第5話 理由
私は、困惑した様子の新人に問いかけた。
「最初に出現した個体のことを知っていますか?」
入社試験でも問われる内容であるし、入社直後の宿泊研修でもみっちりと刷り込まれる。彼が知らないわけはない。
怪訝な顔をしながら、若松くんは答えた。
「不定形の、アメーバのような個体だったと聞いています。日本海沖に出現し、わずかな時間ではありますが上陸して、大きな被害をもたらしたと。最終的には爆撃によって異次元に逃げ帰ったと考えられています」
「では、その次の個体は?」
「中世ヨーロッパの騎士のようだったと。写真を見ると、素人がイメージだけで模写したような、似て非なるものでしたが。初にして唯一の人型の個体です。このときには、わが社の無人戦闘機が複数台完成しており、その力で破壊しました」
その通り。私は同様に、若松くんに質問を繰り返した。
次の個体はサボテンに類似していた。表向きは無人戦闘機によって追い返したとされているが、実際は「タロウ」の初仕事。操縦士は、竹内さんとは別人だった。
その次は、プリンのような個体だった。このときから操縦士は竹内さんとなった。プリンは見た目通り脆く、「タロウ」によって破壊された。
タコらしき個体。牙や毒針があり「タロウ」も苦戦を強いられた。途中で裏返り、おぞましい姿となったが、隙をついて「タロウ」が破壊した。
そして、今回のチンアナゴ。この闘いが終わるころには、竹内さんは寿命を十年近く失ったことになる。
「それで、これまで出てきた個体と竹内さんの闘う理由に、何の関係があるんですか?」
新人とはいえ、わが社に採用されるほどの人材。若松くんにも、察しはついているはずだ。
「最初に出現したアメーバは、わずかな時間、近隣の港に上陸しました。公にはされていないけれど、このとき、被害者が出ています」
「知っています。最初の研修で教わりました。行方不明者が全部で十二名いたと。まさか――」
「その十二名には、竹内さんの奥さんと、お子さん二人が含まれています」
若松くんの表情が固まった。驚いたというよりも、嫌な予感が当たって動揺しているようだ。やはり賢い。
家族を失った復讐。命を賭して闘う理由には足りるかもしれない。少なくとも、ここへやってきたばかりの若松くんには、それでよい。
すべてを知るには、まだ早すぎる。
モニターの中では、プロレスが繰り広げられていた。首を揺らして体当たりするチンアナゴと、パンチや締め付けを多用するタロウ。チンアナゴの表皮には、わずかながら亀裂が見て取れた。
各スタッフの動きや計測器に目を走らせながら、私は父と母に思いを馳せる。
私の両親も、アメーバの個体に呑み込まれた。港まで散歩に出ると言う二人に、「仲睦まじいことで」と声をかけたのが最後の会話だった。これは、私にとっても、復讐であるのかもしれない。
――しかし、それだけではない。
モニターにつながるスピーカーから、獰猛なうなり声が聞こえた。
チンアナゴが叫んでいる。その見た目からは想像もつかない、低い、獣の声だ。
チンアナゴの口が大きく開き、喉奥が光り出した。
まずい、と思ったときには、チンアナゴの放った光線が、タロウの右腕を吹き飛ばしていた。
「あの野郎、あんなことできやがったのか」
毒づく整備課に、私は指示を飛ばした。
「無人戦闘機を至急追加してください! 制御できる限界まで」
最悪のケースを想定する。もしも、このままわが社で対処しきれなかったら。
今すぐにでも、避難勧告の拡大と、国への連絡が必要だ。広報課と総務課を早急に動かさねばなるまい。
すぐさま若松くんを振り返る。
「ここで通信課と共に、現状を確認していてください。また大きな動きがあったら無線で連絡を。私は席を外します」
彼がうなずくのを見やり、マイクを手に取った。タロウ内部への通話をオンにする。
「竹内さん、無事ですか」
『うーい』
能天気な声が返ってくる。
『ひとまず光線の来ない位置で様子を見る。心配するな』
言いながら、タロウはチンアナゴの背後に回り、片腕で組み付いた。確かに、口からの光線を食らいようがない。
「無人戦闘機がじきに向かいます」
『うーい』
マイクを置いて、広報課と総務課のもとへ向かう。すでにしかるべき対応をほとんど終えているのを見て、胸をなでおろした。さすがわが社員たちだ。
深呼吸し、戦況を確認する。まずは無人戦闘機の到着を待つしかない。整備課が、全力でメンテナンスに当たっているはずだ。タロウとチンアナゴも、一時的に膠着状態である。
気持ちにゆとりが生まれ、この闘いが終わった後のことを考える。タロウの腕は、復元できるだろうか。破壊された腕がそのまま海中に残っていれば、修理は可能だ。砕けてしまっていたら、もしかしたら、元通りにはいかないかもしれない。
タロウの素材は、二番目に出現した個体から得たものだ。私たちは無人戦闘機によって騎士を破壊した。生体と思しき部位はその際消失してしまったが、鎧のような外殻は残った。それを用いて造られたのがタロウである。
私はそのまま、両親のことを考える。
父は、しがない郵便局員であった。世界史を好み、こつこつと資料を集め、たまに家族を連れて海外へ赴いた。ある日、それまでに集めてきた知見の集大成として論文を書き、ごく限られた領域においてだが、それが評価された。論文の主題は、「中世ヨーロッパにおける甲冑の装飾」。
母は優しく、旦那と娘にこの上ない愛情を注いだ。植物を愛で、庭はいつも花でいっぱいだった。やがて、彼女はある植物に魅せられた。世話をしすぎると枯れてしまうという特性が、根っから世話好きの彼女にとって、非常に興味深いものだったのだ。やがて、母はたくさんのサボテンを育て始めた。
私の思考は、竹内さんのご家族へと移る。彼は多くを語らなかったので、私もよくは知らない。
奥さんは、洋菓子店でパティシエをしていた。プリンがおいしくて有名なお店だった。
アメーバによる襲撃の直前、竹内さんはご家族で水族館を訪れていた。三歳の娘さん、一歳にもなっていない息子さんは、嬉しそうに水槽を見ていたそうだ。
「あれは、その人の記憶なんだろうね」
竹内さんは、以前、こう言った。いつのことだったか、私はもう覚えていない。
「行方不明になった人たちが、その人の思い入れのある何かに変異してしまっているのかもしれない。アメーバが、その人たちの記憶を読み取って、姿を変えているのかもしれない」
どちらにしても、と彼はつぶやいた。
「俺の役目は、その人たちを殺すのと同じだな」
いずれは若松くんにも伝えなければならないだろう。竹内さんの寿命は確実に削られている。行方不明者は十二人だ。後進を育てなくてはならない。
若松くん、と声に出さずつぶやく。
これが私たちの闘う理由です。復讐心だけではありません。
自分の家族に、自分で引導を渡すことを選んだのです。
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