4134話
「うわ、これはまた……」
ギルドで素材を出したレイに、アニタは驚きと呆れが混ざった表情でそう言う。
当然だろう。レイがカウンターに出した素材は、どれもギルドでは初めて見る物だったのだから。
最初に二十階に到達した久遠の牙を含め、他の三つのパーティも十九階は夜の砂漠ということで、しっかりと探索はせず、とにかく少しでも早く二十階に下りるのを優先した。
ましてや、砂漠という足場の悪い場所、しかも夜で光源は星と月の光だけという場所だけに、二十階に下りる階段を探すにも、戦闘は可能な限り避けるのは当然だろう。
結果として、探索がしやすい――あくまでも十九階と比べてだが――二十階のモンスターの素材はそれなりにギルドに売られるようになっていたものの、十九階のモンスターの素材は殆どギルドに売られるようなことはなかったのだが……それを変えたのは、レイが十九階で遭遇した蜃。
巨大な貝殻もそうだし、何よりボウリングの球と同じような大きさの真珠が蜃から出たのだ。
それを知ったアイネンの泉……そして恐らくは久遠の牙以外のパーティも、自分達も蜃を倒す為に十九階の探索を始めた。
とはいえ、それもあくまで今日からだ。
そんな中でレイがこうして十九階のモンスターの素材や、大量に倒したアリジゴクや蝙蝠の魔石を持ってきたりしたのだから、アニタがこうした態度になるの当然のことなのだろう。
「ギルドとしても、悪くはないだろう? まぁ、ギルドの方で具体的にどういう素材として使うのかを調べたりするのは大変だろうけど」
「……レイさんがそういうのを教えてくれたらいいんですけどね」
「無理を言うな、無理を。ドワイトナイフは自動的に解体して素材を出してくれるが、その素材をどういう風に使うのかまでは分からないんだ。ギルドの方にそういう……素材辞典みたいなのはないのか?」
「ありますけど……レイさん、忘れてませんか? 二十階まで到達したのはつい最近なんですよ?」
実際には既に久遠の牙が二十階に到達してからある程度の時間は経っている。
しかし、迷宮都市が出来てからの年数を思えば、つい最近どころか、まだ二十階に到達したばかりと言っても間違いではないだろう。
「アニタの言いたいことは分かる。けど、別にこのギルドだけじゃなくて、他のギルドに協力して貰うといった手段もあるだろう?」
一定以上の大きさを持つギルドには、基本的に対のオーブがある。
そしてこのガンダルシアのギルドもその一定以上の大きさで、当然のように対のオーブは存在していた。
そうである以上、ギルド同士で連絡を取り合うことが出来るのだから、他のギルドに情報を求めるといった手段もあるだろうとレイには思える。
「そうですね。その方法もあるとは思います。ただ、情報を求めるとなると、それはつまりこのギルドでは独力でその情報を入手出来なかったということで……その、ギルドによっては下に見てくる人がいるんですよ」
「あー……うん、そういうのもいそうだよな」
困った様子で言うアニタに、レイも納得した様子を見せる。
レイは今までそういう現場を見たことはなかったが、ギルドマスターもそれぞれだ。
情報を求めればあっさりと話したり、自分のギルドに情報がないか探したりする者もいるかもしれないが、中には情報を求めてきた相手を下に見る……いわゆる、マウントを取るようなことをする者がいてもおかしくはなかった。
また、ギルドマスター同士の関係もその辺には影響してくるだろう。
そういう意味で、まずは自分達でどうにかしようと考えるのは、レイにとっても納得出来ることだった。
……今回の場合に限っては、いきなり未知の素材が大量に持ってこられたので、こうして驚くようなことになってしまったのだが。
