4137話

連休なので、2話同時更新です。

直接こちらに来た方は、前話からどうぞ。


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「凄かったわね、レイ」


 セトと共にレイの側までやってきたオリーブが、そう声を掛ける。

 しかし、レイはそんなオリーブの言葉に微妙な表情を浮かべている。

 別にそこまで称賛されるようなことが、今の状況であったのか? と、そう思った為だ。

 金属糸のゴーレムを倒したのはレイだったが、実際にその前までお膳立てをしてくれたのは、セトだ。

 セトが強力な力で金属糸のゴーレムを叩き付け、身体をバネ状にした金属糸のゴーレムが空高くまで跳び上がったところで、セトがサンダーブレスを放った。

 そこまでやったからこそ、レイは最後の一撃だけであっさりと敵を倒すことが出来たのだ。


(というか、何であそこまで身体が柔らかかったのやら)


 雷鳴斬を使って金属糸のゴーレムに攻撃した時、抵抗を殆ど感じることなく、その身体を切断出来た。

 それがあの召喚された金属糸のゴーレムが弱かったからなのか、それともセトのサンダーブレスに後でレイが雷鳴斬という、雷系のスキルを連続して使ったことによるものなのか、レイには分からなかった。


「ちょ……ちょっと、一体何があったんですか!? またレイさんですね!?」


 周囲からの歓声が少し収まったところで、ギルドからアニタがやって来るとレイを見てそう叫ぶ。

 アニタの言葉に、おいと突っ込みたくなったレイだったが、実際に歓声が巻き起こったのはレイとセトが金属糸のゴーレムと戦った影響である以上、簡単に否定が出来ないのも事実。

 何か言い返したいが言えない。

 そうしてレイが黙っていると、アニタがレイの前までやってくる。


「で? レイさん、一体何がどうなってこうなったんですか? それと、何で地上にあんなモンスターが……えっと、ゴーレムですか? とにかくそういうのがいるのか、しっかりと理由を説明して下さい」


 アニタはレイに声を掛けつつ、離れた場所で切断された金属糸のゴーレムを指さす。

 金属糸のゴーレムはゴーレムというモンスターなので、本来なら身体を切断された程度では死なない……いや、動きを止めなかったりする。

 今回の場合は魔石をデスサイズによって切断されているので、もう完全に死んでいる、あるいは壊れているのだが。


「宝箱の罠でな。……いや、その前にちょっと聞きたい。ガンダルシアの冒険者の中に、狸の獣人の男はいるか? 年齢は外見からすると十代後半から二十代前半といったところだな」

「え? えーっと……私も冒険者の全員の顔を覚えている訳ではないので、確実なことは言えませんが、私が知る限りではいなかったと思います。それで、どうしたんですか?」


 何故いきなりそのようなことを聞かれたのかと、訝しむアニタ。

 レイはそんなアニタに何かを言おうとして、周囲で未だに歓声を上げている者や、あるいはレイが何を喋っているのか興味津々といった様子で見ている者達に気が付く。


「ここでだとちょっとな。いつもの部屋で話す。オリーブもそれでいいよな?」

「え? 私も?」


 まさかここで自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったオリーブは、驚いた様子でレイに向かってそう言う。


「当然だろ。元々はオリーブが受けた依頼なんだし」

「いや、でも……今回の件に私は関係ないと思うんだけど。それにダンジョンから出て来たばかりで疲れてるし」

「その割にはこの依頼を受けたんだな」

「う……そ、それは……えっと、そう。ほら、十九階の宝箱でしょ? それならやっぱり私がやらないとと思って」

「それだけの元気があるのなら、まだもう少し大丈夫だろ。……そんな訳で、アニタ」

「は? あ、はい。分かりましたけど……本当に一体何があったんですか?」


 レイとオリーブの様子に、アニタは戸惑いつつも三人でギルドに戻る。

 なお、セトはいつものようにギルドの表でセト好きの者達に遊んで貰うのだった。






「は? オリーブさんの振りをした、ですか?」

「じゃなくてだな。オリーブが来る前に自分が宝箱を開ける依頼を受けたと、狸の獣人の男がやってきたんだ」

「……一応言っておきますが、私が行った依頼の受理はオリーブさんのものだけですよ?」

「ちなみにだが、アニタ以外の誰かが依頼を受理したって可能性は?」


 恐らくそれはないだろう。

 そう思いつつ、それでも一応念の為に聞いておく。

 しかし、アニタは当然のように首を横に振る。


「いえ、もし依頼を受けた人がいたら、この依頼はもう締め切ったと受付嬢全員に知らされてもおかしくはないですから。ですがそういうのがなかったということを考えると……」

