4136話
オリーブの言葉に、レイは咄嗟に宝箱の側にいる狸の獣人を見る。
その狸の獣人は、オリーブの声が聞こえていたのだろう。
宝箱を調べるのを止めて、レイ達の方に視線を向ける。
当然ながら、オリーブの言葉を聞いたのはレイとセトだけではなく、この場に集まっている者の多くがその言葉を聞いていた。
そうなると、オリーブの言葉が正しいのなら、当然ながら宝箱を開けようとしている狸の獣人は誰なのだ? ということになる。
「おい、お前は……」
レイが一歩を踏み出そうとした瞬間、狸の獣人は不意に宝箱に触れる。
……あるいは、今のような状態でなければ……そして触れたのが宝箱でなければ、レイもそこまで気にするようなことはしなかっただろう。
だが、今この時……オリーブの言葉を聞いた直後にそのようなことを言うのであれば、とてもではないがレイも狸の獣人の行動を気にしない訳にはいかなかった。
そんなレイから数秒遅れ、オリーブも狸の獣人に向かって踏み出そうとし、そこから更に数秒遅れて周囲に集まっていた他の冒険者達が動こうとし……だが、その前に宝箱の罠が発動する。
そう、狸の獣人は意図的に宝箱の罠を発動させたのだ。
「ちぃっ!」
ここにいたり、レイも狸の獣人が悪戯か何かでこのようなことをしている訳ではなく、レイに対して悪意を抱き、このようなことをしているのだと理解する。
「グルルルルゥ!」
「ぶおっ!」
レイが次の行動を起こすよりも前に、セトが衝撃の魔眼を使用する。
威力はそこまで高くない――それでもレベル五になって相応に強力にはなったが――衝撃の魔眼だが、スキルの発動速度という点ではセトの持つ全スキル最速だ。
狸の獣人を吹き飛ばすと同時に、宝箱の罠が発動する。
宝箱を中心に魔法陣が広がると、そこからレイにとって見覚えのあるモンスターが姿を現す。
「金属糸のゴーレム!?」
それは、レイが今日探していたモンスターの一匹だ。
まだ一度しか遭遇しておらず、だからこそセトだけしかその魔石を使っていなかったモンスター。
「ちょっと、レイ。知ってるの!?」
「オリーブは十九階で遭遇しなかったのか?」
「……なるほど」
レイのその言葉だけで、オリーブは事情を完全に把握してしまったらしい。
「つまり、一昨日とはちょっと違うけど……同じようなモンスターを召喚する罠だったのね。そして、召喚されたのがレイが十九階で遭遇した金属糸のゴーレム? とかいう、あのモンスターな訳で」
「そうなるな。……まぁ、問題なのはそれじゃなくて……ん? ちっ、もう逃げたか」
金属糸のゴーレムが現れたことに驚き、そちらに意識を向けていたレイだったが、先程セトのスキルによって吹き飛ばされた狸の獣人に視線を向けたレイは、既にそこに狸の獣人の姿がないことに気が付く。
「そもそも、一体何だってこんなことをしでかしたのやら……後でしっかりと話を聞くつもりだったんだがな」
目論見が完全に狂った形だった。
とはいえ、今の状況を思えばまずは金属糸のゴーレムだろうと、召喚されたばかりでまだ動かない……あるいは周囲の状況を確認しているのかもしれない金属糸のゴーレムに向け、レイはミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を構える。
すると金属糸のゴーレムはレイの方に視線を向けた。
……もっとも、金属糸のゴーレムはその名称通り――レイが適当につけた名称であって、正式名称ではないのだが――その身体は金属の糸で作られている。
つまり頭部らしい部位はあっても、それはあくまでも金属糸によって頭部を模しているだけであり、本当にレイを見たとは限らないのだ。
ただ、それでも顔に見える部位をレイに向けたのは間違いない。
(というか、何で俺?)
