エピローグ 18歳:結婚

第110話 「どんなエリアスだって好きだもの」

 数日後、ルーセル侯爵令嬢とアダン伯爵令嬢の処遇を記した手紙が、カルヴェ伯爵邸にいる私の元へ届けられた。

 送り主は勿論、レリアだ。


 あの時、フィルマンが答えなかったのは、他にも余罪があったからだ。

 ロザンナを断罪した時、彼女たちもまた裁かれるはずだったのに、何のお咎めもなかったらしい。

 故に、フィルマンはその罪状も加算させた処罰を下したかったのだ。


 これから先もレリアを守るために。


「レリアは何て?」

「ルーセル嬢とアダン嬢の罪が確定したから、その知らせ。国外追放になったのね」


 悪役令嬢、ロザンナ・ジャヌカン公爵令嬢はハイルレラ修道院にいるのに、取り巻きの二人は国外だなんて。


 手紙を封筒の中に入れながら、私は溜め息を吐いた。


「王太子の婚約者を相手にしたんだ。妥当だろう」

「ロザンナより軽くても?」

「ジャヌカン公爵家が未だに力を持っている。その影響、としか言えないな」

「まだまだ気が抜けそうにない、というわけね」


 私の言葉がおかしかったのか、エリアスが頭を傾けた。


「マリアンヌが?」

「レリアが、よ!」


 もう、どうして今の流れで私になるの?


 むくれそうになる気持ちを抑えながら、レリアからの手紙を引き出しにしまった。するとエリアスは、それを待っていたかのように、私の左手を掴む。


 薬指にはめられた指輪に、そっとキスを落とした。

 婚約式からずっと私の左手にある、マリーゴールドをかたどった指輪に。中央にはダイヤモンドが埋められた婚約指輪だ。


 それを満足そうに見つめるのが、婚約式の次の日から始まった、エリアスの日課だった。

 けれど今は、その続きがある。


 エリアスは私の左手を引き、椅子から立ち上がらせる。

 私の腰を左手で掴み、右手は首元へ。ネックレスに手を伸ばした。


 舞踏会の日の夜、エリアスから貰ったマリーゴールドのネックレスに。



 ***



「もう夏に近いとはいえ、まだ夜は寒いんだぞ。それなのにこんな薄着で」


 月明かりの元、庭園に姿を現した私を見て、エリアスが慌てて近づいた。


「ごめんなさい。今日、舞踏会で見たご婦人方を思い出したら、これくらいでいいかなと思って」


 舞踏会用だからと肩を露出したドレスを着て行ったけど、ホールにいたご婦人方はもっとだった。

 背中を大胆に開けたホルターネック。肩から胸元にかけて露出したビスチェ。


 さすがにあれらを着れるほど、スタイルがいいわけじゃないから、高望みはしないけど。

 それでも今、着ているのは丈の長いワンピース。夜だから、ショールを羽織って来たんだけど、エリアスからは寒そうに見えたらしい。上着を肩にかけられた。


「外に比べると室内は暖かいからな。さらにダンスもするんだ。参考にする前提がおかしい」

「ふふふっ。そうね」


 上着から感じるエリアスの体温に、不謹慎だと思いながらも嬉しくなった。


「温かい」

「っ……それなら良かった」

「ねぇ、話が長くなるのなら、ベンチに座らない?」


 エリアスの手を引っ張り、庭園の奥を指差した。

 何だかエリアスの様子がいつもと違う感じがしたのだ。


「いや……話は……その、用はすぐに済む」


 けれどすぐには話してくれなかった。


 言い辛いのなら、言い易い雰囲気にしてあげるのが、年上ってものよね。

 ずっと、頼りっぱなしだったし。エリアスも私の内情は知っているから。


「エリアス」


 私は俯くエリアスの体を抱き締めた。


「催促はしないからゆっくりでいいよ」

「ゆっくりじゃ、ダメなんだ」

「どうして?」

「……結婚する前に言わないと」

「何を?」


 エリアスがこんな風になるほど、重要なことがあったかしら。


「……プロポーズ」

「っ!」


 私は思わず、エリアスの体から離れた。

 そういえば、日程は決まっているけど……さ、されて……ない……。


 気にしてくれていたんだ。


「タイミングとしては、婚約式の前に言うのが筋なんだけど。……ごめん」

「ううん。色々やることがあったんだから仕方がないわ」


 詰め込み過ぎる日程をこなしている最中に、そんな余裕など私もエリアスもなかった。


「違う。言う前に、聞きたいことがあったんだ。でも、答えを聞くのが怖くて……」

「私がエリアスを拒絶するとでも?」

「そういう話じゃないんだ。……その、ゲームをしたって言っていただろう。この世界が舞台の」

「うん」

「状況で俺を選んだのは分かるんだ。だけど、もしゲームをしている時から好きな奴がいるなら……」


 あぁ、そうか。だからエリアスは怖かったんだね。

 私の推しが、自分じゃなかったらって。いつも自信満々のエリアスでも、くつがえせない事柄だ。


「私がその人のところに行ってもいいの?」

「っ!」

「エリアスは手放しで喜んでくれるの?」

「できるわけがないだろう!」


 上着が下に落ちてしまうほどの勢いで抱き締められた。


「なら、そんなことを言わないで。私はエリアスのことが好きなんだから。今も昔も」

「本当に?」

「これでも、エリアスしか見てこなかったつもりなんだけど」

「そうは見えなかった」


 まさかの反論。何故に?


「リュカの要望はすぐ聞くし、ユーグには安易にプレゼントを渡す。ケヴィンのところに行くな、って言ったのに破るし、フィルマンを見る目が嫌だった」

「……ごめんなさい」


 そんな風に見ていたとは思わなかった。

 私の謝罪にエリアスは、溜め息を吐いた。


「こんな格好悪いところを見せるつもりはなかったのに」

「そういうところも、これからはたくさん見てみたいけど、エリアスは嫌?」

「俺はマリアンヌに嫌われなければなんだっていい」


 私もエリアスに対してなら、同意見なんだけど。凄いセリフ。


 そんな風に思っていると、エリアスは私の体を離して距離を取った。


「こんな俺でも、一緒にいてくれるか。生涯を共にしたいと思ってくれるだろうか」

「勿論よ。どんなエリアスだって好きだもの」

「ありがとう」


 ようやく見せてくれた安堵の笑顔に、私も微笑んだ。


 すると今度は、ポケットから箱を取り出して、私に見えるように蓋を開けた。

 婚約指輪と同じ中央にダイヤモンドがはめられたネックレス。マリーゴールドの模様まで同じだった。


「これ、婚約指輪とお揃い?」

「うん。思い出の花だから。少しだけ早いけど、誕生日プレゼント。当日は多分、渡せそうにないと思うんだ」

「ありがとう」


 私が手を伸ばすよりも、エリアスが箱からネックレスを取り出す方が早かった。

 付けてくれるんだ、と悟った私は後ろを向いて髪をたくし上げる。


 間があったのが少しだけ気になったけど、手間取らずに付けてくれたのは、さすがだと思った。


「うん、よく似合っている」


 前を向くと、満足そうに微笑みながら、エリアスは再びネックレスに触れた。


 鎖骨にエリアスの指が当たってドキドキする。

 夜風はまだ肌寒さを感じるほど寒かったけれど、今はそれが心地よかった。

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