何であんなこと言ったんだ

 気がつけば足が、金髪のふざけた野郎の前まで向かっていく。頭の中にあったのは、きっとシンプルな怒り。


 腹が立ってしょうがなかった。どうして勇気を振り絞って告白した女の子が、あんな辛そうな顔で泣かなきゃいけないんだ。


「ごめん。ちょっと忘れ物したんだ」

「お前、確か同じクラスの奴」


 この時ばかりは今鷹も面食らっていた。こんな状況で唐突な乱入者が現れたんだから当然かもしれないが、すぐに口元に笑みを浮かべた。


「まさかとは思うけどよ。もしかして盗み聞きしてたわけじゃ」

「そうだ。随分デカい声で騒いでからな、お前」

「あ!? て、てめ」


 開き直ったかのようにあっさりと認め、俺よりも高い位置にある顔を睨みつける。向かい側にいた木闇のほうは見なかった。いや、もう完全に涙をこぼしている彼女を見ることが耐えられなかった、という表現が正しい。


「あーそうかよ。てか、関係ねえ癖にズカズカ入ってくんじゃねえよ」

「最初に言っただろ。忘れ物したんだよ。それと、関係なくてもムカつくもんはムカつくんだよ」

「は?」

「あ、あの。君……ちょっと」


 背後から弱々しい声がしたが、俺は気がついてないフリをした。そう、彼女からすれば俺は完全に部外者であり関係ないただの同級生でしかない。今鷹だってそうだ。いつもなら関わらないほうが賢明だってことくらい理解していた。


 でも今回はダメだ。理屈や関係性の話じゃなくて、感情の問題だった。


「今鷹。なんでお前、そんなに偉そうなんだ?」

「あ? 何言ってんだ」

「さっき木闇さんを振った時、なんて言った。うざいって言ったよな。重いとか言ったよな。他の奴らの名前出して、女として見れないとか言ったよな」


 奴は苦々しい顔でたじろいでいた。しかし、すぐにうすら笑いを浮かべる。


「勘違いしてるから、分からせてやったんだ」

「勘違いしてるのはお前だろうが!」


 いつの間にか怒鳴っていた。俺は奴にゆっくりと迫る。顔から余裕が消えた今鷹は、眉に縦皺を寄せて怒りを露わにする。


「おい! 目立たねえモブみたいな奴が、俺に舐めた口聞いてんじゃねえぞ!」


 奴は俺の胸ぐらを掴んでくる。しかし、それがまた怒りに火を注いでくれる。もう後戻りすらできないほど、心が燃えて燃えて、体に熱が駆け回る。


「振るにしても言い方ってもんがあるだろうが。どうして他の女の名前を出したんだ。ランクがどうとか、そうやって比べてる時点で失礼過ぎるだろ。お前はそんなに偉いのかよ、今鷹」

「うるせえな。生意気な口聞いてんじゃねえ。事実を言ったまでだろ」


 そう言いつつ、顔を寄せてヘラヘラ笑った性悪な男は、優しく俺の顔を平手で叩いてきた。何度も、何度も。明らかに挑発しているのが見え見えだ。普通だったら乗らないのかもしれない。でも、今はそれがちょうどよく感じてしまう。


「周! やめなよ!」

「お前は黙ってろ。っていうかお前——」

「何であんなこと言ったんだ、今鷹」

「あ?」

「お前を好きだと思ったことは一度もない、なんて酷い言葉を——どうして言ったんだよ!!」


 限界だった。爆発寸前で赤々としていた火山がとうとう噴火した。俺の拳が奴の顔面を打ち抜いて——机が倒れて床に目の前にあった。


 きっと殴った拍子に体勢を崩したんだろう。その後、俺と今鷹は取っ組み合いながら、床を転がりながら殴り合っていた。悲鳴が聞こえる。きっと木闇だ。俺は決してやってはいけないことをしている。


 そして駆けつけた教師に捕まり、職員室へと連行されてしまった。


 ◇


 先生の事情聴取は長かった。先に結果から言うと木闇と今鷹については10分程度で聴取を終えたが、俺については30分ほど、根掘り葉掘り聞いてきたんだ。


 一人ずつ職員室に付属している、小さな応接室っぽいところに呼ばれていったので、何を喋ったのかは分からない。


 木闇は最初に出てきて、待っていた俺を見ると焦るようにどこかにいなくなった。ここにきて冷静になった頭が罪悪感に支配されていく。


 次に呼ばれた今鷹は、部屋から出ると俺をみてニヤリと笑った。嫌な予感がしたが、大切な何かを失ってしまったような気持ちでいっぱいだったので、あまり気にならなかった。


 最後に部屋に入った俺に、おっさん担任は鋭い視線をぶつける。どうやら俺が一方的に今鷹に因縁をつけ、殴りかかったと思っているらしい。


 ずっと尋問を受け続け、力なく答えているうちに気づいたことがあった。今鷹は、まったく自分は手を出していないと証言していたようだ。それは間違いだと、俺は全て正直に話した。


 でも、正直に話せば話すほど、今度は先生の様子がおかしくなっていった。


「大河。つまりお前は、自分とは関係のない告白の話でカッとなって、殴ったということなのか」

「まあ、そうなります」


 理解できないとばかりに、中年の先生は薄くなった髪の毛を弄りながら思案に暮れていた。この後どうなるかは後で連絡すると伝えられ、力なく部屋を後にした。


 もう日が暮れてきてる。あーあ、何やっちゃってんだよ俺。変な正義感みたいなもので、人を傷つけてしまった。


 きっとあの時、教室に入ってしまったという行為自体がアウトだったのだろう。二人がいなくなったのを見計らってからでも遅くなかっただろうし、そのほうがずっと平和だったはずだ。


 その日の夜、俺は自分が停学処分になったことを電話で告げられた。入学して早々何をしているんだと家族会議が始まったが、今度はただ喧嘩しちゃったとだけ説明した。正直両親に女の子のことでキレたとか知られたくなかった。


 すぐには気づかなかったけれど、俺はとても大事な時期に、大失態をやらかしていたようだ。今鷹は完全にクラスのトップかつ王様みたいな存在になり、殴っちまった俺はクラス中から弾かれるという酷い高校生活が始まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る