第2話 「お似合いだなって思ったの」
「マリアンヌ」
「何?」
「これも悪くはないんだが、折角ならこっちがいい」
“これ”って? とエリアスの顔を見上げると、困った顔で下を向いた。その先にあるのは、繋いだ手。
ならば“こっち”とは? ともう一度見ると、繋いでいない方の手で、腕を叩いた。
つまり、手を繋ぐより腕を組みたい、と言いたいらしい。
「マリアンヌは……その……俺の奥さん、になったんだから」
これからは堂々と腕を組んでも構わない、とさらに言及するエリアス。
別にそれは構わないんだけど……『奥さん』
その単語を聞いた途端、私は図らずもエリアスの腕にしがみついた。
だって、『奥さん』って……。
確かに司祭様の前で誓ったし、名前も記入した。
国王様の許可は婚約する時に届けているから、教会へ申請を済ませれば、私たちは夫婦だと認められる。
そ、それを改めて、エリアスの口から『奥さん』だなんて……!
気恥ずかしくて、顔がにやけてしまいそうになる。
「マリアンヌ。……腕に手をかけてくれるだけでいいから」
エリアスの切羽詰まった声に、私はハッとなった。
一歩下がり、エリアスの体から離れる。
「ごめんなさい。エリアスが変なことを言うから、私……」
「変なことじゃないだろう。事実なんだから」
「う、うん」
そうね。自分の結婚式なのに、自覚していない私の方がおかしい。
会場が自宅の庭園だから? それとも結婚する前から、同じ屋敷に住んでいるエリアスが相手だから、そう思うの?
私は申し訳なさそうに、エリアスの腕に触れた。
「ごめんなさい」
「そんなに謝らないでくれ。怒っているわけじゃないし。俺も、ちょっと恥ずかしかった」
「エリアスも? 良かった。私だけじゃなくて」
「だからといって、マリアンヌみたいに自覚できていない、とは言っていないからな」
うっ、バレていた。
「善処します」
「いや、これで」
チャラにしてくれ、とエリアスは私の唇に一瞬だけ触れた後、いたずらっぽく呟いた。
さらに遠ざかるエリアスの顔は、してやったりと満足気に微笑む。
私はというと――……。
「エリアス!」
顔から火が出そうだった。さっきまでの恥ずかしさなど、比ではないくらいの勢いで。
「別にいいじゃないか。さっきも人前でキスしたんだから」
「あ、あれは儀式の一つじゃない。誓いの絞めのようなもので……。だけど、今のは!」
「同じだよ。結婚して夫婦になれば、皆そこまで騒がない。仲睦まじいと思ってくれるだけさ。マリアンヌだって、他所の夫婦が同じようなことをしていたら、そう思うだろう」
「思う、けど……」
そういうのは屁理屈っていうんだよ、エリアス。
「現に誰も騒ぎ立てない」
確かに、と思いながら首を横に向けた。すると、何人かと目が合い、その瞬間、逸らされた。
「でも、多くの人に見られていたわ」
「見せていたからな」
「な、何で……!」
「あの人形と同じで、ちょっかいを出されたくないんだ」
「人形?」
不機嫌な表情のまま、エリアスは顎で前方を指した。その先に向けて、私も視線を追う。
「わぁ!」
それを見た途端、私はさっきのことを忘れたかのように、歓喜の声を上げた。
レリアの言葉通り、白い薔薇のアーチの根元に、可愛い人形が二体、置かれていたのだ。
それも、私とエリアスに似た人形が、まるでウェルカムドールのように、同じ椅子に座っていた。
この乙女ゲームの世界には、勿論ウェルカムドールなんて物は存在しない。だから、これは偶然の産物なんだけど……。
「可愛い! あれ、私とエリアスよね!」
「あ、あぁ」
いつも堂々としているエリアスにしては、珍しく照れている。そんな姿を見て、私は満足気に微笑んだ。
「何だよ」
「ふふふ。あぁして見ると、お似合いだなって思ったの」
乙女ゲームのヒロインと攻略対象者なのだから、当たり前かもしれないけれど。
エリアスと並んで、鏡の前に立ったことがなかったから、余計にそう思ったのだ。勿論、絵に描いてもらったこともない。
「まさか、マリアンヌの口からその言葉が出るとは思わなかったな」
「え?」
「『お似合い』って言っただろう」
「……あっ、これは、その……だって……」
仕方がないじゃない。確かに今の私は“マリアンヌ”だけど、乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』のプレイヤーでもあったんだから。
「もう、そんなことを言うエリアスなんて、知らないわ。折角のプレゼントにまで揚げ足をとるんだから」
「なっ、とっていないだろう。どこをどう見たら、そう捉えるんだ」
「素直に『そうだな』って頷いてくれないところによ」
「……それは、無理だ」
何故か声を絞り出すようにして言う、エリアス。
私は首を傾けた。
「元々そう言うことを言わないだろ、マリアンヌは」
「……だって、恥ずかしいもの」
「俺のことも格好いいとか、好きだとかも言わない」
「後者はともかく、格好いい、は言っているわ」
転生前の世界では、本音を建前で隠す社会に生きていたからか、すぐに隠してしまう癖がある。
いや、そもそも貴族は遠回しな言い方をするのだから、直す必要はないと思う。
けれど、今のエリアスには関係なかった。
「そんなの、片手で数えるほどだろう」
「……今日のエリアスだって、格好いいわよ」
「取って付けたような言い方をされても、嬉しくない」
さらにエリアスを怒らせてしまったらしい。
どうしよう、と辺りを見渡す。
咄嗟に助けを求めようとする行動は、よくないと分かりつつも、出てしまうのがヒロインの宿命である。
さらに都合よく、問題解決となるものが用意されていることも含めて。
「だったら、こっちに来て」
私はエリアスの腕を引っ張った。
白い薔薇のアーチのところまで。
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