第4話 博士に成りて、賢者へと辿り着く(後編)


 それから十ヶ月。

 季節は巡り、高校二年生になった俺は相も変わらずにバーゲンセールに通い続けた。


 ぽっかりと空いた心の穴はすっかりと埋まり、三代目との愛は連日ストップ高を更新する勢いだった。


 けれども──。そんな幸せな日々が今、終わりを迎えようとしていた。


「熱い……脇汗が止まらない……はぁはぁ……脱いだ服で拭いてもびちゃびちゃはきっと……止まらなぁい……はぁ……はぁ……はぁ……」


 ここで脱げば、もう二度とバーゲンセールは開催されない。環奈が男の子あるあるに気づいてしまえば、距離を置かれて……疎遠。


 いやだ。それだけは絶対にいやなんだ。


 「もうっ。男の子でしょ? 駄々こねないの」

 「こんなのって、ないよ……」

 「必然なのよ。遅いか早いかだけの違いでしかないの」


 三代目パステルブルー。君はこれからも環奈のGカップを守るガーディアンとして装着され続ける。それなのに俺たちは、ここでお別れなのか?


 「いやだ。俺は最後の瞬間までキミと居たい。キミが役目を終えるそのときまで、ずっと側に居たいんだ。だって約束したろ? ずっと側に居るって……約束したじゃないか!?」


 想いが溢れて止まらない。


 「あのときの言葉は嘘だったのかよ?!」


 言葉が溢れて止まらない。


 「いやだ。俺はこんなの認めない!」


 好きが溢れて──。止まらないんだ。


 だから俺はまた、繰り返してしまう。避けようのない今生の別れが迫っているのに、繰り返してしまうんだ。


 「ねえ、わたる。わたしたちがどうして生まれて来るのかわかる?」

 「わかんない。わかんないよ……うぅっ……」


 「じゃあどうして出会えたかわかる?」

 「わかんない。わっかんないよ……」

 「わたしはね、出会わなければ良かっただなんて、思って欲しくないの。わたると出会えて、幸せだったよ?」

 「そんなの……俺だって……」

 「なら、そんな顔しないで、笑顔でお別れできるよね?」

 「くぅっ……」


 あの日となにひとつ、変わらなかった。結局、俺の言葉は、くぅっ……!


 確かにあの日、誓った。

 ちゃんとサヨナラをして、笑顔で送り出すと──。


 それなのに俺は、此の期に及んでサヨナラを受け入れられない。今を耐えればまた次があるとさえ考えてしまう。


 たとえ今日を乗り切ったとしても、意味なんてない。

 次はもっと熾烈な手に打って出る。それが差詰環奈って人間だ。


 そのときはもう、五円玉を手にしていないかもしれない。ここまでのことをやってのけたんだ。猛暑日に暖房をつけて、暑いから脱げと言っているんだ。


 もはや五円玉の必然性を見出せない。これはもう、催眠術ですらない。


 ……あぁ。


 バーゲンセールは今日、終わるんだ。

 

 「ちくしょう……」


 どうすることもできない現実を前に、俺の心は切なさで埋め尽くされた。……同時に絶望も押し寄せる。


 …………俺はまた、繰り返してしまうのか。


 繰り返すことしか、できないのか…………。


 これから先もパステルブルーは四代目、五代目、六代目と続いていく。たとえ『H』になろうとも『I』になろうとも、この先もずっと続いていく。その度に、出会いと別れを繰り返していく。


 出会いの数だけ、別れがある──。


 悲しみの連鎖が終わることはない。


 …………違う。


 それも今日で、終わってしまうんだ。


 もう次は、ないんだ……。


 三代目。俺にとってキミが、最後のパステルブルーなんだ。


 だったら……。このままじゃ、だめだ……。


 このままじゃだめだ。このままじゃだめだ。このままじゃだめだ。

 このままじゃだめだ。このままじゃだめだ。このままじゃだめだ。

 このままじゃだめだ。このままじゃだめだ。このままじゃだめだ。



 …………このままじゃだめだ!!!!


 何度、口に出したかわからない言葉が今──。形を変えて俺に勇気と覚悟をもたらす──。


 もう間違わない。ちゃんとサヨナラを言ってお別れをする!


 「愛しているよ。ずっと永久に。キミを忘れない」

 「……わたる♡ わかってくれたんだね♡ うん。わたしも忘れないよ♡」


 いつだって、昨日のことのように思い出す。


 ──初代。二代目。

 彼女たちとの別れを後悔しなかった夜はない。


 俺たちが過ごした日々に、嘘は一欠片もなかった。それなのに俺はお別れを言えなかった。また次があると信じて止まなかった。


 だから証明しよう。三代目。


 ちゃんと笑顔でお別れをしよう。


 明日も明後日も、その先もずっと笑顔でいられるように──。


 「今までありがとう。キミに出会えて俺は……絵知屋渡は……最高に、幸せだったぜ!」

 「うん。わたしも幸せだったよ♡ おませなわたるに出会えて幸せでした」

 「俺がおませになっちまったのは、キミがそそり過ぎるからだよ」

 「そういうところがおませさんなの♡」


 「あははっ。じゃあ、いっちょパンイチになってくるわ!」

 「そうだね。いってらっしゃい。わたる♡」


 そうだ。これはサヨナラじゃない。行ってきますなんだ。


 お互いの心が通じ合っているのなら、別れの言葉なんていらない。


 そんなものは、必要ないんだ!


 「うん。行って来ます!!」



 長きに渡った、脳内でのエア会話が終わりを迎える。


 わかっているさ。こんなのはすべて妄想だ。こうであってほしいと願う俺の独りよがりでしかない。


 いつの間にか催眠術を掛けられる時間は谷間を眺めブラとお喋りをする時間に変わっていた。


 バーゲンセールなんて言葉で自分を誤魔化してはいたけれど、根元にあったのはおっ〇ブ通いにほかならなかったんだ。


 だからここでおしまい。


 悲しみの連鎖は繰り返さない。


 大丈夫。……大丈夫。

 簡単な話だ。俺は脱ぐ。そして環奈に男の子あるあるがバレる。と、同時にグーパンチが飛んでくる。それをスルリと交して、足早に去る。


 それでもう二度と、環奈と会うことはない。


 ……これでいい。


 そもそもとして、間違っていたんだ。


 環奈は俺を友達としてしか見ていない。幼馴染だからこそ、縁が切れずに腐れ縁と化した。


 それなのに俺は──。お前のブラジャーにガチで恋してしまうほどに、好きが溢れて止まらなかった。


 その結果が一年だ。

 悪かったな。こんなに長い間付き合わせちまって。


 お前の大切な時間を奪っちまって……。


 でもさ、今日で終わりにするから。お前が俺に幻滅できるように、前屈みで隠すようなズルはしないから。


 後悔はない。これが俺の歩むべき道にして、贖罪へのロード。



 ──絵知屋渡、脱がせていただきます!

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