「その、素材の金額の方ですが、こうして未知の素材となると……取りあえずで代金を出しておきますが、明日以降に追加で代金を支払うことになると思います」
「分かった」
これが、例えばギルドがレイから素材を可能な限り安く買い叩く為に今のようなことを言ってるのなら、レイもその言葉を素直に受け入れることはなかっただろう。
だが、ガンダルシアのギルドはレイに友好的だというのは分かっていたので、素直に受け入れたのだ。
ガンダルシアのギルドにしてみれば、ここでレイと敵対するのは百害あって一利なしだ。
……いや、レイの力を思えば、百害どころではなく千害、万害あって一利なしといったところだ。
異名持ちのランクA冒険者というのは、それだけの存在なのだから。
もっとも、ガンダルシアのギルドにしてみれば、それ以外にも冒険者育成校の学園長であるフランシスがレイを特別に教官として招集したのだ。
そんな相手に不誠実な対応をした場合、痛い目に遭うのは間違いない。
レイもその辺りについて理解しているので、アニタの言葉に素直に同意したのだ。
「素材については分かった。追加の代金を楽しみにしてるよ。……それで次にだが、いつものように宝箱を開けられる人を募集したい」
そうレイが口にした瞬間、アニタの表情は驚きに染まる。
「えっと、レイさんは今日十九階を……夜の砂漠の階層を探索したんですよね? そこには宝箱があったんですか? いえ、ダンジョンである以上、宝箱があるのは不思議でも何でもないんですけど。ただ、それでも……」
「言いたいことは分かる。実際、普通の場所にあった訳じゃないし」
「聞くのが少し怖いんですけど、普通じゃない場所というと、一体どこにあったんですか?」
これでレイがオアシスに置かれていたとか、砂の上にあったと言えば、アニタも納得しただろう。
しかし、レイが口にしたのは……
「砂の中だな。地中だ」
「……二十階の時もそういう宝箱を見つけたと言ってましたが、それと同じ感じですか?」
「いや、二十階の宝箱は宝箱の一部が出ていた。今回は完全に砂の中に埋まっていた」
「一体、どうやってそんな宝箱を見つけることが出来たんです?」
セトのスキルだよ。
そう言おうかと思ったレイだったが、別の言葉を口にする。
「日頃の行いがいいからな」
「……本気で言ってます?」
ジト目……それこそ究極のジト目と評しても間違いではない、そんなジト目をレイに向けるアニタ。
レイのことを知っていれば、その言葉の信憑性が著しく低いと理解出来てしまうのだろう。
レイも別に本気でそのように口にした訳ではない。
だが、それでもここまで徹底的に否定されるのは、レイにとっても思うところがあったのは間違いない。
「本気で言ってるけど、何かおかしかったか?」
「……レイさんがそう思うのなら、そうなんでしょうね」
レイさんの中では。
そうアニタが言葉を続けたように思ったレイだったが、この件について深く突っ込むと、それはそれで藪蛇になりそうなので、その件については気にせずに話題を戻す。
「それで、宝箱の件だけど、どうだ?」
「ギルドとしては問題ありません。ただ……二十階の宝箱の件を思うと、引き受ける人がいるかどうかは微妙なところですよ?」
「……だろうな。ただ、それでもその手の技術がない俺としてはそういう風に募集するしかない訳だけど」
レイに罠を解除し、鍵を解錠する技術があれば、あるいは宝箱は自分でどうにか出来るかもしれない。
だが、生憎とレイにはその手の技術はない。
(いっそ、スキルでそれっぽいのとか習得出来ればいいんだけど……どういうモンスターの魔石なら、そういうスキルを習得出来るんだろうな? やっぱり宝箱の関係だと、ミミックとかそっち系のモンスターとか?)
