第2話 S級美少女とBグループのモブ


 俺と環奈の出会いは物心がついてすぐだった。

 家が隣同士で親同士も仲良しともなれば、幼少期を一緒に過ごすのは自然な流れ。


 小さな箱庭の世界で二人仲良く絵本を読んだり積み木で遊んだり。兄妹のようにして過ごした。


 俺がお兄ちゃんで、環奈が妹かな?


 おそらく環奈は逆に思っていそうだから……。俺たちの関係は互いに『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と思っているような、少し歪な関係だったりもする。


 んで、一度築かれた関係は幼稚園に入学しても変わらない。


 それは小学校に上がっても、中学校に上がっても変わらずに──。高校二年生になった今も変わらない。


 幼馴染といえば聞こえはいいが、言い換えれば単なるご近所さん。普通なら歳を重ねる毎に疎遠になっていくものだが、俺たちの場合は違った。


 親同士が単なるママ友ではなくズッ友ってやつだからだ。


 夏になれば家族合同でのBBQ。泊りがけでの海、山、川へのお出かけは毎年の恒例行事にもなっている。


 意見の食い違いから喧嘩をしては「「ゼッコーだ!」」と言い合おうとも、恒例行事の日を迎えれば自然と関係はリセットされる。


 けれども俺と環奈を取り巻く環境は小学生の時点で既に大きく変わっていた。


 容姿端麗の環奈。かたや量産型フツメンの俺。

 持って生まれて来たものが違う以上、箱庭の外では別々のレールを歩むのは仕方のないことだった。


 学校や人目のつく場所で俺が環奈に偉そうな態度を取ろうものなら、それをよしと思わない連中はごまんといる。


 それとはべつに、環奈とお近づきになりたいが為に俺に声を掛けてくるゲスな輩も後を絶たなかった。


 初めてできた男友達は、環奈目当てのクソッタレなやつだった。

 その次にできた友達も、またまたその次にできた友達も……。


 うん。こいつら全員トモダチじゃないよな。


 おかしいと思ったんだよ。先発一軍系のイケてるメンズが俺とズッ友で大親友とか言い出すんだから、ちゃんちゃらおかしな話だ。


 幾度となく騙されて、俺は自分の立ち位置を悟った。


 良くも悪くもフツメン。(自称)

 Bグループのモブ。(場合によっては三軍ベンチ)


 それが絵知屋えちや わたるであり、生まれながらにしてS級美少女の隣を飾るには相応しくない男。


 だから何度も距離を置こうとしたのだが、例のごとく関係はリセットされ今でも一緒にいるってわけだ。


 言うなれば腐れ縁ってやつだな。


 そんな彼女が催眠術に興味持ち始めたのは高校に入学して少し経ってからのことだった。


 環奈はここいらではちょいと有名な進学校(女子高)へと進み、俺は家からチャリで一○分の平凡な高校(共学)へと進んだ。


 通う学校が違えば会う機会も減り、疎遠の二文字が見え隠れするようになった。


 けれども催眠術が俺らを今まで以上に引き合わせてしまったんだ。


 きっかけは些細なことだった。

 学校帰りに立ち寄った書店でラノベの新刊を手にしたところで環奈とバッタリ遭遇。


 すると環奈は俺が手にする本に興味を示した。


『無能は地に伏せろと床ペロを虐げられてきた俺だけど、ハズレスキル『催眠術』が魔王軍直下、四天王にバツグンの効果を発揮した。気づけば俺が四天王を従えて、魔王とはズッ友の仲へ。……え? 世界平和? 安寧? 申し訳ないが、俺は魔王城でスローライフを送っていくことにしたから、人類救済は御断りさせていただきます。もう床ペロはこりごりなんでね』


 しかし、タイトル見て嘲笑った。


「うわぁっ。催眠術とか。しかもなにこれ……ぷっ」

「ちょっ! おま! なにいってんだよ! 催眠術ってのはすげーんだぞ! 夢と希望がいっぱい詰まってるんだからな!」


「もぉ。現実に帰っておいで?」


 やれやれ系の表情で愛読品を馬鹿にされたせいか、気づいたら俺は熱弁していた。


「ったく。お前はなにもわかってねーな! 催眠術ってのはな、ファンタジー世界の話だけじゃなくてリアルにもあるんだよ。催眠療法だったり、軍隊の指揮を高める目的だったりな? 世の中には催眠術で周りの人間を意のままに操り好き放題している人間だっているくらいだ。脱がすも惚れさせるも自由自在! 催眠術さえマスターすれば誰でもご主人様になれちまうってのが催眠術界隈での常識よ! わんわんにゃんにゃんってな、道行く人間がみんなペットに見えちまうくらいだ!」


