逆光の樹影、ガラスのリノウ

新巻へもん

伝承歌

『おお、そは何者なりや?

 闇夜を照らす一筋の燭光

 去りし者の意志を継ぐ者を指し示さん

 いずくの時に現れるや?

 聖なる水に光さすとき

 そはいずこに?

 頂きを映すところより、

 蒼き龍と紅き鳳を等しく眺め、

 覇王の脚と賢妃のかいなに倣いて

 各々の指し示すとおり進め

 玻璃の器を頭上にかざせば

 すなわち、道はしめされん』


 切々とした声でシンディは歌い上げた。最後の音節が苔むした建築物に吸い込まれていく。閉じていた目を開くと問いかけるようなまなざしを向けてくる。長い耳が少しだけ垂れており、面をふせた。

 そのせいで、長く美しい髪の毛を留めているバレッタが光を反射する。

 私は慌てて両手でパチパチと拍手をした。

「とても素敵だったわ。聞きほれてて反応が遅れちゃった」

 シンディの頬が緩むとともにわずかに赤く色づく。

「最後のパートのビブラートが上手くなかったでしょ?」

「ううん。そんなことないよ。私の耳はシンディほど繊細な音を聞き分けられないのかもしれないけどね」

「まあ、チヒロが褒めてくれたのだから素直に喜ぶことにする」

 それからシンディはにへらと笑み崩れる。端正な顔を崩してまで喜んでもらえて良かった。

 私は近づいてシンディの腕を取り、生命の樹の周囲に立てられた浮彫へと誘う。一つ一つを見て回りながら質問をした。

「それでさっきの歌って、大いなる遺産の在りかを示したものなのよね」

「そうよ。昔は対になる書物と一緒だったのだけど、それは失われてしまってるの。今では、この意味の分からない歌だけが残されてるわ」

「そうなのね。今まで、その遺産を探そうという人はいなかったの?」

「私たちエルフは寿命が長いから、興味を持続させるのが苦手なの。いつでもその気になればできるってね。でも、実際は里から外に出ることも稀なの」

「シンディはそうでもないよね」

「私はエルフの中でも変わり者だから」

 私はシンディの体を引き寄せて、頬に口づけをする。

「変わり者で良かったと思ってるけど」

「チヒロにそう言われると悪くない気もしてきた」

 もうちょっと触れ合いたいけど、まだお昼だし、聖なる場所らしいしね。

 私は散策を再開しつつ、質問の続きをする。

「それで、その大いなる遺産ってなんなのかしら?」

 シンディは苦笑した。

「それも伝わっていないの。だから、余計に誰も真剣に探さないってわけね」

「そうなのかあ。よーし、折角だから謎解きにチャレンジしてみよう」

「意外ね。みんなで旅をしていた時は、こういうのを考えるのはだいたいアンディかシャールの役割だったじゃない?」

「まあね。この世界のことは良く知らなかったし、得意な人に任せた方がいいかなって。でも、私も前の世界じゃ、謎を解く物語を読むの好きだったんだよ」

「それで分かった?」

「そうだねえ。謎は……解けたわ」

 シンディは立ち止まり驚いた顔をする。

「冗談……だよね」

「ううん。まあ、似たような話を読んだことがあったせいもあるんだけどね。それに今日だったというのも運が良かった」

 困惑の表情を浮かべるシンディに提案した。

「とりあえず、少し早いけどお昼にしない? ここは日差しが強いから、あの木陰がいいんじゃないかな」


 宿でバスケットに詰めてもらったランチを平らげる。

 シンディがじいっと見つめてきた。

「ねえ。チヒロ。そろそろ教えなさいよ。いつまで焦らす気?」

 私は小手をかざして木々の間から太陽を探す。

「そうねえ。そろそろいいかも。ついて来て」

 私は、この場所に案内されたときに最初に見た井戸のところに向かった。中をのぞくと、私とシンディの影が水面に落ちる。

「ね。井戸の中までお日様が照らして水が輝いているでしょ。聖なる水に光さすときってわけ」

「なるほど」

 次に生命の樹と呼ばれている銀色の葉をしげらせた樹のところへ行った。太古の昔から変わらずに立っているという霊樹はクリスマスツリーのような形状をしている。

そして、ちょっと傾いでいた。

 梢が影を落とす位置に立ち、周囲のレリーフを指さす。

「あれには龍があって、こっちは鳳が描かれてるから、ちょうどその間というとこの方向かな」

 私は結び目をつけた紐を二種類取り出した。この世界における巻き尺として使われているもの。

 それを使って七グラドゥスと三キュビタス進んだ。それぞれ、覇王ガーミルズの脚と賢妃ニーナヴァルの腕の長さが元になっているそうだ。

「じゃーん。ここがその場所です」

 私の足元を示すと、シンディは首を振る。

「驚いた。チヒロ。よくそこまでたどり着けたと感心する。だけど、チヒロが知らないことが一つあるの。賢妃ニーナヴァルのレリーフだが、誤って傷をつけてしまって指が二本欠けているんだ。だから」

 私の手から紐を一つとりあげ、二結び分先へ伸ばす。

「ここが正しい位置だ」

 シンディが手招きをする。その横に私が並ぶとシンディはバレッタを外した。

「さあ、一緒に」

 二人で両側を持ってガラス製のバレッタを頭上にかざす。

 代々伝承歌を受け継いできたエルフの一族が後継者の証として受け継いできたバレッタ。古代エルフ語でリノウと呼ばれる品だった。

 バレッタから眩い光が天空に放たれる。

 空の彼方に見えた小さな点は、みるみるうちに大きくなった。緑に覆われる小さな島は私たち頭上で降下をやめる。

「行ってみるよね?」

「もちろん!」

 シンディはゆっくりと歌うように飛翔の魔法の詠唱を始めた。


-完-

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