「つまり、あの狸の獣人の男が依頼を受けたということにして、俺に近付いてきた訳か。最初から罠を発動させるつもりで」


 今までが今までなので、依頼を受けたという者がいれば、レイはそれをそのまま信じていた。

 そもそも普通に考えれば、わざわざ依頼を受けた振りをする必要はないのだから。

 ……そんな思いは、今日の一件で全く意味がなくなったが。


「ですが、一体何の為に?」

「普通に考えれば、レイが誰かに恨まれているからじゃない?」


 アニタの言葉にオリーブは当然といった様子でそう返す。

 そんなオリーブの言葉に、アニタは即座に反論しようとして……出来ない。

 レイは二人のやり取りを聞きながら頷く。


「オリーブの言葉に説得力はあるだろうな。自分で言うのもなんだが、俺は敵を作りやすい性格だし」


 だったら直したらどうですか?

 レイの言葉にそう言いたくなるアニタ。

 実際、レイは大商人や貴族といった相手であろうとも、一度敵と認識すれば力を振るうことに躊躇はしないといった性格であったり、単純にセトのような高ランクモンスターをテイムしていたり、あるいは多数のマジックアイテムを持っていたり……他にも色々な理由から、レイのことを気に食わないと思う者は多かった。

 そういう意味では、レイが誰かに恨まれるといったことはあるだろう。

 とはいえ、だからといってあのような目立つことをしてまでレイを痛い目に遭わせてやろうと思うような者に心当たりがあるかと言われれば、レイとしてもそれは……と首を傾げるしかなかったが。


「とにかく、これから依頼を受けたらきちんと書類を持ってレイさんに会いに行かせることにします。……本来はそれが普通なんですから。いいですよね、レイさん?」


 アニタが念押しをするようにレイに言うのは、理由があった。

 本来ならギルドで依頼を受ければ、依頼人に書類を持ってき、依頼が完了したサインを貰うのが一般的なのだ。

 ガンダルシアのギルドでも、そういう形式なのは間違いないのだが、その辺が面倒なレイはアニタに頼んでその辺を省略して貰っていた。

 そもそも依頼が宝箱の罠の解除や鍵の解錠で、それを行うのがギルドの訓練場なのだから、わざわざそのような書類はいらないだろうと。

 実際、今まではそれで何の問題もなかった。

 しかし、それはあくまでも今までであればだ。

 今回の一件を考えれば、これからも同じようにするといった訳にはいかない。

 だからこそ、アニタとしては今のように言ったのだろう。


「面倒だ……と言いたいところだけど、実際に今回のような一件があったのを考えると、それは仕方がないんだろうな」


 今回の一件は、宝箱の罠がモンスターを召喚するという罠でだったので、レイが処理出来たという意味で何の問題もなかった。

 しかもその召喚されたモンスターが、レイにとっては十九階で探していた金属糸のゴーレムだったので、寧ろレイにしてみればラッキーといった思いすらある。

 だが……それは、あくまでも偶然の産物でしかない。

 もし宝箱の罠が問答無用で周囲に毒を撒き散らかしたり、もしくはどこかに強制的に転移させたりといったものだったら、どうなっていたか。

 間違いなく大きな騒動になっていただろうし、場合によっては死人も多数出ていただろう。

 そういう意味では、今回の一件は危険は危険であったものの、レイやセト、オリーブがいたので、十九階に出てくる金属糸のゴーレムが出てきても、十分に対処可能だった。

 ……それはつまり、レイとセトとオリーブがいない中で宝箱の罠から金属糸のゴーレムが出て来たら、倒すまでにかなりの死傷者が出るということを意味していたのだが。

 もっとも、レイの持ってきた宝箱に敵を召喚する罠があったと考えると、オリーブはともかくレイとセトが宝箱の罠から召喚された場所にいないという可能性はまずないのだが。


「そうなります。今回は偶然……本当に偶然レイさんとオリーブさんとセトちゃんがいたから、大きな問題にはなりませんでした。それどころか、レイさんやセトちゃんの模擬戦ではない本当の戦闘を間近で見たことを喜んでいる人すらいた始末です」


