破滅系操縦士

葉島航

プロローグ

 煙草に火をつけ、口を煙で満たす。先端が赤く光り、じりじりと音を発する。

 煙草を口から離すと同時に、肺へ一気に吸い込む。のどと胸で、息の詰まるような異物感を感じる。

 鼻と口から煙を吐き出す。目の前を、不定形の煙が舞い、昇っていく。

 煙草を持っていない左手で、グラスをつかむ。氷がカラカラと音を立てるが、昔と違って風情も何も感じない。

 名も知らないウイスキーを流し込むと、喉の焼ける快感がやってくる。そこへ追い打ちをかけるように、煙草をもう一口吸う。

 アルコールとニコチンで、視界が踊った。耳の奥がじんじんと脈打つ。歯を食いしばると、顎でも自分の脈拍が感じられて面白い。

「何ニタニタしてんだよ、気持ち悪い」

 そう言ってきたのは、この居酒屋の女将だ。しわだらけの顔をさらにゆがめ、丸眼鏡の奥から軽蔑のまなざしを向けている。白髪を団子に束ね、着物を着た立ち姿からは、どこかの旅館の重鎮でも務めていそうな貫禄が出ている。そして口が相当悪い。俺はこの店にしょっちゅう足を運んでいる、いわば常連客なのだが、感謝されるどころか悪態の嵐である。正直に言えば絞め落としたくなることもしばしばだ。

 とはいえ、こんなお年寄り相手にむきになるのも大人げなかろう。カウンターに椅子がいくつか並んだだけの店内に、客は俺しかいない。そもそも、これまで俺以外の客を見たためしがない。閑古鳥が鳴いている状況では、他人に当たりたくもなる。だから、俺は落ち着いて、その場を収めようとする。

「もとからこんな顔じゃい。これもう一杯」

「飲んだくれのクズに出す酒はもうないね」

「なんだとこの腐れババア」

 落ち着いて場を収めようと思っていたが事情が変わった。この俺に酒を差し出さないとは万死に値する。

「ガキが吠えてんじゃないよ。もう店じまいの時間だろうが、このクソたわけ」

 時計を見ると、深夜2時を過ぎている。確かに、店じまいの時間だ。なるほど事情は分かったが、すでに賽は投げられた。引き下がることはできない。

「クズにガキにクソたわけたぁ何事だ。それが客に対する物言いか」

「そっちも腐れババアたぁ何事だ。ガキにガキって言って何が悪いんだい」

「俺はもう四十じゃボケ」

「精神年齢の話をしてんだよガキ」

 さらに言い返そうとしていると、カウンター越しに喉元をつかまれた。振りほどこうとしたが、見た目からは想像できない力で締め上げられる。

「絞め落としてやろうか、ああん?」

 ドスのきいた声が聞こえる。これは本当にやばい、と焦る。女将の腕を叩いてギブアップを伝えるが、一向に離してくれる気配がない。謝ろうにも、口からは少しの息すら漏れてこないのだ。

 意識が朦朧としてきたところで、女将がささやいた。

「あんたが今からしなきゃいけないのは、まだそこに残ってるサラダを平らげて、大人しく代金払って、しっぽ巻いて帰ることだよ、分かったかガキ」

 どこか遠くでその声を聞きながら、俺は何度もうなずいた。

 解放された後、食べたサラダのセロリは、ほろ苦い味がした。

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