第2話 会議

「初動部隊から報告いたします。本日午前三時五十二分、日本海のエリア五十七に未確認巨大生物を巡回課の第四番隊が発見。連絡を受けた整備課が無人偵察船を駆動しました。午前四時頃、第四番隊から該当生物の画像を受信。同時に目視による情報を得ました。以下、読み上げます。『高さ目測百メートル超、太さ十メートル。体表は白く、黒い斑点あり。チンアナゴに酷似』以上です。無人偵察船により体表からの細胞採取を試みますが、固くて削り取ることができませんでした。そのため生態は不明。ただし、出現経路は判明いたしました。海底火山内のマグマです。マグマの流れに沿って、強力な磁場を観測しました。マグマが異次元への扉となった模様です」

 まくしたてる男のつばを浴びながら、新入社員の若松は憮然としていた。会議そのものの重要性は認めるが、この空間にはなんとも悠長な雰囲気が漂っている。誰か司令塔を立てて情報を集約し、伝達すればよかろう。そうすれば、それ以外のスタッフは、準備に時間を割くことができる。

 巨大生物が、今にも日本を襲おうとしているのだ。その危機感が、あまりにも薄い。

 特に、少し遅れて入ってきた髭面の男、長い髪はぼさぼさで先ほどから絶え間なくあくびを繰り返している。日本を守っている自覚がないのか。

 その髭面といっしょに入ってきた女性は、さらさらの黒髪を時折かき上げながら、口元に微笑を浮かべて話を聞いている。清楚かつ艶やか、若松にとってまさに理想の女性だった。その彼女が、髭面と行動を共にしていることも、若松のいらだちに一層拍車をかけた。

「我々は無人戦闘機を何機用意すればよいだろう? 先回のタコ撃退時は全部で7機駆動したが、今回は最初から竹内が動くと聞いている」

 整備課長と思しき老人が尋ねる。竹内というのは、凄腕のパイロットか何かなのだろうか。改めて、若松は背筋を伸ばし、気を引き締める。

「3機もあればよいでしょう」

 答えたのは、あの見目麗しい女性だ。魅力的な見た目にたがわず、透き通るような声をしている。この局面で口を開くということは、相当な実力者ということだ。見る限りでは、年も若松と大して変わらないようだが。

「すぐに戦闘へ持ち込んだ方がいいか? 竹内の方で何かしらの準備があるのであれば、それが整うまで時間を稼ぐこともできる」

 竹内というのが主力となって戦うようだ。それにしても、『何かしらの準備』というのは不思議な言い方をするものだ。各課で役割分担しているとはいえ、準備内容などは共有されているはずだ。

「時間稼ぎに尽力していただければよいかと。竹内さん、時間はどの程度必要ですか?」

 女性が竹内さん、と呼びかけたので、若松は視線を走らせた。いかめしい顔つきで立っている、屈強な男が竹内なのだろうか。すさまじいスピードで手帳に何かを書き込んでいる理知的な女が竹内なのだろうか。

 若松の期待は、あくびと同時に発せられた、「四十分」という間抜けな声で打ち砕かれた。あろうことか、竹内さんと呼ばれて口を開いたのは、気だるい雰囲気を隠そうともしなかったあの髭面の男だったのだ。

「四十分ね。西古さんの言う通り、3機で十分だな」

 整備課長は納得したようだったが、若松は1ミリも納得できていない。誰もこの状況を異様に感じていない風なのが、癇に障った。

 まもなく、会議はお開きとなった。各課の人員が集まり、一斉に動き始める。何も言えずに立ちすくんでいると、西古と呼ばれた美女が近くまでやってきた。

 とてもいい香りがした。

「若松さんですね。司令官の西古です。これからお世話になります」

 軽く会釈をし、黒髪がふっとなびく。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 自分の顔が赤くなっていないかと心配になった。そもそも、西古さんはこの若さで司令官だというのだ。頭のつくりが自分とは違うに違いない。

「本日は、基本的に記録係をお願いします。対象に何らかの動きがあった場合、その時刻と状況を極力客観的な形でメモしてください。動画撮影による記録も別で行いますが、まれに磁場の影響で映像が乱れますので」

 そういって、メモ用紙を手渡してくる。なるべく威勢のいい返事を返し、それを受け取った。「時刻」「状況」と書かれた枠がシンプルに書かれている、小学校の授業で使う課題みたいなプリントだ。