武器を構えたからというだけでは、レイを見るということはないだろう。
何しろここはギルドの訓練場で、宝箱を開ける依頼の結果を見る為に集まってきたのは、全員が冒険者なのだから。
勿論ここは地上であって、このガンダルシアの冒険者が活動するダンジョンの中ではない。
だがそれでも、冒険者である以上は何かあった時の為に武器を持つのは珍しいことではない。
そしてレイとオリーブと狸の獣人の一連のやり取りを見ていれば、何らかのイレギュラーな出来事が起こったのは間違いなく、そして実際罠は解除されずに発動し、こうして金属糸のゴーレムが現れたのだ。
であれば、反射的に武器を構えるというのはおかしな話ではない。
だというのに、金属糸のゴーレムが見たのはレイだけで、それ以外の相手には全く興味を示した様子もない。
つまりそれは、金属糸のゴーレムがレイに対して何か……良い意味か悪い意味かはともかく、特別視していたのは間違いなかった。
「まぁ、こっちにとっては問題ないけどな。寧ろ望むところだ」
レイが持ってきた宝箱の罠から出た金属糸のゴーレムだが、それが他の冒険者に襲い掛かったらどうなるか。
一応見学に来ている者達には、何があっても自己責任ということになってはいるが……それでも、やはり人によってはレイのせいだと思う者もいるだろう。
また、周囲に集まっている冒険者達も戦って相手を倒したのだから、分け前を寄越せと言われる可能性もある。
もっとも、レイにしてみれば魔石さえ入手出来れば満足なのだが。
「セト、準備はいいな?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは勿論と喉を鳴らす。
セトにとっても、金属糸のゴーレムとの戦いはこれが二度目だ。
そうである以上、相手を警戒はするものの、不必要なまでに恐れるようなことはない。
「オリーブ、お前は?」
「この状況で、戦いに参加しない訳にはいかないでしょ」
そう言い、短剣を構えるオリーブ。
幸いだったのは、オリーブ……いや、アイネンの泉もダンジョンから出たばかりだったことだろう。
オリーブは十九階で遭遇した時と同じく、武器だけではなく防具も装備している。
つまり、戦闘をする上で十分な状態なのだ。
……もっとも、十九階の探索をして地上に戻ってきたばかりだと考えると、体力や精神力的には決して万全ではないのだろうが。
「そうか。なら……いきなりだな!?」
オリーブに対し、戦力として期待すると言おうとしたレイだったが、金属糸のゴーレムが足をバネ状にして、一気にレイとの間合いを詰めてくる。
だが、レイは以前金属糸のゴーレムと戦っており、金属糸という身体を利用して足をバネ状にするというのは、実際に体験して知っていた。
その為、突然レイに向かって近付いてきても、レイは少しだけ驚きはしたものの、焦ったりはせず、タイミングを合わせてデスサイズを振るう。
「火炎斬!」
スキルの発動と同時に、デスサイズの刃が炎に包まれ、金属糸のゴーレムの一撃と炎に包まれたデスサイズの刃が交差し……キン、という金属音と共に金属糸のゴーレムの腕が切断された。
「グルルルルルゥ!」
同時にセトがダッシュのスキルを発動し、一瞬にして金属糸のゴーレムとの間合いを詰めると、前足の一撃を金属糸のゴーレムの身体に叩き込む。
ボグン、とそんな音と共に金属糸のゴーレムは地面に叩き付けられた。
もしこれで、叩き付けられたのが金属糸のゴーレムではなく肉体を持った生き物であれば、その一撃によってあっさりと身体を砕かれ、肉片となっていてもおかしくはないような、そんな一撃。
だが……セトが間合いを詰めた瞬間に、金属糸のゴーレムは身体の構成を変化させ、脚部だけではなく胴体も含めてバネ状にしたのだろう。
セトの一撃によって激しく叩き付けられた金属糸のゴーレムは、その勢いを利用して高く跳ねる。
「ちょっ、おい! あれどうなってるんだよ!?」
レイやセトから比較的近い場所にいた冒険者の一人が、あまりにも予想外の光景に大きく叫ぶ。
もっとも、叫んだのはその男だったが、他の者達も恐らく同じような気持ちになっただろう。
セトは愛でる存在と認識する者も多いが、それでもガンダルシアにおいては決してその実力が侮られている訳ではない。
セトがグリフォンというモンスターなのは当然のようにそれを受け入れてる者が多く、その強さについても十分に周知されていた。
……実際、レイと一緒にダンジョンを攻略し、二十階まで到達するだけの実力を持っているのは間違いないのだ。
そんなセトの一撃を受けて無事などころか、その一撃の威力を利用して大きく跳ねたのだ。
それに驚くなという方が無理だった。
とはいえ……空に跳んだというのは、レイやセトにとっては決して悪くない戦闘の流れなのも事実。
「セト!」
「グルゥ!」
