかけている、可愛らしいイチゴのショルダーバッグの中から、タブレットを取り出した。

 器用に操作をし、何かを確認している。


「うん。やっぱりあっちみたい」


 納得したのか一つ頷き、タブレットから視線を外す。


 誰を探し、何をしに来たのか。

 それを知るのは、彼女に依頼した人物のみ。

 赤い水玉模様の服を着た、うさぎの人形、ソフィーは、歓声の上がる会場に向かって歩き出した。



 ***



 一方、逃げるようにして、庭園の奥にやってきた人物がいた。

 溜め息を吐き、ドカッとベンチに座る。

 その横では、見事に咲き誇るサルビアの花があった。


 確か、マリアンヌが押し花にしたいと言って、庭師に頼んでいた花だったか。


 ふと、イレーヌが亡くなった六年前のことを思い出した。

 母親を失ってすぐに誘拐騒動に巻き込まれたマリアンヌ。

 イレーヌに似て、気の優しい子だから、伏せってしまわないか心配だったのをよく覚えている。しかし、連れてきたエリアスのお陰で、押し花などに興味を示し、今では趣味の領域だ。

 定期的に作っては、私を含め邸宅内の者たちに配っているらしい。


「初めて貰ったのは、マリーゴールドの押し花だったか。確か色は黄色で私の健康を気遣ってくれたな」


 そんな可愛いマリアンヌも、とうとう結婚とは。


「寂しいものだ」

「あの。よければそのお話、聞いてもいいですか?」


 まさか返事が来るとは思わず、私は驚いて顔を上げた。

 するとそこには、うさぎが二足歩行で立っている。いやいや、その前にこのような者を招待した記憶はない。


「寂しさの余り、うさぎの幻覚が見えるとは……重症のようだ」

「幻覚ではありません! ちゃんと存在しています!」


 ほら、とばかりに手を掴まれた。うさぎにしては大きいと思っていたが、意外にもふわふわしている。


 ん? 本当にうさぎか?


「はじめまして、ソフィーです。ロラン・カルヴェさん、ですよね」

「……あぁ」


 何故だろう。久しぶりに名前を呼ばれたような気がした。

 邸宅では『旦那様』と呼ばれ、マリアンヌからは『お父様』さらに一歩、外に出れば『カルヴェ伯爵』だ。


 もしかしたら、イレーヌが亡くなって以来ではないだろうか。


「それでソフィー……くんは、ここに迷い込んだのかな」

「いいえ。ロランさんに会いに来たんです」

「……君とは初対面のはずだが」

「はい。今日、初めてお会いしました」

「それは良かった。私の記憶とも一致する。ならば、ソフィーくん。要件を聞かせてもらえるかい」


 私はベンチの端に移動し、隣に座るよう促した。


 素直に受け答える声。可愛らしい見た目に、不思議と警戒心が和らいだのだろう。

 ベンチに近づいてきたところで手を伸ばし、座らせた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。何だかソフィーくんを見ていると、幼い頃の娘を思い出すよ」

「すみません」

「何故、謝るんだい」

「寂しそうな顔をしていたから」


 なるほど、と私はすぐにソフィーくんが誤解をしていることに気がついた。


「大丈夫。今日は娘の結婚式でね。そのせいか、どうしても感傷的になってしまうんだよ。年齢のせいかな」

「え? 結婚式ですか!? それはおめでとうございます!」

「ありがとう。だから、心配する必要はないよ」

「すみません。凄い誤解をしていました。てっきり……」


 娘を亡くして、落ち込んでいる父親に、まぁ見えてしまうだろうな。


「誤解させる言動をした私にも落ち度はある。ソフィーくんを娘と重ねたのだから」

「ロランさんは嬉しくないのですか?」

「勿論、嬉しいとも。無事にそこまで育ってくれたのだから。しかもお嫁に行くわけではない」


 会場の方へと視線を向ける。


「だから寂しくもあり、辛いんだ」

「えっと、つまり傍にいるってことですよね。それなのに、どうしてですか?」


 無邪気に尋ねる姿もまた、幼いマリアンヌと重なった。そのせいだろう。相手が小さい子だと分かりつつも、つい本音が口から零れた。


「同じ邸宅に住んでいると、二人の様子が自然と耳と目に入ってくるからなんだよ。逆にないと、何をしているのか気になって、わざわざ使用人に聞いてしまう」

「あ! それは分かります。私もメイが同じところにいると分かっていても、傍にいられないのは寂しかったから。メイっていうのは――……」

「そうなのだよ! マリアンヌが幸せなら、多少は我慢できる。いや、してみせる。と思うものの、終始エリアスと共にいるのは、さすがに容認できない!」


 爵位を譲るという名目で、仕事量を増やしたり、マリアンヌの交遊関係が心配だという理由で、友人を通してお茶会の招待状を渡したりしているというのに。

 気がつくと一緒にいる姿を目にする。


 執務室は勿論のこと、廊下や庭園を歩き、最近は共に外出もしている、という話だ。


「ロランさんも、マリアンヌさんと一緒にいたいんですね」

「……そうかもしれないね。だが、私にその資格はないよ」

「何故ですか?」

「私のせいで危険な目に遭わせてしまったことが、一番の理由かな。あとはマリアンヌが幼かった頃、あまり構ってあげられなかったことも。特にイレーヌが伏せっていた時は……」


 自分のことで手一杯だった。


「イレーヌさん?」

「私の妻であり、マリアンヌの母親だ。今はもういないがな」

「すみません」

「いや。だから、結婚相手でもあるエリアスには感謝しているんだ。手の回らないところまで、私とマリアンヌをサポートしてくれたから」


 そう、頭では分かっている。マリアンヌの相手として、これ以上の適任はいないのだと。


「……無理をしないでください。私にはロランさんと同じ気持ちにはなれませんが、知っている方のお父さんも、相手にされなくて悲しそうでした。だから……」

「ありがとう、ソフィーくん。本来なら、君みたいな子に言う話ではなかったな」

「そんなことはありません。私はロランさんのお話を聞くためにやってきたんですから」

「どういうことだい?」

「それは――……」


 ソフィーくんの口調が間延びする。まるで何かに驚いた様子だった。けれど顔はこちらを向いている。ということは……。


「お父様。どなたとお話されているんですか?」


 振り返った先に、マリアンヌがいた。


―――――――――――――――

いかがでしたでしょうか。

初めて、他の作品のキャラを自作に登場させてもらいました。


改めて、ソフィーちゃんを貸していただいた神崎ライ様に、感謝申し上げます。

ソフィーちゃんが登場する物語はこちらです。

「絶望の箱庭~鳥籠の姫君~」

https://kakuyomu.jp/works/16816700427464528155

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る