第5話 最後の映像を再生しますか?
……あー、あー。大丈夫かな? ……よし。はい、こんにちは。キミの愛しい恋人、天崎花火です。
キミがこのメッセージを見ているということは、多分そういうことなんでしょう。残念なような、分かりきっていたことのような。
いやー、それにしてもよ。ある意味で定番の『この映像が届く頃には、私はもうこの世にいないかも』なんて台詞、自分で口にすることになるなんてね。
キミは怒るのかもしれないけど、少しばかり感動している私がいる。人生で一度は言ってみたい台詞、ベスト5ぐらいには入ってたからね。
……さて、前置きはこれぐらいにしておくよ。正直な話、こうして口を動かしているのもちょっと辛いんだ。
それじゃあ本題。私がこのメッセージを、わざわざキミに残した理由ね。
まず単純にお礼。去年の夏に白血病を宣告されてから、キミはずっと私と寄り添ってくれた。それが本当に嬉しかった。
だってそうでしょう? キミは、まあ私もだけど。余裕で若者の範疇。キミの人生だってまだまだ長い。
結婚すらしていない、それでいて重病を患った恋人なんて、キミの人生では重しでしかないはずなのに。別れる選択肢だってあったはずなのに。
キミはそれをしなかった。キミの負担になりたくないからと思い詰めて、『別れよう』って提案した私を怒鳴ってくれた。思いっきり抱き締めてくれた。……っ。ゴメン……思い出しちゃった。
っ、ともかくさ。キミのあの行動で、私はとても救われたんだ。最初は自分の人生を呪ったけれど、それでも頑張って生きようって、あの瞬間に思うことができたんだよ。
抗がん剤治療は辛かった。多分、キミがいなければ折れてた。あまりにも苦しくて、何度もキミに当たっちゃって。それでも……っ、キミは怒らずに受け止めてくれて。
半年後に退院できた時は、一緒に笑いながら泣いちゃったよね。あの時のキミの表情は、今でも鮮明に思い出せるよ。
そして退院してからも、キミは私の我儘を出来る限り叶えてくれた。食べ物やゲーム。入院中じゃまったくできなかったそれを、私の健康に気を遣いながらも与えてくれたでしょ。
デートの提案もそう。外出が得意じゃないにも拘わらず、キミは積極的に私の提案に頷いてさ。馬鹿みたいな強がりにも、ウザがらずにノッてくれて。
……正直な話さ、あの提案の時には、もうなんとなく分かってたんだよ。女の勘って奴? 自分の身体のことだったし、多分『また』なるんだろうなって。
だからさ、それまでになんとかキミとの思い出を作ろうって、私は躍起になってたんだよ。焦ってた。っ、でもキミは、そんな私の不安を掻き消すように、ずっと優しく寄り添ってくれて……!!
──ああ、駄目っ。本当は、こんな姿見せたくないのに……大切なメッセージだから! 泣かないって決めてたのに……!!
死にたくないっ。死にたくないよ……!! ずっとキミといたい! 大好きなキミの隣で、一生笑っていたかった!! まだまだキミとやりたいことがいっぱいあった!! 旅行だっていきたかった! 結婚だってしたかったし、赤ちゃんだってほしかった!! お婆ちゃんになって、のんびりキミの隣でお茶とか飲んだりしたかったもん!!
でも駄目だった……! 予想通り病気はまた再発したし、治療も上手くいかなかった! 頑張ったけど……キミに励まされて、っ頑張ったけど、やっぱり私は死んじゃうんだ……!!
──っ、ゴメン。ゴメン……! こんなことを伝えたいんじゃないの。落ち着く、落ち着くからっ。ちょっと待って……キミには、どうしても伝えなきゃいけないことがあるの!!
……駄目だ。駄目だっ。涙が止まんないっ。大事なことだから、最後だろうか、カッコつけたかったのに……。
でも仕方ない、このまんま伝える。もう涙で前が良く見えないけど、変な顔になっちゃってるけど。これ以上はね、言葉にすらできそうにないから……!
っ、いくよ。しっかり聞いてね。そしてちゃんと受け止めてね。
──春の桜は綺麗だった! 一緒に歩いたあの道は、今でもしっかり憶えてる。空を舞う桜の花弁、その一枚だって忘れない!!
──夏の花火大会は楽しかった! 屋台の料理はとっても美味しくて、私の健康を気にしてはいたけれど、キミも花火を眺めながら美味しそうに食べてよね!!
──秋は毎日が嬉しかったよ! 病気が再発しちゃって、また闘病生活に逆戻りしちゃったけど! それでもキミは私を甘やかして、沢山励ましてくれた! それがなにより頼もしかった!!
──冬は勇気をもらえたよ! 結果はこんな風になっちゃったけど、それでもキミの言葉は支えになった。あの雪の日、二人の未来を夢見てくれたことは、本当に本当に救われた! まだ頑張ろうって思えたんだ!!
──だから、だから!! こんな表情ではとても信用できないだろうけどっ、私の人生はとても幸せでした!! 死ぬのは嫌だけど、凄く凄く嫌だけど! それでもキミとの恋人生活は、私の人生の宝物だから!! 私はこれで満足だから……!!
──っ、!! キミは、キミの人生を生きて!! 私はもう隣にはいれないから、どうか私のことを思い出の中にしまっておいて! 私はキミが大好きだからさ、忘れてとは言えない。そんなことは言いたくない。……それでも、それでもっ!! やっぱりキミが好きだから、キミにはちゃんと前を向いて生きてほしいの!!
──こんなこと、言いたくないけど! でもキミは、私のことが大好きだから! 絶対に落ち込んじゃうんだろうから、今から私はキミの背中を叩きます!!
──ちゃんと新しい恋をして! それだけじゃない。結婚して、子供を作ってさ!! 最後には子供だけじゃなくて孫までいて、皆に囲まれながら眠るように息を引き取る。キミにはそんな人生を歩んでほしい!!
──私のことは気にしなくいいから! たまにお墓参りにきてくれれば、それで私は満足だから!!
……っ、これで、伝えたいことは、全て言い終えましたっ。NOという言葉は、受け付けません。……絶対だよ。約束だよっ。私にっ、ここまで言わせたんだから、引きずるようなことは、本当に許さないんだから……!!
私は、花火。この名前は、今この時のためにあったんだと思う。……これを言うと、多分はお母さんはっ、泣いちゃうから。だから、内緒ね……。
私は、花火みたいに、キミの思い出に焼き付いてっ、それで消える。私と過ごした日々を、綺麗だって時折振り返るだけでいいの。それでいいから、それだけで十分だから。
……だからね、バイバイ。私は、一足先にドロンしますっ。追っかけてくるのは駄目だよ? 早くこっちにきても怒るから!
あ、ちょっとだけ待って。コレだけは、言いたいの。とびきりの笑顔で、伝えたいの。
──キミと出会えて良かった。辛いこともあったけど、特にこの一年は本当に幸せでした。私は、キミのことが世界で一番大好きです。
スピーカーから始まる春夏秋冬〜そしてキミは、僕の花火になったんだ モノクロウサギ @monokurousasan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます