第111話 「では、参りましょうか」

 それからというもの、ネックレスも指輪と同じ日課の一つになった。


 変な勘繰りをされると困るから、事前に付けられない場合などの理由を述べると、「当たり前だろう」と言われた挙げ句。


「寝る時は、必ず外すように」


 念を押されてしまった。


「そんなに心配されるほど、抜けているのかな、私って」

「お嬢様。動かないでください。もう少しで終わりますから」

「ごめんなさい、ニナ」

「あと、お嬢様が抜けているのではなく、エリアスが心配性なだけですから、気にする必要はありません」


 相変わらず、エリアスに対しては塩対応なニナ。爵位を継いだ後も、恐らく変わらないだろう。

 ふふふっ、と笑うとまたニナに怒られた。


 何故なら今日は……。


「お嬢様は結婚式に出たくはないのですか? お支度が終わらなければ、行けないのですよ」


 そう、私とエリアスの結婚式があるのだ。



 ***



「おめでとうございます、マリアンヌ嬢」


 支度を終えたことを告げに、ニナが部屋を出て行くと、入れ替わるようにレリアが入ってきた。


「ありがとう、レリア嬢。わぁ、今日も素敵なドレスね」


 夏の装いにピッタリのレモン色のドレスに、私は思わず声を上げた。


「少し明るい色ですけど、マリアンヌ嬢の色に合わせてみました」

「すごく嬉しいわ。それに明るい方が、レリア嬢の青い髪を引き立たせて、よく似合っている」

「ありがとうございます。ずっとバタバタしていて、ようやく二人で話せるのが結婚式だなんて、なんだか申し訳ないです」

「それはお互い様よ。忙しいって分かっているから、あまり手紙を出せなかった、と言いたいところなんだけど、私も準備で手紙を書く時間が作れなかったんだから」


 実際、レリアに比べれば、私の方が余裕はあった。

 ルーセル侯爵令嬢とアダン伯爵令嬢の他にも、ロザンナから手紙を受け取っていた令嬢がいたのだ。


 彼女らのように、娘が国外に追放されては敵わない、と思った親たちが、次々にフィルマンの元へ謝罪に行くという。ある意味、フィルマンの思惑通りの結果を生んだ。


「まさか、ここまでロザンナ様の恨みを買っていたとは、思いもよりませんでした」

「そうね。レリア嬢の方が被害を受けていたのに」


 お門違いもはなはだしい。


「すみません。何だかしんみりした話になっちゃいましたね。折角の晴れ舞台を前に」

「ううん。今、緊張し過ぎて、他のことで気を紛らわせたかったから、ちょうど良かったの」


 そう、実は緊張しているのだ。ニナに支度してもらっている時から。

 お喋りもダメ。動くのもダメ。でも頭の中は不安だらけだった。


「レリア嬢と殿下は、いつを予定しているの?」

「半年後に延期してしまいました。今回の出来事で、また仕事が増えてしまったので」

「そうだったの」

「ですから、来年の春頃、王宮でお待ちしていますね」


 さらに不安を煽らないで、と言いたかったが、グッと堪えた。


 デビュタント後、正式にレリアの侍女になってほしい旨が書かれた親書が届いたのだ。エリアスの側近の件も一緒に。


 案の定、お父様はとても悩んでいる様子だった。けれど数週間後、エリアスも一緒ならと、あっさり承諾の返事をしたのだ。


 後でエリアスに聞いたら、フィルマンと何やら取引があったらしい。内容までは聞き出せなかったけど。


「……それまでに、何事もないといいわね」

「う~ん。良い知らせなら、大歓迎ですよ」

「良い知らせ?」

「はい」


 何のことかしら、と首を傾けると、扉がノックされた。


「お嬢様。向こうの準備が整いました」


 そう言って入って来たニナは、扉を閉めてこちらへやってくる。ベールを持って。


「こちらも、最後の仕上げが完了です」

「ありがとう」


 鏡越しに、目を潤ませるニナが見えた。


 そんな嫁に行くみたいに。いや、ここまで無事に過ごせたことに対してかな。

 今日、私は十八歳になったのだから。


「では、参りましょうか」


 差し出されたレリアの手を取って、ゆっくり立ち上がる。そんなに重いドレスというわけではないのだが、何分、丈が長い。さらに慣れていないベールを付けると、緊張感が増した。


 ここでヒロイン補正が働いて、転ぶなんてことが発生したら、恥ずかしくてもう、人前に出られない。


 そんな心情を癒してくれる物を、ニナが持って来てくれた。黄色いマリーゴールドのブーケだ。

 定期的にマリーゴールドの押し花を作るから、試しに庭師にできるかどうかを聞いてみたら、こんなに綺麗なブーケが出来上がった。


 オレンジも入れようか悩んだけど、黄色一色にした。エリアスから貰ったマリーゴールドが、黄色だったからだ。


 自然と顔がほころぶ。


「エントランスで、旦那様がお待ちです」


 そう言って開けてくれた扉を潜り、使用人たちに見送られながら、お父様のいるエントランスへと向かった。



 ***



 十八歳になった今日。乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』が始まるまで、あと数日を前に、私は結婚することとなった。

 相手は、バルニエ侯爵になるはずだった、エリアス。


 私がヒロインであるマリアンヌ・カルヴェに転生してしまったのをきっかけに、変えてしまった、彼の人生。


 侯爵ではなく、従者に、護衛と役職を変え、今日からは私の旦那様になる。


 お父様の手を取り、エリアスの待つ祭壇へ歩いて行く。


 列席を見渡すと、先ほどまで一緒にいたレリアの姿が見えた。その隣には、『アルメリアに囲まれて』のメインヒーロー、フィルマン・ヨル・バデュナン王太子殿下が座っている。


 別の席には、従兄弟のユーグ・カルヴェとその従者、リュカ・ドロレもいた。


「どうかしたのか?」


 辺りを見渡していると、お父様に声をかけられた。

 もしかしたら、今日もいるんじゃないかと、ケヴィン・コルニュを探していたのだ。


 花嫁が結婚式に、新郎ではない他の男性を探すなんて、そんなはしたないことは言えない。


「式場を見ていたんです。朝から支度で、ずっと部屋の中にいましたから」

「そうだったな。私とイレーヌの時も、こうして皆が飾り付けてくれたものだ」

「この後、ゆっくりその話を聞きたいです」


 そう言うとお父様は涙ぐんでしまった。


 長いようで短かったバージンロードを歩いた先に、エリアスは立っていた。

 お父様の手を離し、差し出されたエリアスの手を取る。


「エリアス? どうしたの?」

「凄く綺麗だ」

「っ! あ、ありがとう」


 目を細める司祭様を前にして、私たちは誓いの言葉を。皆の前でキスを交わした。

 まだ柔らかさが残る、初夏の日差しの下で。

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