4135話

 マジックアイテムをギルドで売る件についての話は終わり、改めて宝箱の罠の解除と鍵の解錠の依頼をすると、レイはいつものようにギルドの前で待っていた……訳ではなく、訓練場にいた。


「ぎびやっ!」

「ちょっ、シルス!? ええいっ!」


 レイの一撃によって吹き飛ばされた仲間に視線を向けた女だったが、振り向いた時には既にレイが目の前にいたことに気が付き、咄嗟に持っていた長剣を振るう。

 だが、反射的に振るった長剣は、特に狙いも定められた訳でもない一撃だった為、容易にレイのデスサイズに受け止められ……


「はい、終わり」


 次の瞬間には、レイが左手に持つ黄昏の槍が女の顔に突きつけられる。


「……降参よ」


 この状況からでは、何をどうやっても自分に勝ち目はないと理解したのだろう。

 女は持っていた武器を下ろし、そう告げる。


「戦闘の途中で仲間に気を取られるのはよくないな」


 女が降伏をしたので、レイも突きつけていた黄昏の槍を引き、そう言う。

 宝箱を開ける依頼をした後、レイはいつものようにギルドの前でセトとセト好きの面々が遊んでいる光景を見ていた。

 だが、そんなレイに二人の冒険者が声を掛け、模擬戦の相手を頼んできたのだ。

 普段なら面倒なことは断るレイだったが、今日は何となく……本当に何となく、特に何か理由がある訳でもないまま、二人の冒険者に頷いた。

 ちなみに二人の冒険者は最近ガンダルシアにやってきたばかりで、レイのことは知っていたものの、そこまで詳しくはなかったらしい。

 そんな訳で、半ば成り行きで模擬戦をすることになったのだが、その結果として一方的にやられることになってしまう。


「……強いわね」


 レイに黄昏の槍を突きつけられた女がしみじみと言う。

 ガンダルシアは、この辺りでは最大の冒険者の集まる場所だ。

 ガンダルシアが存在するグワッシュ国だけではなく、グワッシュ国と隣接する他の国々……いや、中には隣接すらしていない他の国々からも冒険者が集まる。

 ある意味でギルムに近い環境にあるだろう。

 冒険者の質も量もガンダルシアの方が劣っているのは間違いなかったが。

 そんな訳で、レイと模擬戦をやった二人も地元ではそれなりに活躍し、自分達の実力は十分にあると判断し、こうしてガンダルシアまでやって来たのだろうが……その実力も、レイを相手にしては当然ながら通用しなかった。

 訓練場にいた他の冒険者達にしてみれば、ある意味で当然の結果ではあったのだが、レイについてそこまで詳しくない二人にしてみれば、自分達の実力が通用しなかったことが相当悔しかったらしい。

 その後、レイが悪いところを指摘する。

 レイも冒険者育成校の教官として生徒達と毎日のように模擬戦をやっており、それが終わった後で他の教官達と共に良いところ、悪いところ、気になったところを指摘するので、この手の作業も慣れたものだ。

 そんな訳で、レイは二人に指摘をしていく。

 ……もっとも、この二人の実力はまだまだ未熟だ。

 一般的な冒険者育成校の生徒達に比べれば勝っているが、アーヴァインといったような冒険者育成校の生徒の中でもトップに位置する者と比べると明らかに弱い。

 冒険者として活動している者達が、冒険者育成校の生徒達よりも弱いのはどうなんだ? と思わないでもないレイだったが、その辺は人それぞれだろう。

 また、アーヴァインを始めとした数人が、明らかにおかしいのも間違いなかった。


「むぅ。なら、指摘されたところに注意しながら、もう一度よ!」

「分かった……って言いたいところだけど、ちょっと待ってくれ」


 やる気満々の相手だったが、レイがそれに待ったを掛ける。

 レイの視線は、自分に向かって歩いてくる一人の男に向けられていた。

 年齢的には十代後半から二十代前半といったところか。

 狸の獣人らしく、その頭には狸の耳があった。

 レイからは見えないが、恐らく腰には狸の尻尾があるのだろう。


(狸の獣人か。……珍しいな。狐の獣人なら結構見るんだけど)


 狸の獣人の男を見ていると、相手もレイの視線に気が付いたのだろう。

 レイに近付くと、ペコペコと頭を下げる。


「あんさんが、レイさんでっしゃるな?」

「……でっしゃるな? いやまぁ、俺がレイなのは事実だが」


 妙な言葉遣いに戸惑いつつも、レイは相手の言葉に頷く。

 頷きながら、微妙に嫌な予感を抱くレイ。

 このタイミングで声を掛けてきたということは、もしかして……と」


「やぁやぁ、深紅のレイさんとこうして直接話せるとはおもわんかったじゃ。えろう好天が嬉しいでんな」


 どこの方言だ?

