第6話 決着

「まいったね」

 操縦席で、俺はつぶやく。西古には心配するなと言ったが、正直なところ限界が近かった。

 もげた腕の付け根から毒素が侵入している。このままでは生き残る自信がない。

 チンアナゴが再びうなり声を上げ、身体を左右に揺さぶる。慌てて組みなおした。それにしてもチンアナゴとは、雄太は親孝行な子だ。蟹とか鮫とか、そういうやばそうなやつでなくて本当によかった。

 麻衣子は、お絵かきが好きだった。お気に入りのキャラクターや動物を、色とりどりのクレヨンで描いた。最初の個体が襲来する前のブームは、描いたものに角やしっぽを付けることだった。タコくんに毒針が付いているのを見たときは、ああ、やっぱりか、と思った。

 いずれにしても、このチンアナゴの片は俺がつけなければならない。

 組み付いたまま、亀裂の入った個所を足で蹴りつける。チンアナゴの声が悲鳴に近くなる。力は緩めない。

 チンアナゴはあらぬ方向へ光線を放った。それは陸地まで届くかと思われたが、途中で霧散した。俺はほんの少し、胸をなでおろす。

 抵抗するということは、このやり方が正しいということだ。チンアナゴの首元に左腕を回し、ひたすら蹴りを見舞う。大きな岩の柱が割れるように、胴体の欠片がボロボロと崩れ始めた。

 ――いける!

 思った瞬間、チンアナゴが全身をしならせ、「タロウ」の胴体は宙に浮いていた。

 チンアナゴの口が光っている。

 「タロウ」は、胸元で光線をまともに食らった。


 気が付くと、腰まで水に浸っていた。状況を確認する。

 どうやら、光線は「タロウ」の胸を打ち抜いたものの、俺のことは逸れたらしい。ただ、損壊が激しく「タロウ」は立位を保てなくなり、海中に倒れこんだようだ。

『竹内さん!』

 無線から声が聞こえる。若松だ。

『竹内さん、応答してください!』

 ひびが入って砂嵐の写っているモニターへ手を伸ばし、無線をオンにする。手が血まみれだったのは見なかったことにしよう。

「うーい」

 いつも通りの声だろうか。震えてはいないだろうか。

 モニターの砂嵐が薄れ、若松の顔がぼんやり見えてきた。その隣に立っているのは、おそらく西古だ。

「何びびってんだよ。こっちは大丈夫だ。ピンピンしてる」

『竹内さん、一度退却しましょう。しばらく無人戦闘機で対応して、また作戦を立て直しです』

 西古が言う。おいおいどうした、柄でもない。そこは「まだいけますよね」だろう。キャラを崩すんじゃない。

「分かった、そうするわ。一度格納庫の位置まで下がる。また後で会おう」

 無線を切る。さて、もうひと仕事だ。


 一本目のロープを引いて排水し、二本目を引いて「タロウ」を強制再起動する。

レバーを渾身の力で引くと、何とか「タロウ」は立ち上がった。そのまま、光線の射程に入らないよう、円を描きながらチンアナゴに接近する。

 無線から西古と若松の声がする。何を言っているのかは分からない。

 改めてチンアナゴに組み付く。胸部の穴から、直接チンアナゴの表皮が見える。

頭がぐらぐらする。相当な毒素を吸い込んでいるはずだ。

最後のロープに手を伸ばす。

「自己犠牲なんて柄じゃないんだけどな」

 ロープを引くと、操縦席の床が抜け、俺はぶら下がる形になった。見下ろすと、青白い炎が燃えている。「タロウ」の動力源だ。名前は忘れたが、なかなかやばいエネルギー体だった気がする。

 炎は、やがてすべてを包み込んだ。



 モニターの向こうで、「タロウ」はチンアナゴと共に爆散した。同時に、操縦室との通信が完全に途絶えた。

 西古は何も言わなかった。その場から離れ、てきぱきと各スタッフに指示を与える。竹内の無事を確認するため、無人戦闘機と無人偵察船を整備課が即座に向かわせた。総務課と広報課も、事態の収拾に慌ただしく動き始める。通信課は、竹内の装着した無線への通信を試み続ける。

 画面上で見る限り、チンアナゴは完全に破壊されたようだった。粉々になり、いかなる生体反応も認められない。若松は、瓦礫だ、と思った。先ほどまで全身をしならせ、光線まで撃った怪物だとは到底思えない。ただの砕けた岩にしか見えなかった。

 「タロウ」も同様に、著しく損壊していた。頭、胸部、腕、足、と部位ごとの形こそ保っていたが、ばらばらに解体されて浮かんでいる。もし修理するとして、どのくらいの費用がかかるのだろうと、どうでもいいことを考える。

 無線に雑音が入る。その中に竹内の声を探すのだが、聞こえてくるのはザアザアという無機質なひび割れだけだった。

 一通り指示を終えたのか、西古が再び近寄ってくる。

「竹内さんは、いつも私の言うことを聞かないんです」

 何と答えればよいのか分からず、若松は黙っていた。重苦しい沈黙が流れる。

 西古がため息をついた。

「これで三度目」

「え?」

 その途端、無線に、大声で通信が入った。

『おーい、早く船持ってきてー』

 モニターに目を向けると、パラシュートでふわりふわりと落下する竹内の姿がある。

『前よりも高く飛びすぎちゃったー』

 のんきなものである。

 引きつった笑いを浮かべながら、若松は西古に問いかける。

「三度目、とは?」

「言葉通り、プリンも、タコも、あの人はこの方法で倒しているから。もちろん、『タロウ』もそのことを見越して、修理可能なレベルで自爆するように設定してある」

 言葉もない。

 こうして、巨大チンアナゴは撃退されたのであった。

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