第3話 「人形にまで嫉妬をしているの?」

 薔薇の季節が少しだけ過ぎたというのに、変わらぬ美しさを見せてくれる白い薔薇。


 今日の結婚式のために、庭師が頑張ってくれたのだろう。

 アーチに巻き付く白薔薇の量や配置など、まるで絵画のように計算されていた。


 その横にエリアスを立たせた私は、根元に置かれた椅子から人形を一体、抱き上げる。

 勿論、エリアスの人形だ。


「見て、この人形。エリアスの特徴をよく捉えていると思わない?」


 私は腕の中にいる人形の頭を、そっと撫でながら言葉を続けた。


「キリッとした目鼻立ち。この澄ましたような表情なんて、とてもエリアスらしくて好きよ、私。部屋に飾りたいくらい」

「本人が目の前にいても、か」

「人形は節度のない行動はしないもの」


 あんに、さっきの行動を非難した。それが伝わったのだろう。エリアスは罰が悪そうな顔を向けた。


「悪かった。悪かったから、とりあえずそれを置くか、俺に渡してくれ」

「どうして? 折角作ってくれた人形なのに」


 可愛いじゃない。


「もしかして、人形にまで嫉妬をしているの?」

「違う。その逆」

「逆?」

「……自分がそうされているみたいで落ち着かないんだ」


 え? そんな錯覚までするの? と驚きながら、私は改めて人形をまじまじと見た。


 さっきも言ったように、お世辞抜きで、このエリアス人形は本人によく似ている。そう、今のエリアスに。


 そう思った途端、私は未だ椅子の上にある人形を手に取った。水色のドレスをまとった、私の人形を。


「孤児院の子供たちが作ったって言っていたわよね」

「あ、あぁ。それがどうかしたのか?」

「う~ん。何ていうか、よく似ていると思って」


 エリアスはそれだけで、私が何を言おうとしているのか、察してくれた。

 近づいて、自分の人形を私の腕から抜き取る。


「前に、貴族名鑑の話をしたのを覚えているか。マリアンヌがなかなか覚えられない、とぼやいていただろう」

「うん」


 あの後、エリアスから似顔絵を見せてもらって、ようやく覚えられたのだ。忘れるはずがない。


「それと同じことをしたんだろう。屋敷にいた誰かが、俺とマリアンヌの似顔絵を描いて、孤児院にいる手先の器用な奴に渡したんだ。衣装が違うのは、知らなかったか、もしくは材料の関係、だと思う」

「ということは、今もウチの使用人の中に、孤児院から来ている子がいるってこと?」

「あぁ。事情の知らないところに、いきなり行かせることはできないからな。多少はここで、マナーやルールを学んでから他所に行かせているんだ」

「確かにその方が、双方にとってもいいわよね」


 あらかじめ学んでおけば、奉公先の使用人たちとも上手く馴染めるだろうし、雇う側も手間が省ける。

 実地訓練を我が家でするなんて、さすがはエリアス。いえ、ここはお父様か。


 確か、レリアも似たような感じで我が家にいたことを思い出した。

 本人はただ、キッチンメイドとして働いていたようだが、実際は違う。

 見た目や器量の良さから、花嫁修業も兼ねていたらしい。


 その所作に反応したのが、結婚相手ではなく、バルニエ侯爵だったわけだが。

 故にレリアはお父様にとても感謝していた。娘の私に対しても好意を寄せてくれるほどに。


 そのお父様は何処にいるのだろう。

 エリアスと合流する前から、姿を見ていないような気がした。


「マリアンヌ?」

「あっ、ごめんなさい。ちょっとお父様のことを考えていたの。子供たちのために、色々してくれたじゃない。だから、この人形を見せたいなって思って」


 多分、子供たちも喜んでくれるんじゃないかな。

 あのレリアでさえ、お父様を前にすると、ガチガチに緊張していたから。仮にも王太子の婚約者ともあろう者が、だ。


「それはやめた方がいいと思うぞ」

「何で? こんなに可愛いのに」

「いや、可愛いとかいう問題じゃないんだ。何というか……」


 何故か口籠るエリアス。

 そういえば、ブーケトスの時、お父様に捕まっていた、と言っていた。それと何か関係があるのだろうか。


「マリアンヌの人形だけならまだしも、俺の人形がバレるのは……困るんだ」

「……まさかとは思うけど、さっきお父様がって言っていたのは、つまりそういうこと?」

「あぁ」

「結婚式の今日も?」


 駄々を捏ねた、というわけか。


 お父様がお母様に似た私を溺愛していることは、六年前に転生した時から知っている。

 けれど私がエリアスを選んだ時は、祝福してくれた。が、やはり婚約をすると実感したのか、その頃から徐々に拗ねるようになったのだ。いや、その前から前兆はあったけれど……。


「旦那様の寂しい気持ちは、何となく分かるから、そっとしておいた方がいいと思う」

「前にもエリアスは、そう言っていたわよね」


 妹のように思っていた孤児院の子たちが、結婚することになったら、同じ気持ちになるかもしれない、と。


「あぁ。それに旦那様の場合、ご自分が屋敷を出て行く側だ。マリアンヌではなく。それを考えると無下にはできないんだ」

「その気持ちは分かるわ。私だってお父様に寂しい想いはさせたくないもの。でも、最近のお父様は……」

「無理に納得させるのは逆効果だ。ゆっくりと旦那様のペースで理解していただかないと、余計にややこしくなる」

「……気長に待たなければならないのね」


 私は自分にそっくりな人形を見つめながら、溜め息を吐いた。

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