 そう思うレイだったが、喋っている本人は自分の言葉遣いに特に違和感を抱いている様子はない。


(本気で何なんだ、この言葉遣い。方言? というか、好天ってもう夕方で夕日なんだが? また癖の強い奴が来たな)


 狸の獣人の言葉遣いに戸惑いつつ、この状況で自分に声を掛けてきたということは、恐らく……いや。間違いなく宝箱の依頼を受けたのだろうと予想は出来た。


「一応確認するが、宝箱の依頼を受けた奴で間違いないよな?」

「えろう、そうこっちゃです。宝箱については任せてくんさい」


 その言葉遣いを考えると、とてもではないが任せられるとは思わない。

 思わないが、こうしてレイに声を掛けてきたということはギルドで依頼を受けてきたのは間違いない。

 であれば、アニタから見てこの狸の獣人は信頼出来る相手なのだろう。


(どこをどう見てそう判断したのかは分からないが。……まぁ、受付嬢の能力として、この狸の獣人は問題ないと判断したのかもしれないし)


 レイにしてみれば、相手の言葉遣いに思うところはあっても、宝箱を開ける技術があるのなら何も問題はない。


「分かった。じゃあ、宝箱を開けて貰うか。今回頼むのは十九階で見つけた宝箱だ。それは依頼を受けた時に聞いてるな?」

「えろうでっせ。受付嬢から間違いなく」

「そうか。それでも依頼を受けたということは、自信はあるんだよな?」

「任せておくんなまし」

「……分かった。そんな訳で、悪いが模擬戦はここまでだ。これから十九階で見つけた宝箱を開けるからな」

「えっと、それ……見ててもいいの?」


 ダンジョンを求めて迷宮都市のガンダルシアまでくるだけあって、やはり宝箱に興味があるのだろう。

 模擬戦をしていたうち、女の方……レイに黄昏の槍を突きつけられた方が、そう聞いてくる。


「見ててもいいかどうかと言われると、それは見ても構わないが……興味本位からなら止めた方がいいぞ? もっと上の階層の宝箱ならともかく、十九階の完全に地中に埋まっていた宝箱だ。当然ながら罠があるだろうし、その罠もかなり凶悪であってもおかしくはない。一応、この宝箱を開ける依頼については見学が自由になっているが、罠の解除に失敗してそれが発動した時は自分のことは自分で対処することになるけど、それでも大丈夫か?」

「えろうすんまへん。依頼を受けたワイが言うのもなんでんが、いざってぇ時のことを考えると、やっぱり止めておいた方がいいと思いまんねんで」


 狸の獣人にそんな風に言われた二人は、不満そうな様子を見せてはいたものの、レイとの模擬戦で何も出来ず一方的にやられたということもあってか、不承不承といった様子でレイを見て頷く。


「もう私達は帰るわね。……出来れば宝箱を開けるのを見たかったんだけど、話を聞く限りだと止めた方がよさそうだしね」

「そうした方がいいと思うぞ。もっと強くなってからなら、俺も宝箱を開けるのを止めたりはしないだろうし」


 そんな言葉に、二人は落ち込みながらもレイの前から立ち去る。


「予想外だったな」

「何でっしゃろ?」


 狸の獣人は、レイの言葉に不思議そうに首を傾げる。

 狸の獣人ということもあってか、その仕草はどこかコミカルに見えた、レイはそれを気にせず言葉を続ける。


「いや、お前は宝箱を開ける……罠を解除して、鍵を解錠する自信があったから、今回の依頼を受けたんだろう? なら、あの二人に宝箱を開けるところを見せてもよかったんじゃないかと思ってな」

「若い二人ですからなぁ。勿論ワイにも自信はあるばってん、それも絶対に成功するっちわけじゃあなかよ」

「……そうか」


 何を言いたいのか、何となく分かる。

 分かるのだが、だからといってその言葉を聞いていると、それが本当に正しいのかどうか分からない。

 その奇妙な言葉遣いは、レイにとってどのように判断すればいいのか、迷ってしまうのだ。


(本人に悪気はないんだろうけど……それでも、いつまでもこのまま聞くのは辛いし、出来るだけ早く宝箱を開けて依頼を終わらせた方がいいか)