レイの言葉に鋭く喉を鳴らし、セトは上空に向けてクチバシを開き……
「グルルルルルルルゥ!」
セトのクチバシからサンダーブレスが放たれ、金属糸のゴーレムに命中する。
その一撃が一体どのような破壊力を持っていたのか……金属糸のゴーレムは空中で身体から煙を出しながら、動きが止まり……やがて落ちてくる。
周囲の者達がセトのサンダーブレスに唖然としてる中、セトがそういうスキルを持っていると知っていたレイは動きを止めることなく、スレイプニルの靴を使い、空中を足場に駆け上がっていく。
「ついでだ、これも食らえ。雷鳴斬!」
セトがサンダーブレスを使ったので、それに追加するようにレイは雷鳴斬を使う。
もっとも、雷鳴斬はデスサイズの刃に雷を纏わせるスキルではあるが、その威力はとてもではないがサンダーブレスに及ばない。
そもそもの話、レベル三の雷鳴斬に対しサンダーブレスはレベル八と、倍以上……三倍近いレベル差だ。
そうなると、当然ながら威力にも雲泥の差がある。
これで雷鳴斬がレベル五に達していれば、一気に強化されることによってサンダーブレスとの威力差は縮まるのだろうが、生憎とまだレベル五までは遠い。
ただ、それでもレイが敢えて雷鳴斬を選んだのは、やはりセトがサンダーブレスを使ったので、そのダメージを少しでも大きくする為だろう。
斬、と。レイの振るったデスサイズは金属糸のゴーレムの右肩から身体を切断するように、切断していき……
(え? 柔らかすぎないか!?)
予想した以上に抵抗なくデスサイズの刃が金属糸のゴーレムの身体を斬り裂いていく。
十九階でレイ達が戦った金属糸のゴーレムは、もっと強かったように思える。
それがここまであっさりと切断出来ているのは、個体差か、もしくはサンダーブレスの影響か。
手応えのなさにレイはそのように考え……
(あ)
デスサイズの刃の通り道が、金属糸のゴーレムの左胸……つまり、魔石のある場所だと気が付くが、既に遅い。
いや、レイの実力ならここからでも無理に魔石を回避してデスサイズを振るうことが出来るが、それを見た地上にいる者達が、一体何故? と疑問に思う可能性がある。
そうなったら、後々面倒なことになる可能性があったし、何より元々この金属糸のゴーレムの魔石はレイが……デスサイズが使う予定だった。
そういう意味では、別にここでわざわざ目立つような真似はしない方がいい。
……今の戦いで目立つなという方が、そもそも無理な話なのだが。
ただ、目立たないというのを不信感を抱かれないというのは、違う。
その為、レイはデスサイズの動きを意図的に変えるようなことはせず……斬、と。デスサイズの刃は雷を纏ったまま、金属糸のゴーレムの魔石を切断する。
一瞬……本当に一瞬だったが、スキルを使った状態で振るったデスサイズで魔石を切断しても魔獣術が発動するのか? といった疑問がレイの中にはあったのだが……
【デスサイズは『斬撃加速 Lv.一』のスキルを習得した】
脳裏にアナウンスメッセージが響き、レイは安堵する。
今回の件によって、魔獣術はスキルを発動したデスサイズで魔石を切断しても、きちんと効果が発揮するということが証明された。
……もっとも、レイにしてみれば今回のような特殊な例でもなければ、スキルを使って魔石を切断するといったことをするつもりはなかったが。
金属糸のゴーレムは袈裟斬りにされて切断され……地上に向かって落下していく。
レイもスレイプニルの靴を使い、何度か空中に足場を作りながら速度を落としつつ、地面に着地する。
『わあああああああああああああああああああああああああああああ!』
地面に着地したレイを、地上にいた冒険者の多くが嬉しそうに声を上げながら迎える。
(いや、別にそこまで騒がれるようなことじゃないと思うんだが。……まぁ、それでも悪くない気分なのは間違いないけど)
そんな風に思いつつ、レイは近付いてくるセトとオリーブに手を振るのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.五』『パワースラッシュ Lv.九』『風の手 Lv.七』『地形操作 Lv.七』『ペインバースト Lv.七』『ペネトレイト Lv.九』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.八』『地中転移斬 Lv.五』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.四』『火炎斬 Lv.二』『隠密 Lv.四』『緑生斬Lv.一』『出血増加Lv.二』『砂礫斬Lv.一』『斬撃加速Lv.一』new
斬撃加速:デスサイズで斬撃を使った時、その速度が増す。レベル一では一度だけ速度が一割増しになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます