第3話 俺がBグループのモブで居続ける理由(ワケ)


 翌日。同じクラスの一軍女子の掃除当番を笑顔で買って出た俺は、ちょいと遅めの帰宅を果たした。


 これもBグループのモブとして健在するためには必要なこと。


 とはいえ環奈とは別々の高校に進学したわけだし、無理してBグループに在籍する必要もないんだけどな。


 でも昨日みたいに不意に外で会うこともある。


 ネットで誰とでも気軽に繋がれる時代。同年代のコミュニティは計り知れない。

 万が一にも、環奈が友達を連れていて「誰このひとー?」なんてなったときには、三軍ベンチでは合わす顔がないからな……。


 だから変わらずにBグループのモブで在り続ける。


 環奈の隣を歩くのに相応しくないとしても、子供の頃からずっと続けてきたことだから。


 …………………………。


 ってことでとりあえず! ひとっ風呂浴びるかあ!


 なんて思いながら玄関で靴を脱ぎ終わると、我が家では見慣れない女物のローファーが一足……。


「は?」


 まさかと思い、大急ぎで自分の部屋に向かうと──。


 ……居た。


 あまつさえベッドに横たわっていた。それも学校帰りを匂わす制服姿で、安眠なるスヤァを司るお布団で悠々自適にくつろいでいた。


「あー! やぁあっと帰って来た! もぉ遅いよ〜! どーこほっつき歩いていたのかなぁ〜?」


 な、なんてことだ……。


「お、おまっ! か、勝手に入って来るなって何度も言ってるだろ! それに俺のベッドで寝るなとも!」

「んん? なんでよ? おばさんには挨拶したし、べつにいいじゃん。ていうか渡だって勝手にわたしの部屋に入ってベッドでごろごろするじゃん?」


 勘弁してくれ。いつの話をしているんだよ……。確かに子供の頃はそんな日もあったよ。けどもう俺たちは高校生になったんだぞ?!


 お年頃ってやつじゃないのかよ?!


 ……とはいえそんなことを言えば、意識していると思われ話がややこしくなるのは目に見えている。ほぼ確実にからかわれてしまう。


 でもな……。お前にベッドでごろにゃんされると本当に困るんだよ。安眠が約束されたシーツに布団、さらには枕にまでお前の匂いが染み付いちまうからな……。


 男を魅了する。……違う。男をだめにする、如何わしさ満点の匂いがな!


 しかも学校帰りにその足で来ているともなれば、極まっちまってるだろ!


 こんな状態のベッドで眠りに就こうものなら、目を閉じた瞬間に──。頭の中が環奈で埋め尽くされちまう。すぐ隣にお前が居るような錯覚にまで陥り、幸せいっぱい夢いっぱいな状態でスヤァの旅へと御招待だ!


 そんで夢に出てきて、都合の良すぎるウレピー展開が勃発して……最悪な朝を迎えちまうんだよ。


 男の子あるある。堂々ワースト1位を飾る最悪の朝がな……。


 本当に勘弁してくれよ……。今から洗濯機をまわしても乾くわけがないし、今日は床で寝るしかなくなったじゃないか……。


 環奈には少し、男の子の気苦労ってやつをわからせる必要があるのかもしれない。


 しかし今は──。

 それどころではない、取り急ぎの事態が目の前に迫っていた。


「用がないなら帰ってくれ……。今日は風呂入ってのんびりしたい気分なんだよ……」

「そういうことねぇ! だったら環奈ちゃんにまっかせっなさーい! いえーい!」

 

 ……うん。もうすべてを察してしまった。

 

 環奈の手には一冊の本が握られている。


 『今日から君も催眠術師!』


 なんの目的があって俺の部屋に居るのかは火を見るよりも明らかだった。


 昨日の今日でさっそくってわけか……。

 それで俺が疲れていると知って、催眠術でヒーリング効果を施してくれるってところだろうか……。


 俺がそそのかした手前、施術を受けないわけにはいかないけど……。


 正直、今日は気乗りがしない。

 本来であれば三人で掃除する教室をひとりで掃除してきたからな。

 一軍女子の代打を買って出た以上、適当な仕事はできないからチョットイイ感じに青春の汗を掻いてきちまったんだよ。


 だから、まあ。冗談抜きで本当に、疲れてるんだよな。


 催眠術ってのは弱っているときが掛かりやすいって『床ペロスローライフ』にも書いてあったし。


 このタイミングはよろしくない。


 万が一にも掛かるとは思えないが、可能性はゼロじゃない。


 これで環奈は頭がいい。ここいらではちょいと有名な女子高に通っているくらいだ。勉強にこと関していえば、侮ってはいけない。


 でも昨日の今日。一朝一夕で身につくものではない。


「わたしね、催眠術師になっちゃったの!」


 うん。言い切ったね。気分はもう催眠術師様かよ……。

 そういえば環奈が手にしている本は『今日から君も催眠術師!』だった。超即効性のあるタイトルじゃん。


 これはひょっとしたら、ひょっとするのか?


 いや。そんなに甘くはない。


 如何に環奈が勉強のできる優秀なヒューマンだとしても、せいぜい上位1%に食い込めるかどうかだ。それだけの人間が催眠術を一日で使いこなせたら、この世はとっくに治外法権と化している。


 現に催眠術防止法もなければ、銃や兵器のように危険指定されているわけでもない。


 ぶっちゃけ催眠術なんてファンタジーだよ。


 けれどもそうとも言い切れない。だからこそ、そそられる。そこに夢や希望を抱ける。

 根元にあるのは現代(日常)知識だけで無双できてしまう異世界転生と同じなんだ。


 そうはならんだろと思われながらも、リアリティに溢れている!


 ベッドの下に眠る大量の同人誌が答えだ。環奈が腰掛ける俺のベッドの下に答えはあるんだよ! 


 つまり、そうはならん!(確信)


「ならいっちょ、お願いしようかな?」

「ふふんっ。まっかせっなさーい! この、大先生カンナ催眠術師が素敵な催眠の旅へといざなって差し上げましょう!」


 なんだか様子がおかしいな。自分を大先生呼ばわりしているぞ……。大丈夫なのか、これ……。俺もあとで『今日から君も催眠術師!』を一読したほうがいいかもしれないな。



 かくして俺は、この日を境にバーゲンセールのとりことなる。


 彼女たちと──。運命の出会いを果たすことにも、なる。

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