第4話 対決

「なんですかぁぁぁぁぁこれはぁぁぁ」

 若松の雄たけびが響く。彼は、どちらかというと寡黙で、何か驚くことがあったとしても騒ぎ立てるようなタイプではない。一人で黙々と機械をいじって勉強してきた、いわゆるインテリ系男子である。

 その彼が、興奮やら驚愕やら、とにかく複雑に入り混じった叫びをあげたのには理由がある。

 若松の運転で二人が帰社したのは、会議終了からきっかり三十分後であった。残りの十分で、竹内はいよいよ出陣の準備をするという。司令官の西古も伴い、竹内は会社の地下へと進んだ。道中、格納庫があり、無数の無人戦闘機が置かれていた。今この瞬間にも、時間を稼ぐために3機の戦闘機が飛行しているはずである。若松は目を凝らしてみたが、運転席らしきものはやはり見当たらなかった。構造上、有人での飛行はできないはずだ。

格納庫を過ぎ、業務用と思しき殺風景なエレベーターへと乗り込む。地中の相当奥深くまで下り、さらに迷路のような廊下に出てどこをどう進んだのか、急に開けた場所に出た。

暗い。

果てしない倉庫のような場所である。若松らがいる位置は二階部分に当たるらしく、手すりがあって、吹き抜けになっている倉庫全体を見下ろせるような恰好だった。

「ライトを」

 西古の言葉で、竹内が壁をまさぐる。

 強い光に若松は一瞬目をそむけたが、すぐに眩さも忘れて目の前の光景に見入った。

 竹内がいかめしい声音で言う。

「見ろ、これが巨大生物に対抗する秘密兵器――」


「――巨大ロボット『タロウ』だ」


 輝くオレンジの巨体。肩、胸、腰に、中世を思わせる鋼鉄の鎧をまとっている。太く、四角い手足。肘と膝から突き出ているのは巨大な棘だ。頭部はシャープな曲線で構成され、どことなく鷹を思わせた。金色の瞳が、若松を見つめている。

 その美しさに若松は射抜かれ、自分の血がたぎっていくのを感じた。

「なんですかぁぁぁぁぁこれはぁぁぁ」

 気づけば叫んでいた。その声も、広すぎる空間に吸い込まれていく。眼前の巨大ロボット。それは、機械いじりを生涯にわたって続けてきた男にとって、とてつもない感動をもたらした。

「わが社でこれを操縦できるのは、竹内さんただ一人」

 西古のつぶやきを受け、まんざらでもなさそうに竹内は笑った。

「俺、結構すごいだろう?」


 操縦室は「タロウ」の胸にあるらしい。攻撃が届かぬように奥まった部分にあり、どちらかというと背部に近いとのことだ。

「胸まで、はしごか何かで登るんですか?」

「そんなことしてると日が暮れる。実はな、左足元に出入り口があるんだ。そして、そこからエレベーターが通っている。操縦室まで直通だ」

なるほどと思う一方で、「タロウ」が動いているうちにエレベーターが歪んで使えなくなるのではないか、という不安がよぎった。それを見透かしたように竹内が言う。

「戦闘が終わるころには、エレベーターはほぼほぼ壊れちゃってるけどね」

「え、じゃあどうやって降りるんですか」

「パラシュート一択」

「ええ……」

 これだけすさまじいロボットを造っている技術力がありながら、妙なところがずさんなのである。

「よし、操縦室に入るぞ。若松も来い」

「い、いいんですか?」

 若松は少年のように胸を高鳴らせて、竹内の後を追った。


 操縦室は、飛行機のそれとよく似ていた。窓はないので、外部の様子を映し出すモニターが、前後左右に広がっている。操縦者用のシートがあり、その前にはレバーやペダル、色とりどりのスイッチが雑然と並んでいた。

