第5話 大賢者vs大催眠術師(中編)
「すまない環奈。先に謝るから怒らないで聞いてほしい。……実は俺、五円玉を見ちゃいないんだよ」
俺は環奈に
「……は?! 嘘でしょ?!」
「本当だよ……。少し前から俺の中で妙な異変が起き始めてな。このまま五円玉を見つめ続けたら、穴の中に吸い込まれてしまいそうな……なんかおかしな感覚に陥っているんだよ……」
しかしそれは、嘘にほんの少しだけ混ぜる
大切なのは明日も明後日も環奈が笑顔で居られること。
そのためなら俺は、悪魔にだって魂を売る。
すべてはオペレショーン『パンイッチ』成功のために──。
「はっ!! ははーん。やっぱりそうだったんだ。なんとなくそうじゃないかなって思ってたんだよねっ!」
さすが環奈。お前なら乗ってくると思ったよ。
けれどもここからが肝心だ。
オペレショーン『パンイッチ』第二段階へ移行!
「だからさ、もう辞めにしないか?」
「え?! それはだめ! 繰り返し行うことで脳内の深層心理を少しずつ錯覚させた結果が現れているんだから! 一年だよ?! 今さらやめるなんてできないよ!!」
よし。いいぞ。
「でもな……。怖いんだよ……。自分が自分でなくなってしまうような恐ろしさがあるんだ……!」
「大丈夫だよぉ! そんなにビビることないない! 渡はわたしに身を委ねるだけでいいの! 大催眠術師カンナがついているんだから安心しなさい!」
よしよし。概ね予想通り。
このまま催眠術をせずに終わらせるわけにはいかないからな。これで環奈はお姉さん気質なところがある。俺が本気で嫌がれば、無理をしてまで催眠術を行おうとは思わない。
一度も成功せずに幕引きとなっては、こんなに悲しいことはない。
けれども下準備なしにいきなり催眠術を成功させようものなら、スッポンポンは不可避。
環奈は一年に及ぶ催眠術漬けの日々で、求める結果が肥大化している。そのために倫理観がバグっているんだ。
成功して冷静さを取り戻したとき、きっと後悔するに違いない。
──わたし、催眠術を使って男子をスッポンポンにさせちゃった。
変態娘の出来上がりだ。その重圧に耐えられなくなり、環奈は笑顔を閉ざす。
そして、事はそれだけに留まらない。
環奈は知らないだろうが、もう俺のゾウさんは子供の頃にお風呂で見られた小さくて可愛いゾウさんではないんだ。
サバンナからジャングルへのお引越しを果たしている。
こんなものを見ちまった日には笑顔は確実に消え去る。
環奈にとって、俺との時間は子供のままで止まっているからな。俺の下半身にジャングルが展開されていると知れば、きっともう今までどおりの幼馴染ではいられなくなる。
だからスッポンポンだけはダメだ。環奈の笑顔を守るために──。俺はこれを回避する!
オペレショーン『パンイッチ』第三段階へ移行!
「そこまで言うなら……信じるよ。他でもない環奈だしな。……但し、条件がある。スッポンポンだけは勘弁してくれ……。脱いでもパンイチまでだ」
「あー……」
環奈は返事を渋った。
こればかりは仕方がない。
一年だ。今さらパンイチでは終われないよな。
でもな、それこそがオペレショーン『パンイッチ』の要!
だからここは、推して参る!
「パンイチじゃダメってんなら、この話は終わりだ。俺は怖い。催眠術が怖いんだよ……。毎晩うなされるんだ……。あなたはだんだんねむくなーるーって……木霊するんだよ……」
「うー……。渡はとんでもないチキン野郎だぁ……。自分から催眠術を勧めてきたくせに、いざ掛かりそうになったら怖いんだーって言っちゃうんだから。もぉ困った子だなぁー」
よしっ。この感じはイケるぞ。
あとは気まずそうに下を向いて、催眠術にガクブルな様子を見せるだけでいい。もう言葉は必要ない。ここで下手に喋れば環奈に取り入られる隙を与えるだけだからな。
………………………………。
…………………。
「あー……。……うん。いいよ! 渡とわたしの仲だもんね! もうそれでいい。しょーがないからパンイチで我慢してあげる!!」
ミッションコンプリート。
オペレショーン『パンイッチ』の成功はここに出来上がった。
これで安全かつ自然に『掛かったフリ』を実行できる。環奈を偽りの催眠術成功へと導ける!
……わかっている。こんなやり方は間違っている。
ごめんな。環奈。嘘ばっかりついちまって……。
でもこれでいいんだ。これが今の俺の、精一杯。
環奈の笑顔を守るためならば、俺は手段を選ばない。たとえ悪魔に魂を売ろうとも、この身を捧げようとも──。お前の笑顔だけは絶対に守り通してみせる。
好きだよ、環奈。大好きだ──。
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