病に侵されようと、時間が過ぎようと、忘れられない人がいる

本作は『音声化短編コンテスト』の参加作であり、健太とナオの二人を主軸とした、会話劇のみで構成された恋愛ショートストーリーです。
そのため場面や背景の描写などは省略されており、聞こえてくる『音』もオノマトペによって表現されているので、文章力や描写力といった点での評価は省略します。

受賞して音声化された時のことを想像しつつ、物語のみに注目すると……どこか素直ではない幼馴染二人の甘酸っぱいやり取りが微笑ましく、しかし記憶を失っていくことによって引き裂かれてしまう運命に、読んでいる側としても胸が締め付けられるような内容でした。
当たり前に覚えていたことが思い出せなくなるナオの動揺や焦燥。弱っていく姿や、それを見て何もできない健太のもどかしさ。抗えない運命に流されるしかなくとも、それでも若さ溢れる行動を起こして将来を誓い合う二人の姿には、切なさだけでなく深い愛情も感じられました。そうした感情の機微は、台詞のみでも巧みに表現されていたと思います。
そしてナオが自分のことを忘れてしまっても、もう一度最初から出会ってやり直そうとする健太の一途な想いや、ラストにナオに訪れた小さな奇跡などは、非常に感動的だったと感じました。最後はハッピーエンドを迎え、良かった良かったと温かい気持ちになりましたね。

ただ、世話焼きで強気な幼馴染や、素直になれず憎まれ口を叩く男子という冒頭のやり取りは漫画やアニメチックであり、悪く言うと『テンプレ』だったり『ありきたり』な感じがしました。
加えて『記憶』をテーマにした小説や過去の名作は無数に存在し、特別目新しい題材ではないのも気になりました。とはいえ『既存作品の多い人気のテーマ』を書くこと自体は、別に悪くありません。偉大な先輩達も王道なジャンルを採用しつつ、名作を生み出しているわけですから。ただやはり『記憶を失っていくヒロイン』というテーマを取り扱うのであれば、作者さんにしか書けない物語や強烈な個性というものが見たかったです。
『記憶を失うけど大人になったら治った』という展開も、作品の『重み』をちょっと減らしてしまった印象でした。健太とナオの二人にとっては、お互い大事な幼馴染かつ人生を左右するほど深刻な問題だったのですが……「あんまり覚えていない、学生時代のことは忘れちゃった同級生だけど、久々に再会したらウマが合って結婚した」という部分だけを抜き出せば、現実でもそう珍しくはないケースだと思うので。

とはいえ二人の一途な愛情は本物であり、切なさと温かさを凝縮して短編の範囲で綺麗にまとめきった、素敵な作品だと思います。