そう思うも、自分が習得したいスキルをすぐに習得出来るという訳でもない。
あくまでもレイやセトに出来るのは、魔獣術に影響を与えるモンスターの特徴から、それらしいのを選ぶといったことしか出来なかった。
……そうしたところで、完全に予想外のスキルを習得したり、レベルアップしたりすることも珍しくはないのだが。
「レイさん? 宝箱の件ですが……」
「一番可能性が高いのはオリーブか」
ここでオリーブの名前が出たのは、確実に二十階に到達しているとレイが認識出来ている人物で、実際にレイがダンジョンから持ち出した宝箱の多くを実際に開けたという実績があるからこそだ。
「そうですね。これまでのことを考えれば、やはりオリーブさんが一番可能性が高いかと」
「……だろうな。ただ、俺がこうして名前を出しておいてなんだが、オリーブは恐らく難しいと思う」
「え? 何故です? オリーブさんが一番可能性が高いというのは、レイさんも納得してることでしょう?」
「普通……というのはどうかと思うが、あくまでもオリーブが俺の依頼を受けてくれたのは、オリーブが暇だったからだ。けど、今日俺は十九階でオリーブに……アイネンの泉に遭遇している」
十九階でオリーブと会ったというレイの言葉に、あー……とアニタは納得したように声を出す。
アニタも昨日レイがオリーブに蜃から出てきた真珠を見せたのを知っている。
そしてアニタが知っているオリーブの性格を考えると、自分達も巨大な真珠を手に入れようと考え、十九階の探索をしてもおかしくはない。
(さっき、それっぽいことを言ってたし)
アニタはレイを見ながら、そうなると……と次の候補を探す。
レイが宝箱の件でギルドに依頼をするのは、ここ最近では一種のイベントになっている。
何しろ、ダンジョンの深い階層……多くの冒険者がまだ到着しておらず、一握りの冒険者だけがどうにかして到着出来る階層から持ってこられた宝箱なのだから、興味を持つなという方が無理だった。
ましてや、レイは宝箱を開ける依頼を出す時に、それを見学自由とし、どういう宝箱があり、どういう罠があるのか、そしてどうやってその罠を解除するのかといったことを、隠さず見せるというのを条件にしてるのだから。
宝箱の中身が気になるという者以外にも、罠の解除や鍵を開ける技術を見て盗もうとする者も多くが見学にくる。
そういう意味で、多くの者達が集まるレイの依頼は、ギルドにとっても冒険者にやる気を出させ、技量を上げるという意味で美味しい依頼なのは間違いなかった。
「そうなると、もしアイネンの泉がもうダンジョンを脱出していても、オリーブさんがレイさんの依頼を受けるかどうかは難しいのでは?」
「それも否定は出来ない。……ただ、それでもオリーブなら依頼を受けるかもしれないし、オリーブじゃなくても依頼を受ける者がいるかもしれないだろ」
「……オリーブさん以外でも、それでもしっかりとした実績のある人ならいいんですが」
「もしくは、以前俺の依頼を受けてくれた、宝箱の罠の解除や鍵の解錠が出来るマジックアイテムを持ってる連中だな。……あの手のマジックアイテムを、ギルドで扱ってくれると俺としては嬉しいんだけど」
「無理を言わないで下さい、無理を」
「そうか? もしギルドでそういうマジックアイテムを売ったら、俺は間違いなく買うぞ。それこそ買い占めるかもしれない」
レイの言葉は冗談でも何でもない。
もし本当にギルドで宝箱の罠の解除や鍵の解錠が出来るマジックアイテムが売りに出されたら、恐らく……いや、間違いなくレイはそれを買い占めようとするだろう。
「あのですねぇ……そもそもそういうマジックアイテムがあっても、ギルドで売れるくらいに大量に入手出来ると思いますか?」
「錬金術師に作って貰うとか?」
「……腕の立つ錬金術師でも、そう簡単には作れないでしょう。それもギルドで売れるくらいに大量にとなると、一体どれだけ錬金術師が必要になると思います?」
「まぁ、かなりの量なのは間違いないだろうな。けど、挑戦する前から諦めてどうする? 現実にそういうマジックアイテムが存在する以上、作れないってことはないと思うが?」
「言いたいことは分かりますけど」
「それに、ギルドにとっても収入を増やすチャンスなのは間違いないと思うが?」
レイが冒険者育成校の敷地内に預けた、蜃の貝殻。
それにちょっかいを出そうとした商人は、ギルドにとっても依頼を受けたり、資金援助をして貰っていたりと、容易に切り捨てられる相手ではない。
だが、ギルドできちんと金を稼げるようになれば、そのような相手に配慮をする必要もなくなる訳で……そうなれば、ギルドにとっても助かる事なのは間違いなかった。
「それはそうですけど……ただ、何度も言うようですが、ギルドでそのようなマジックアイテムを売れる程に集めるのはまず無理です。まぁ、レイさんがそこまで言うのなら、一応上に提案してみてもいいですけど。多分、却下されますよ?」
アニタの言葉に、レイはそれでも一応頼んでみてくれと、そう言うのだった。
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