第4話
「レニード様はここ一年ばかり臥せっておいででした」
黒服の男はラドックと名乗った。
ユーカスとエルザは、ラドックの馬車で村へ向かう。村までは一時間ほどの道のりだ。
その道中でラドックはユーカスの兄、レニードについて語った。
レニードが養子に入った遠縁の貴族──インパチェンス、かつての侯爵家。現在は王都騎士団に所属する爵位なしの有期貴族。騎士として王家に仕える間は貴族の地位と身分が保証されている──は、その三年前に当主が亡くなり、妻と二歳の娘だけが遺されていた。女子は騎士になれないために娘に家督の相続権はない。家を存続させるそのために、一度引退した先代当主が騎士団に復帰し、なんとか家名の廃絶を免れた。しかし老齢のため騎士の勤めが日毎に堪える。とても孫娘の成人までは──孫娘の配偶者を騎士にして家門を存続させようとの目論見は早々に潰えてしまったのだ。
そこで、家系を遡り、血縁から後継者に相応しい人物を探し出し当主に据えようと──三年かけて、レニードに辿り着いた。
そのような内容を、ラドックは自身の苦労話や、老当主と未亡人の間の確執を織り混ぜながら語ったのだった。
エルザは薄い銀色の瞳を煌めかせ、うんとかすんとか若干間の抜けた相づちを打っているが、ユーカスにはラドックの話に耳を貸す気などこれっぽっちもない。憮然として背もたれに身体を預け目を閉じる。
レニードはユーカスより三歳上で、五年前この男に拉致同然に連れ去られた。
父方の遠縁にあたる王都の貴族に跡取りが産まれなかったため、レニードを養子にして家名と財産を継がせたい──突然村を訪れたラドックはそんな風に祖母と母に話していた。
ユーカスは階段の上で、兄を階下に行かせないようしがみついていた。
「ユーカス、離して」
「やだッ」
ユーカスはレニードの二の腕を掴む手に力を込める。
この前年、兄弟は父親と死別したばかりだった。この上兄までいなくなるだなんて。ユーカスには悪夢でしかない。彼だけの悪夢ではない。階下の母のすすり泣く声が聞こえる。祖母の声が震えている。普段気丈な二人だって、レニードと別れたくないのだ。これ以上、家族が減るなんて耐えられない。
「ユーカス」
「ィやッ」
「でも母さんを泣かせっぱなしにはできないよ」
「ッ!」
「二人して、父さんと約束したよな。覚えてる?」
「……うん」
「どんな約束だっけ」
「かぁ…母さんを泣かせない」
ユーカスは消え入りそうな声を絞り出す。それでもレニードを掴む力は衰えない。
「ユーカス」
「あれは違う」
ユーカスはかぶりを振った。自分と同じ──少しだけ濃い翡翠色の兄の瞳を見つめる。
「オレ達が泣かしたんじゃない、アイツが泣かせてんだ。アイツが悪い、アイツのせいだ。アイツは兄ちゃんをッ」
涙が零れる。嗚咽のせいで言葉が続かなかった。
レニードの胸に顔を埋める。
一度零れはじめると涙が止まらない。
小さい子のようでみっともない、そう思ってもどうにもならなかった。
「ユーカス」
レニードは弟の背に回した左手でとんとん叩く。
父が亡くなった時も、泣き疲れたユーカスが眠るまでずっとこうしてくれていた。
「お前も父さんに聞いたことがあるだろう?英雄王アルカートと妖精王の物語」
「……ん」
レニードはユーカスの耳元に囁く。
「オレ達にはアルカート王の血が流れてる」
自分を見上げる弟の目元を指で拭って微笑む。
ユーカスの閉じた瞼の内にあの時のレニードが微笑んでいる。
お伽噺の処方箋 @koronakoko26may
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