番外編

ウェルカムドール編

第1話 「これは幸せのお裾分けなのよ」

 夏の青々とした空に向かって、私は投げた。黄色いマリーゴールドのブーケを。


 ふわりと放物線を描いたその下では、同じ黄色い歓声を上げている令嬢たちの姿が見える。まるで、会場全体に響き渡るほどの声だった。

 そう、ブーケトスである。


 手を上げているものの、誰も我先にと前に出る者はいなかった。

 さすがは生粋の貴族令嬢。淑女である。


 令嬢たちの中には、結婚を控えている者もいるだろう。

 となれば、今日の結婚式に触発されてもおかしくはない。

 幸せのお裾分けと同時に、婚約者へのアピールにも繋がるのだから、令嬢といえども必死になるだろう。


 けれど私は、ある人物に受け取ってもらいたかった。

 祈りを込めて青い髪の令嬢を見つめていると、マリーゴールドのブーケがストンと彼女の手に収まった。


 さすがは乙女ゲームの世界。ご都合主義に万歳!


 けれど青い髪の令嬢は、まさか自分が取れるとは思ってもいなかったのか、目をパチクリさせている。


 そう思うのも無理はなかった。彼女、レリア・バルニエ侯爵令嬢はこの乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』では、名前すら出てこないモブキャラなのだ。


 それでありながら、王太子、フィルマンの婚約者に昇りつめた強運の持ち主でもある。

 彼女こそ、このブーケを受け取るのに相応しい、と思ったのだ。


「マ、マリアンヌ嬢。どうしましょう。私が受け取ってしまいました」


 私と目が合うと、すかさず駆け寄ってきた。


「おめでとう、レリア嬢」

「ありがとうございます。いえ、そういうことではなくて!」

「ふふふっ。これは幸せのお裾分けなのよ。私からレリア嬢へ。嫌だったかしら?」

「まさかっ! そんなことはありません」


 むしろ光栄です、と呟く姿に、思わず抱きついた。


 何て可愛いんだろう。エリアスの話だと私の一つ年上ってことだけど、慕ってくれているせいか、年下に見えてしまう。


「マリアンヌ。折角のブーケが潰れるぞ」


 後ろからかけられた声と共に、肩を掴まれた。さらに引き寄せられ、私はそのまま倒れるように、エリアスの体に背中を預けた。


「大丈夫よ。潰れるほど強く抱き締めていないから」

「それでもダメだ。今日は俺とマリアンヌの結婚式なのに、女とはいえ、レリアに……」


 抱きついていたのが気に食わなかった。

 エリアスは口を濁していたけれど、そう言いたいのだろう。


 でも私にも言い分はある。


「ブーケトスの時間になっても、現れなかったエリアスも悪いのよ。一応、呼びに行ってもらったのに」

「あ、あれは旦那様が! 断れないだろう」

「それでも、エリアスなら何とかできるでしょう」


 私だって寂しかったんだから。


 すると、後ろからレリアの笑い声が聞こえた。


「マリアンヌ嬢も焼き餅を焼かれるんですね。意外でした」

「それはっ! その……」

「安心してください。深い意味で言ったわけではないんです。実は子供たちから、細やかですがプレゼントがありまして」

「プレゼント? それに子供たちってもしかして……」


 思い当たるのは一つしかない。


 私は思わず後ろを振り返った。けれど、エリアスも知らされていなかったらしい。驚いた表情のまま首を横に振った。


「勿論、孤児院の子供たちです。皆、マリアンヌ嬢のことが好きなんですよ」

「えっ」


 何で? 六年前のあの日から、一度も訪れていないのに。

 それに、薄幸はっこう令嬢だと思われているってエリアスが言っていなかった?


「普段からカルヴェ伯爵にお世話になっているのもあります。が、エリアスの存在が大きな理由です」

「どういうことなの?」

「見ていて分かりませんか? エリアスの幸せそうな顔が。マリアンヌ嬢の近くにいる時なんか、こちらが恥ずかしくなるくらい顔に出ているんです。少しは隠せって思うほどに。それを子供たちは知っているんです」


 つまり、エリアスの好感度が上がれば上がるほど、孤児院の子供たちの好感度も上がっていた、ということなの?

 それは嬉しいけど……。恥ずかし過ぎない!?


「材料は私が用意しましたが、子供たちが一生懸命、何がいいか考えて作りました。是非、見てあげてください」

「あ、ありがとう、レリア嬢」

「それで、どこにあるんだ?」


 エリアスがしれっと尋ねる。

 恐らく顔が真っ赤になっている、私の横に立ちながら。


「庭園の奥にある、白い薔薇のアーチの根元に、こっそり置かせてもらったの。下手にちょっかい出されたくないから」

「折角の祝いの席にトラブルは御免だからな」

「勿論よ。しかもお祝いに用意した物が原因になるなんて、もっと嫌だわ」


 だから、気がつかなかったのね。

 その配慮は嬉しいけれど、少しだけ残念だった。

 プレゼントなのに、堂々と置けないなんて。


「それなら、早く見に行きましょう、エリアス。どんな物か気になるわ」


 招待客の中にいたずらするような人物は、いないだろうけれど、こればかりは確かなことは言えなかった。


 テーブルの上に見える、シャンパンやワインのボトル。それらを配る給仕たちの姿や、グラスに口を付ける者たちが目に入った。


 普段は正常な人物でも、お酒が入ると変わるのは、どこの世界でも同じだろう。

 私は急かすようにエリアスの腕を引っ張った。


―――――――――――――――

完結記念として描いていただいたイラストはこちらになります。

お話もイラストに寄せているので是非、見てください!

https://kakuyomu.jp/users/Neighboring/news/16817330656763698624

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