「それと、竹内さんのサポートもお願いします」

 聞いた瞬間、自分の表情が凍りついたのが分かった。よりによって、あの男のサポートとは。

「よろしくな」

 いつの間にか、西古さんの隣に、竹内が立っている。ポケットに手を入れ、相変わらずへらへらとした態度だ。

「とりあえず、四十分の間に準備を済ませなきゃならん。ついて来い」

 これも仕事、と割り切ることにした。こう見えて竹内も、いざというときに力を発揮する天才肌なのかもしれない。

「わかりました。どこに向かうのでしょうか」

「飯食いに行くんだよ」

 猛烈な不安が、若松の脳裏をよぎった。


 水色の軽自動車に乗り込み、竹内がハンドルを握った。最初、若松は自分が運転をすると主張したのだが、「助手席で道順を覚えておけ」と突っぱねられた。

 想像通り、荒い運転で車が走り出す。

 竹内は饒舌だった。これから向かうファミリーレストランについて、のべつまくなしに語る。

「ほうれん草がうまいんだよ。だから、ハンバーグとか、ステーキとか、そういうメインとは別に必ずほうれん草のソテーを頼むんだよ」

 そのあと、急に黙り込んだと思ったら、「いや、別に必ずじゃないんだ…」「うまいのはほうれん草なのか味付けのバターなのか…」と独り言をつぶやき始める。若松は身を震わせるしかなかった。

 やはり、緊張感がない。たとえこの人が主力として戦えるだけの能力をもっていたとしても、これではだめなのではないか。この国は終わりなのではないか。

 若松は、別に根っからの正義漢でも熱血漢でもないが、これだけは言わねばならぬと覚悟を決めた。

「あ、あの」

「何?」

「食事は必要なのでしょうか? 緊急事態ですので」

 竹内は露骨に顔をしかめた。

「緊急事態だからこそ食うんだよ。腹が減ってはドレミファソラシド」

 話が通じる気がしない。

 竹内が大きく舌打ちをし、若松の心臓は縮み上がった。やはり、生意気な発言だっただろうか。竹内はこれだけ常軌を逸した人間なのだ。怒りを買えば、何をされるか分かったものではない。

 しかし、舌打ちの原因は違うところにあるようだった。竹内はせわしなくバックミラーを覗き込む。若松もサイドミラー越しに後方を確認して、何が起きているのかを知った。

 あおり運転である。

 軽自動車、特に若者が選びそうな明るい色のものでは、あおられることが珍しくない。今回も例にもれず、黒塗りのベンツが距離をギリギリまで詰めて走行している。時折、右に左に車体を振るのがいやらしい。運転席に、サングラスをかけたガラの悪い男が座っている。

「あおり運転ですね。最近多いですが、気にしないのが一番です」

「わかまつぅ」

「は、はい!」

 唐突に名前を呼ばれ、若松は慌てた。気にしない様子で、竹内は続ける。

「この車さ、社用車なんだけど。それは知ってた?」

「はい、存じています」

「うちの会社さ、ああいう、普通じゃないものと戦う仕事を請け負ってるでしょ? だからね、基本的に会社のものって頑丈なんだわ」

 話が見えず、若松は相槌をうつしかない。

「この車もね、一見普通の車に見えて、実はね、特殊合金製。想像もできないくらい頑丈なのよねぇ」

 竹内はハンドルを握り直し、つぶやいた。


「特殊合金急ブレーキ」


 それはまさしく、必殺技名だった。若松がその発言の意味を理解するより先に、竹内は強くブレーキを踏みこむ。車体が沈み込み、身体が前につんのめるが、シートベルトが頼もしく受け止めてくれた。

 ベンツはそのままの速度で、軽自動車に突っ込む。しかし、若松はその衝撃を一切感じなかった。追突されても、彼らの乗る軽自動車はびくともしなかったのだ。

 軽自動車には傷一つ残らず、ベンツはフロント部分が大破していた。何も起こらなかったかのように、竹内は「おなかすいた」とつぶやき、再度車を発進させる。

 後には、つぶれたベンツだけが残された。ゆがんだドアを開け、ガラの悪い男が降り立つ。けがはないようだが、サングラスはどこかへ吹き飛んだらしい。情けない表情を浮かべ、見る影もない自分の財産を呆然と眺めていた。

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