 訓練場の様子を見ると、既に結構な人数が集まってきている。

 皆が、レイが持ってきた宝箱の罠をどう解除するか、そして宝箱の中に何が入っているのかを見たい者達だ。

 好奇心からの者もいれば、少しでも自分の技量を高める為に様子を見に来た者、それ以外にも様々な理由で集まってきた者達がいる。


「おんやまぁ……こんなに集まるんでっしゃろうじゃな」


 狸の獣人の言葉に、レイはふと疑問を抱く。

 今回の依頼を受けたのだから、それはつまり当然ながらレイが今まで宝箱を開ける依頼を出していたのを知っていて、それでギルドでこの依頼を受けた筈だ。

 そしてこの依頼についてはレイが最初から宝箱の罠を解除するのを他の者達にも見せて、技量の底上げをするのを目的にしていた。

 だというのに、狸の獣人は初めてこの光景を見るかのように、訓練場に集まってきた者達を見て驚いている。


「ほなじゃっぱりと始めまっか。宝箱を頼むでんな」

「ん? ああ、分かった。ほら」


 狸の獣人の言葉に促されるように、レイはミスティリングから取り出した宝箱を地面に置く。


「せば、始めっぺしゃ。悪いんけども、集中したいんでレイさんば離れて貰ってもええんでっか?」


 レイがいれば罠の解除に集中出来ないと言われれば、レイもその場にずっといることは出来ない。

 素直にその場から離れ、いつの間にかやって来たセトの側まで移動する。


「グルゥ?」


 あの狸の獣人が宝箱を開けるの? とセトが喉を鳴らす。

 レイはそんなセトを撫でながら頷く。


「ああ、そうだ。ちょっと言葉遣いが独特というか……まぁ、うん。少し分かりにくいけど、とにかく今回はあの獣人の男に任せることになった訳だ」

「グルルルゥ」


 レイの戸惑いに、不思議そうに喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、レイがこうして微妙な様子なのがおかしいのだろう。

 レイにとっては、あの男の言葉遣いは色々な意味で理解出来ない……いや、言葉の意味は完全ではないにしろ、大雑把に理解することは出来ている。

 そういう意味では、セトの鳴き声と同じようなものなのは間違いないのだが……


(あれをセトの鳴き声と一緒にするのは、色々な意味で不味いだろ。もしセト好きの連中の耳に入ったら、一体どういう風に言われることやら)


 セト好きの面々にしてみれば、あんな言葉遣いとセトちゃんの鳴き声を一緒にするのは何事かと、そのように憤慨してもおかしくはない。

 レイもそれが分かっていたので、その件については口にすることはなかった。


「まぁ、アニタが……いや、アニタじゃないかもしれないけど、受付嬢があの男なら依頼を受けてもいいと言ったんだ。なら、そこまで心配は……ん?」


 セトに声を掛けたレイだったが、ふと近付いてくる気配に気が付く。

 それは覚えのある気配で、そちらに視線を向けると……そこにはやはり、オリーブの姿があった。


(アイネンの泉ももうダンジョンから出たんだな。とはいえ、嬉しさの類があるようには思えないから、そうなると恐らく蜃を見つけることは出来なかったってところか)


 レイに視線に気が付いたのだろう。オリーブがレイとセトに向かって歩いてくる。


「オリーブ、蜃の件は……」

「ちょっと、レイ。どういうこと!?」

「は?」


 レイの言葉を遮るように、オリーブが言う。

 それは蜃が見つからなかった八つ当たりをレイにしている……といったようなことではなく、一体何がどうなっているのか理解出来ないと、そんな様子でレイを……いや、オリーブから見ると、レイの背後にいる狸の獣人の姿を見ていた。


「何だ? もしかしてあいつのことを知ってるのか?」


 そう言えば、まだ名前も聞いてなかったな。

 そう思いながらレイはオリーブに尋ねるが、オリーブは鋭い視線でレイを見る。

 ……いや、それは睨み付けているといった表現の方が相応しいだろう。


「違うわ! 何で私が依頼を受けたのに、依頼を受けてない奴が宝箱を開けようとしてるのよ!」

「……え?」


 オリーブの口から出たのは、レイにとって完全に予想外の言葉だった。

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