 言ってすぐに、床ぺろスローライフの話ではなく同人誌(えちえちな漫画)界限定の話がふんだんに織り交ぜられていることに気がつくも、時既に遅し──。


「ほほーう。なるほど。なるほど……。ご主人様かぁ〜。いいじゃん!」


 熱弁の甲斐あってか、俺は見事に環奈を諭してしまっていた。


 その結果、あろうことか環奈は『今日から君も催眠術師!』なるフザけたタイトルの本を手に取りレジへと向かった。


「ちょっと待った~!」と、止めようとするも先ほどの熱弁は同人誌の話を含んでいる。

 表向きはラノベ好きな男子高校生をやってはいるが、裏では同人誌が大好きなムッツリ野郎。それが俺、絵知屋えちや わたるという人間の本質だ。


 ここで環奈を止めれば「なんで?」「さっきの話は嘘だったの?」と不審に思われ、秘密に気づき本質を見抜くのは必然。


 腐れ縁だからな。らしくないボロを出せば免れない事態。


 そしてその情報は音速で母ちゃんと妹の耳にも入るから、ちょっと気まずい毎日を送るハメになる。


【悲報】片付け忘れたエ◯本が本棚に綺麗に並べられているんだが?!


 こんな状況と大差はない、若しくはそれ以上の悲劇。


 とはいえのエ◯本なら受け入れている。

 この先にナニが待ち構えているのかを考えれば、当然の選択。


 けれども俺の場合は二次元。絵なんだよ。

 それも催眠術とか催眠術とか催眠術とか……。あぁ、そうだよ。催眠術系しか持ってないんだよ!


 親に性癖がバレてしまう以上に、家庭内における辱めは存在しない……。


 だから止められなかった。リスクマネジメントの観点から、環奈を止めることができなかったんだ。


 ………………………………。


 でもな。こればかりは仕方がないんだよ。

 俺はなるべくして、生粋の二次元好きになってしまったんだからな。

 

 環奈みたいな絶世の美少女が幼い頃から近くをうろちょろしてみろ。価値観が歪んじまうよ。異性に対してナニを思うのにも、環奈が基準なんだよ。


 おかげで他の女子はだいたいみんなモノクロに見えちまう始末だ……。


 だったら環奈以外の絶世の美少女と付き合えばいいって?


 バカヤロウ。俺は量産型フツメンだぞ?


 しかも筋トレをがんばって、お洒落にも気を使い。朝シャンにスキンケアだって欠かさずに、清潔感を常に忘れない……。そんな女子顔負けの並々ならぬ努力の末に辿り着いたステージがBグループのモブなんだよ!


 本来であれば三軍ベンチであるはずの俺が、Bグループのモブとして日常を送れている時点で大勝利だ。

 持たざる者の下克上は立派に成し遂げている。神に抗い、世界の理をひとつ覆したとも言えるからな。


 この上、三次元になにを望む?


 ないだろ。無理だろ。もう十分過ぎるだろ。


 だからいいだろ? 同人誌くらい一人静かに楽しませてくれよ。俺にはこれしかねえんだよ。これしか‼︎


 ってことで、悪いな。俺はお前を止めない!





 そうして環奈は『今日から君も催眠術師!』の会計を済ませ、催眠術の世界へとのめり込むことになる。


 このときもし、母ちゃんに性癖がバレる道を選んでいたのなら──。


 泣きじゃくる夜も、目を腫らして迎える朝も──。なかったはずなんだ。


 約束されたサヨナラのもとで彼女たちと出会い、恋に落ちることも──。なかったはずなんだよ……。


 俺は間違えたんだ。

 物事の大小を後先まで考えて、はかることができなかった。


 自分がどれだけ差詰環奈に依存しているのかをわかっていなかったんだ……。



 今となっては叶わない。過ぎ去りし日の選択──。

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