エピローグ

「また死に損なったのか。また晴れて、飲んだくれのクズに逆戻りだ」

 女将の言葉に、若松は身を震わせる。隣では竹内がすでにべろべろに酔っぱらっている。すさまじい勢いでビールやら日本酒やら焼酎やらを呑みまくり、目の前の灰皿は吸い殻でてんこ盛りだ。もはや、周囲の言葉が聞こえているかどうかすら疑わしい。

「あ、これおいしい。もう一皿ください。竹内さんのつけで」

竹内の向こうでは、西古がさらりと言ってのける。若松が確認しただけでも、もうとうに十食以上のつけが西古によって発生している。

「酒をおくれよクソババア」

 呂律の回らない口調で竹内が怒鳴る。

 その瞬間、目にもとまらぬ速さで女将が竹内の脳天を殴りつけ、彼はそのまま伸びてしまった。

「しばらくそのまま放っときな。いい酔い覚ましだ」

「は、はぁい」

若松は冷や汗を流しながら、出された日本酒をちびりと口に含む。

「それにしても、あんたも災難だね。こんなやつらと組まされるなんてね」

「い、いやあ……」

 何と答えていいものか迷う。確かにとんでもない連中だが、少なくとも身体を張って世界を守った張本人たちだ。

「しかも竹内のバカはまた『タロウ』を木っ端みじんにしたんだろう? 許せないね、まったく」

 女将は白いお団子頭をゆさゆさと揺する。

「あれ、『タロウ』のことをご存じなんですか?」

「ん、なんだ、あんた何も聞いてないのかい? ちょっと西古、説明なしでここに連れてくるたぁどういう了見だい」

 西古は首をかしげて見せる。

「何の説明ですか?」

「だめだ、こいつも頭のねじがどっかいっちまってるんだった。いいかい若林、よく聞きな」

 若松ですぅ、と小声で訂正するも、それが聞こえた様子はない。

「『タロウ』の開発者は何を隠そう私。それから、前の操縦者も私」

「はい?」

 頭が追い付かない。若松は目の前の老女をまじまじと見る。

「でも、前任者は首が飛んだって」

「そうそう、確かにクビになったよ。何さ、チェーンの装飾にちょっとこだわっただけじゃない。なのに、予算を超過しすぎだって責任とってクビ! あほらしい」

 唖然とする若松。

「日本語って難しいねぇ」とつぶやく西古。

「あんた、もしかして私が死んだと思ってた?」

 女将がじろりとにらみつけてくる。

「あ、いや、その」

 しどろもどろになったのを、肯定の返事だと受け取ったらしい。女将はすさまじい力で若松の喉元を締め付けた。

「お前も一回絞め落としてやろうか」

 薄れゆく意識の中で、若松が最後に聞いたのは、西古の「これもう一皿ください」という言葉だった。

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破滅系操縦士 葉島航 @hajima

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