 天井からは、頑丈そうなロープが3本ほどぶら下がっている。これらも上方のレバーとつながっているようで、必要に応じて引くのだそうだ。

「ロープということは、レバーを一度下げたら戻せないということですね」

「そう、これは引いたら引きっぱなし。つまり、緊急の局面で使うということ」

「引いたら何が起こるんですか?」

「1本は、浸水したときに排水ダクトを開くためのものだ。もう1本はシステムがダウンしたときのための強制再起動レバー。最後の1本は自爆用」

 冗談を言っているのか、本当なのか分からず、若松は頬を引きつらせるしかなかった。

「それにしても、ロープとはかなりアナログですね。頑丈なんでしょうけど、ちぎれそうで不安です」

「以前はチェーンだったんだがね。そのせいで前任者の首がぶっ飛んだ」

 何でもないことのように言うのを聞いて、若松はあんぐりと口を開けた。やはり命を懸けているのだと痛感する。それを知ってか知らずか、シートに腰かけた竹内は笑った。

「よし、見学ツアーは終わりだ。エレベーターで下に戻ってな」


 初めに会議を行ったフロアへ戻ると、物々しい雰囲気に包まれていた。若松が当初感じていた緩さはどこにもなく、いよいよ戦闘開始なのだと感じさせられる。

 フロアの至るところにモニターが設置され、各スタッフがそれらを見ながら慌ただしく行きかっている。モニター内には、何の変哲もない海面が映し出されていた。

 周辺の住民に対する避難勧告の首尾について話しているのが広報課だろう。電話口で「これから戦闘となります。くれぐれも、自衛隊は出動させないよう」としゃべっているのが総務課なのかもしれない。「爆撃やめ、竹内が出動する」と声を上げたのが、おそらく整備課だ。そして、中央の巨大モニターを前に、通信課とおぼしきスタッフがカウントダウンを始めた。

「『タロウ』起動完了。初期動作問題なし。出動します、五、四、三――」

 若松はモニターに目を凝らした。

 しぶきを上げ、海面から黒い箱が飛び出す。しばしそのまま直立したかと思えば、中央に亀裂が入り、左右に割れた。中から現れたのは、「タロウ」である。桃太郎のような出現であった。

 タロウは悠然と歩きだす。動作は緩慢だが、その歩みはひたすらに重く、安定性を感じさせた。

 無人戦闘機による撮影なのだろう。画面はタロウを追うように進んだ。やがて、タロウはチンアナゴと向かい合った。

「いよいよですね」

 いつの間にか、若松の隣に西古が来ていた。

「そうですね。でも、あのチンアナゴ、固いんですよね? どうやって闘うんですか?」

 言っている間に、タロウはチンアナゴの喉元へパンチを食らわせていた。

「毎回、あんな感じですね」

 西古はこともなげに言う。

「怖くないんですかね。僕らはモニター越しに見ているだけですが、特撮やアニメの世界とは違って、やはり命の危険があるわけでしょう」

「竹内さんがどう感じているかは分かりませんが、そうですね。命の危険は、想像以上にあります」

「想像以上?」

「たとえばあのチンアナゴ、毒素を発しています」

 若松は目を見開いた。毒素のことなど、どこのスタッフも報告していなかった。タロウにも換気口があったはずだが、内部にいる竹内は大丈夫なのだろうか。若松の心を見透かしたように、西古は続ける。

「巨大生物は、基本的に毒素を発します。これまでに出現したどの個体もそうでした。もう分かりきったことですので、みんないちいち報告しません。もちろん、あそこまで接近してしまうと、いくらタロウの中にいると言っても、竹内さんも毒素を吸引することになります」

「そんな……」

「強烈な毒素ではありません。ひと呼吸で寿命が十日縮むと思ってください。竹内さんは毎回、自分の寿命を3~4年ずつ削りながら、世界を守っているんです」

 若松の背中を冷たい汗が流れ落ちた。出動前に食事をとり、ビールをあおっていた竹内の姿が脳裏に浮かぶ。あの人は、何を背負っているんだ。

 モニターの中では、タロウがチンアナゴの首を締めあげていた。チンアナゴは巨体を左右にゆすっているが、大きなダメージとはなっていないようだ。

「なぜ、そこまでするんですか」

 西古が口角を上げた。泣きそうな眼をしていた。

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