雨降る赤

SpaceyGoblin

運命の分かれ道

家を失ってからどのくらい経っただろう。


近所でも有名な地主のおばあさんをよく見かけるようになった。


毎朝土手沿いをそれに連れられて散歩をしているようだ。


俺はその懐かしい光景を公園のベンチから眺めるのだった。


その日、空には雲が散りばめられ、暖かな空気と穏やかな音に包まれていた。


一ヶ月前に突然会社をクビになった俺は公園で空を眺めていたのだ。


クビになった理由は分からない。


ただ俺には、確固たる意志があっただけなのだ。


今日は天気がよく、いつもと違う日常に肩の荷が下りた気がしたのを久しく感じていた。


「おじさん、お仕事行かないの?」


突然の声に驚き横を見ると真っ赤なワンピースを着た少女が草むらに寝転んだ浮浪者に話しかけていた。


あの浮浪者はなんと答えるのだろうと耳を傾けてみたが、少女に背を向け眠り続けているだけだった。


反抗するように少女も浮浪者に背を向け滑り台へと走っていく。


なんだか、引きこもりの息子に話しかける母のようだったな。


俺は鼻で笑い、手を頭の後ろで組み再び空を眺めた。


どうせ、家に帰っても独りだ。


「おじさん、お仕事行かないの?」


また聞かれてる。


俺はにやりとしながらも空を眺め続けた。


あの雲は馬に見える。


それとあの雲は海豚だ。


昔から空を眺めるのが...。


「おじさん!なに笑ってるの?」女の子の声が俺に向けられていることにやっと気付いた。


その声の正体はあの赤いワンピースの少女だ。


「え、俺?」不意を突かれた顔は少女に確実に見られてしまった。


「今は休憩しているだけ。」俺は出来る限り平静を装う。


「違う。なにを笑っているのか聞いてるの!」少女は少し不機嫌そうに言った。


「あ、いや」なんだこいつ。いきなり絡んできやがって。


「うるせえ、あっちにいけ。」俺は少女を冷たくあしらった。


しばらくするとポツポツと雨が降ってきたので、家に帰るため荷物をまとめた。


「ちくしょう。ついてないな。あんなに天気がよかったのに。」雨男の俺は今日もそんな自分を呪う。


足早に公園を出たその時、おばあさんとぶつかりそうになった。


そのおばあさんの腰は極端に曲がっていて、右手には真っ赤な傘と犬のリード。


左手には酸素ボンベを引いていて、よくみると酸素ボンベから流れている酸素はおばあさんではなく犬に繋がれているようだった。


白髪で今にもポックリと逝ってしまいそうな、そんなおばあさんだった。


万が一当たっていたらどうなっていただろう。


「どうもすみません。」おばあさんはニッコリと笑い公園の前を通り過ぎた。


「いえ、こちらこそ」俺はおばあさんと犬の後ろ姿に向かって言う。


とにかく雨足が強くなる前に帰ろう。

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