記憶を失った君にできるたった一つのこと

元 蜜

第1話 幸せな日常

—―ピコーン、ピコーン…… 


「私、思い出がほしい……。全てを……あなたを忘れてしまう前に……」


「……わかった――」




◇ ◇ ◇


――チュン、チュン……


—―チリンチリン……


――プップー、ブロロロロ……



「ねぇ、健太~! 早く~! 学校遅刻しちゃうよ~!」


「あー、朝からうるせーなぁ! 今急いでるっつーの!」


「せっかく早く起こしてあげたのに、前髪セットするのにどれだけ時間かかってるのよ! 女子じゃあるまいし!」


「お前には関係ねーだろ! だったら先行けよ!」


「それはダメ! 健太のママに朝一緒に行くよう頼まれてるんだから!」


「はぁ!? 何でそんなこと頼まれてるんだよ!」


「もうっ! 何でもいいから早く~!」


「あー! 歩いてたらもう間に合わねー! おいっ! ナオ! チャリで行くぞ!」


「えーっ! 私、自転車で来てないよ!? 一人走れって言うの!?」


「めんどくせーなー! おいっ! チャリの後ろに乗れ!」


「二人乗りは違反だよ!?」


「じゃあ、お前だけ走れよ!」


「それはイヤ~!」


「じゃあ早く乗れ!」


「わ、わかったよ~……」


「いいか? 落ちないようちゃんと俺の背中につかまっとけよ!」


「う、うん……」


「なんだ? 俺のこと意識してんのか?」


「そ、そんなわけないでしょ!? 早く行け、バカッ!」


「痛ってーなー! ったく、この暴力女! じゃあガンガン飛ばしていくぞ!」


「キャ~!! 待って~! は~や~い~!!」




――キーン、コーン、カーン、コーン……


「な、なんとか間に合ったな……」


「はぁ、はぁ……、明日はもうちょっと優雅に登校したいわ……」


「そういえば、ナオ、今日放課後の予定は?」


「何もないけど? 健太は部活?」


「今日は休み。じゃあ、夕方も一緒に帰ってやるよ」


「人に起こしてもらっておいて、なにその上から目線!」


「うるせーなぁ。てか、勝手に俺の部屋に入って来んなよ!」


「な~に~? 私に見られたくないものでもあるのかなぁ~?」


「バッ……! そんなんねーよ!」


「あれ? 健太、ほら、呼ばれてるよ?」


「あっ、ほんとだ」




「お~っす! なに?」


「……えっ? 『二人は付き合ってるのか?』って!?」


「「いやいやいや! ただの幼馴染だから!」」


「なんで被せてくるんだよ!」


「別にわざとじゃないし! もうっ! 健太のせいでみんなに笑われてるじゃん!」


「「いや、だから付き合ってないって!!」」


「あぁ! なんで被っちゃうのよ!」


「そんなの俺のせいじゃねーよ! って、おいそこ、笑うな! 俺たちは夫婦漫才なんかしてねーって!」


「あっ! 健太、先生来たよ! 席に戻ろっ!」


「ちっ、よりによって席隣同士だし……」


「そんなに私の隣が不満なら、先生に当てられてももう助けてあげないからね!」


「えぇぇ!? あっ! やっぱ俺、ナオの隣の席で幸せだわ〜」


「フフ……、それでよろしい!」



◇ 


――ザザ~ン……


――キーコキーコ……


「おいっ、もっとちゃんとくっつかないと落ちるぞ?」


「うん……」


「ナオ、どうした? 元気ないな。腹でも痛いのか?」


「ち、違うし!」


「じゃーどうしたんだよ?」


「……健太、今日のお昼休みに隣のクラスの子に告白されたんだって?」


「あ? そんなのどこで聞いたんだよ!?」


「風のうわさで。……ねぇ、付き合うの?」


「付き合わねーから安心しろ!」


「べ、別に健太が誰と付き合おうが私には関係ないし!」


「はっ! 強がんなよ! 俺がいないと淋しいくせに!」


「何その自信!?」


「幼馴染だからな! お前のことは俺が一番よく分かってるんだよ!」



「…………なら早く私の気持ちに気づいてよ、バカッ……」


「ん? 今なんか言ったか?」


「ううん、何でもない!」


「あっそ」



◇ ◇


 この時の俺たちは、こんな日常がずっと続くと信じていた。しかし、ある日それは突然に終わりを告げることになる。

 迫りくる終わりに全く気付いていない俺たちは、普通の日常がいかに幸せなことかも知らずにただ毎日を過ごしていた。

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