Day31 夏祭り
「おや、あのときの」
そうして祭りにやってきた斑目たちを出迎えたのは、例の祭りの案内をしていた怪異だった。彼は斑目とその同行者であるナイ(今日は大きな猫のような姿をしている)や幽霊たちを確認すると、深々と頭を下げる。
「ようこそ、我々主催の夏祭りへ。ゆっくり楽しんでいってください」
つるんとした顔からは全く表情が読めないが、柔らかい声色からなんとなく何を考えているのかが伝わってくる。来てくれて嬉しい、といったところなのだろう。
祭りとは言っても何から見て回るべきか。斑目はまずあたりを見回すことにした。広場の中央にある櫓を囲むように屋台が並んでいる。会場の入口からは実際に何が並んでいるのかはわからない。看板や旗に大きな文字で何かが書かれていることはわかるが、何が書かれているかは分からないあたりあれは怪異の言葉なのだろう。
ここから見ているより、実際に近づいて確認したほうが早い。斑目は同行者たちを促して広場に足を踏み入れる。左手側から順に、屋台を見て回る。
「あ、先生! わたがし買って~!」
「はいはい」
「先生~! ヨーヨー釣りしたい!」
「はいはい」
屋台で幽霊に食べ物を買ったり、屋台で遊ぶ幽霊の見守りをしたり。そうやって斑目は間接的に祭りを楽しむ。
そうしていると、ふと横からナイがこう問いかけてきた。「先生の遊びたい屋台はなんですか?」などと。
「そうだな……射的とかないかな」
「射的! 射的あるよ! あったよ! あっちのほう!」
「あるんだ」
「行ってみますか?」
「そうだね、行ってみようか」
はしゃぐ幽霊たちとナイを連れて、斑目は歩きだす。先導する幽霊についていく最中、斑目は見覚えのある人間の姿を見た。
現在地から見て反対側の屋台。その近くを歩く黒髪の青年。距離があるが、その顔には見覚えがある。というか、見覚えしかない。八宮小鳩、その人だ。すぐ近くにいる見慣れない少女は彼の同行者ということだろうか。彼は斑目の視線に気づくことはなく、連れと一緒に他の屋台へと移動した。
「……」
「彼もここに来てたんですね」
「というか退魔師が来ても大丈夫なんだねこの祭り……懐が深いというか……」
「先生~! 射的の屋台もうそこ!」
「はいはい、わかったよ」
先に待つ幽霊に追いつくと、そこには言われた通り射的の屋台があった。そばで佇んでいる面布をつけた怪異は店員なのだろう。一回百円です、とハキハキした声で声をかけてくる。
とりあえずはまず射的に何が置いてあるかを見てみようと、斑目は視線を向けた。段に並んでいる小箱には番号がついている。倒した箱の番号に応じた景品がもらえる仕様のようだ。段の横にはカラーボックス状の棚が置いてあり、そこに番号と一緒に景品らしきものが並べられている。お菓子の詰め合わせのようなものや、ぬいぐるみや箱に入っていて中身が見えないおもちゃなどがある。
斑目はまずは一回分を遊ぶことにした。狙い目は特にないので、なにか当たれば上々。コルクがすでに込められている射的銃を受け取り、斑目は周囲をうろうろしていた幽霊たちに釘をさす。
「集中するから静かにね」
「はーい」
「はーい」
「はい」
幽霊たち、それからナイの返事を受け取り、斑目は小箱に射的銃の銃口を向ける。目を細めて、狙いを定める。小さすぎす大きすぎない的にしてみよう。息を一瞬止め、斑目は銃口を引いた。飛び出したコルクは箱の真下の棚に当たって、地面に転がった。
「参加賞です~」
とはいえ、何もないということはないらしい。店員から小さな箱を渡された斑目は、幽霊たちやナイと一緒に屋台を後にする。
「まあ収穫が何もないよりかはマシかな」
「何をもらったんですか?」
何をもらったのだろうか、と斑目はそれをみる。サイズ的にはタバコの箱と同じくらいだ。外装にはチョコレートの絵が描かれているところを見るに、これは駄菓子のたぐいなのだろう。
「タバコ型のチョコ……かな? 包装はそう見えるけど……」
しかしこれを食べて大丈夫なのだろうか? 怪異の領域にあるものを人間が食べることで、人の世界に戻れないとか言うことが起きたりしないだろうか? とはいえ、せっかくもらったものを無駄にはしたくない。