 話しているうちに、アニタが頭を押さえる。

 受付嬢……それもレイの担当であるアニタにしてみれば、今回の一件は頭が痛い出来事なのだろう。

 それこそ、頭が頭痛といった感じで。


「喜んで貰えたようで何よりだよ」

「レイさん?」


 レイの言葉に不満だったのか、アニタが頭を押さえたままでそう言ってくる。

 そんなアニタにレイが何かを言おうとすると、それよりも前にオリーブが口を開く。


「アニタも落ち着きなさい。レイの言ってることも決して間違っている訳じゃないわよ? レイの戦いを見て喜んだということは、それを見ていた冒険者達に被害らしい被害が出なかったということなんだから」

「それは……まぁ、そうかもしれませんけど」


 アニタもオリーブの言葉に不承不承といった様子だったものの、納得してみせる。

 実際、もし今回の一件で見学していた冒険者達に被害が出ていた場合、それが理由で騒ぐような者がいないとも限らない。

 ……もっとも、レイは宝箱の罠の解除や鍵の開錠を見に来るのは自由だが、もし罠の解除に失敗して被害にあっても自己責任でという風に前もって言ってあるのだ。

 ただ、今回の場合は微妙に違う。

 レイに恨みを持った者……あの狸の獣人が直接レイに恨みを持っていたのか、それとも誰かに雇われるか何かしたのかはレイには分からなかったが、とにかく宝箱の依頼を受けたと称し、意図的に宝箱の罠を発動させたのだ。

 そのような状況の中で発動した罠で被害を受けた場合、レイが前もって言っておいたからということで全員が納得するかどうかは微妙なところだろう。

 であれば、そういう状況であってもレイとセトだけで召喚された金属糸のゴーレムを倒し、それを見て他の冒険者が喜んでいたというのは決して悪い結果ではない筈だった。


「それにしても……ねぇ、アニタ。今までこういうことってあったの?」

「え? いえ、私が知ってる限りではありません。……そもそもの話、宝箱をダンジョンから持ってくるって人はいませんから」

「そうなのか? オリーブみたいに罠の解除とかの技術を持っている奴がいるのならともかく、いないのなら……そしてポーターに余裕があるのなら、見つけた宝箱を持ってきてもいいと思うけど」

「あのね、もしそういう人がいたとしても、宝箱を持ってくるよりはモンスターの素材や魔石、討伐証明部位とかを持ってきた方が儲けになるのよ?」


 オリーブの言葉には、実際にそのような経験をしてきたのか、説得力があった。

 今でこそ宝箱の罠を解除する技術はガンダルシアでもトップクラスのオリーブだが、だからといって最初からそうだった訳ではない。

 ましてや、オリーブのパーティは全員が女だ。

 今のようにガンダルシアの中でも最高峰のパーティとなるまでは、女だけのパーティだからということで多くの苦労をしてきたのはレイにも察することが出来た。

 そんなオリーブにそのようなことを言われれば……


「そういうものか」


 レイとしては、そのように答えることしか出来なかったが……


「でも、オリーブがアニタに同じようなことがなかったのか聞いたんだろう?」

「私はあくまでも私の知ってる限りの常識で言っただけだもの。私だって冒険者の全てを知ってる訳じゃないんだから、私の知らないところでそういうのが以前あったかどうかは、聞いてもおかしくはないでしょう?」

「まぁ、オリーブがそう言うのなら……それで、どうなんだ?」

「分かりません。私が知る限りではそのようなことはなかったと思いますが、私もギルドの全てを知ってる訳ではないので」


 アニタの言葉に、レイはそれもそうかと納得する。

 レイの担当になったアニタだが、ギルドでは別にベテランの受付嬢といった訳でもない。

 それなりに長くギルドで働いているが、結局それだけなのは間違いない。


「なら、仕方がないか。じゃあ、そろそろ話は終わり……」

「いえ、どうせならここで宝箱を開けていって貰えますか? この状況で外で宝箱を開けると、それはそれで問題になるので」


 そうアニタに言われ、レイはミスティリングから罠が解除――正確には発動――された宝箱を取り出すのだった。

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2024年9月22日 18:00
2024年9月22日 18:00
2024年9月23日 18:00

レジェンド2 神無月 紅 @kannnadukikou

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