さて、どうするか。チョコを眺めながら、斑目は考える。しばらくして、自分の周囲にいる幽霊たちに視線を向けた。そういえば彼らは死者の領域にいるものだ。形状が総じて丸っこいから忘れがちになるが、彼らも立派な幽霊。広義で言えば、怪異の領域の存在だ。
斑目は手をぱんと叩いて、霊たちに呼びかける。
「はい、みんな」
「先生どうしたの?」
「これ、みんなでわけて食べてね」
「やった!」
「ありがとう先生~!」
ふう、と小さく息をつく斑目は視線に気づいて直ぐ側を見下ろした。ナイが一つ目を瞬かせて、不思議そうに首をかしげている。
「いいんですか?」
「まあちょっとね。俺にもいろいろあるんだよ」
「なるほど」
それ以上の追求がないことに、斑目は安堵した。
そのまま同行者たちと歩いていると、櫓の方から大きな太鼓の音がする。内側に入って響くような音だ。それに合わせて祭りに来ている怪異や幽霊のたぐいが櫓を囲み始める。あの音は盆踊りのようなものの合図ということだったらしい。並ぶ怪異たちが思い思いに踊り始めている。定められた動きはないらしい。
離れた位置からそれを眺める斑目の口から、楽しそうな声色が漏れる。
「祭りの醍醐味だね」
「そうですね」
「まあ俺は見てるほうが好きだけど……」
そうしていると、大きな声がする。花火が打ち上がるという案内だ。どうやら、チラシの絵は装飾ではなく正しい情報を伝えるものだったらしい。
ならば、と斑目は周囲を見回す。花火がある祭りならば、それを見るために椅子やベンチが置いてあるはずだ。よく見るとその仮説通り椅子がいくつか置いてあり、その大半は先客で埋まっていた。まだ空いている席もあるはずだ、と斑目は注意深く観察していると、端の方に空いているベンチが一つ。
「あ、あっちの方空いているみたいだね」
「そうですね」
「今のうちに陣取っておこうか」
はいみんな行くよ。と声をかければ、櫓を見てわいわい騒いでいた幽霊たちが素直についてくる。
そうして同行者たちを引き連れて見かけたベンチにたどり着けば、他の客よりタッチの差で先に座れたところだった。客(何の怪異かはわからない)が軽く礼をして去っていく。それと同時に、ぱっと空が明るくなった。
つられて空を見上げると、そこには鮮やかな花火が咲いていた。いくつもいくつも。様々に彩られた花火が打ち上がっては夜の空に消えていく。
「きれいだね」
「そうですね」
ベンチに座って、花火を見上げる。本物の花畑に劣らない、人の世で見る花火に匹敵する、そんな花火が咲いている。
しばらく花火を鑑賞していると、斑目の隣からナイの声がする。
「ところで先生、一つご相談が」
「なんだい?」
「一つ、怪談をお願いできますか?」
「あ、先生の話聞きたい」
「同じく〜!」
明日から自分は新居に行きますので、先生の家でお世話になる最後の日の思い出としてお願いできますか。ナイはその一つ目で斑目をしっかりと見つめてそう言う。
そういえばそうだった。彼は明日から新居で管理人生活を送ることになっている。月一で彼の新居で怪異談義をするという約束はしたが、具体的な日付を決めてなかったなと斑目は思う。それに関してはまた時間があるときにすり合わせをしていけばいいだろう。そういえば、その際に何かお土産を持参したほうがいいだろうか? その場合は付喪神たちも含めた複数人でわけられるようなお菓子がいいだろうか?
そこまで考えた時点で、斑目は思考を広げるのを止める。ともかく、思い出づくりとして自分の怪談でいいのだろうか。そう問えば先生の怪談だからですよと答えが帰ってくる。それなら、と斑目はつぶやいた。
「……今回は手元に資料がないから俺の体験談になるよ。それでもいいかい?」
「かまいませんよ」
「いいよ〜!」
彼らの答えと視線を受けて、斑目は確認するようにうなずいた。
「よし、それでははじめようか。これは以前俺が体験した話なんだけど……」
花火の音がする。
もうすぐ夏が終わる。
夏が終われば、次の季節が来る。
彼らの日々は、続いていく。
窓際怪異談義 萩尾みこり @miko04_ohagi
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