どうしようもない、悪い先輩。
第二会議室では数名の生徒達とジャージ姿の男性教師が話し合いをしていた。引き戸を開け、美悠が入室する。
「遅れてすみません」
「いいよ。鷹村から聞いたから」
頭を下げる美悠に男性教師が微笑む。美悠は微笑み返しつつ早足で鷹村と同じ長机に座った。
「すみません」
「おつかれ」
小声で謝罪する美悠にねぎらいの言葉をかけ、鷹村は美悠にプリントを手渡す。丁寧な動作でプリントを受け取ると、美悠は姿勢を正して前を見た。
「……」
鷹村は数秒美悠の横顔を眺めていたが、すぐに教師のいる前黒板へと体の向きを戻した。美悠が委員会会議に集中しようとした次の瞬間、鷹村は暴挙に出る。机の下できちんと重ねられた美悠の片手を己の手で握ったのだ。美悠は驚いて鷹村を見たが、当の鷹村は何事もないかのように前黒板を見ていた。様々な思考にからめとられ、うろたえる美悠の耳に男性教師の声が入り込む。
「駒木、どうした」
「え、え? えっと、なんでも、何でもないです……」
男性教師の言葉の意味をやっとのことで飲み込みながら、美悠は懸命に口を回した。
「走ったから疲れてんだろ。顔真っ赤」
「あ、ああはい。そうです」
笑いかける男性教師に微笑み返しながら、美悠は鷹村の手を振りほどこうと悪戦苦闘していた。しかし鷹村の方が圧倒的に力が強く、それは叶わない。
「じゃあ駒木に読み上げてもらおうか。中等部のとこ。はい立って」
「は……はい」
男性教師の言葉につとめて冷静に返答しながら、美悠はなんとか鷹村の手を振りほどこうとした。結果は変わらず、美悠の焦りばかりが募っていく。いつまでも立ち上がらない美悠の様子に、男性教師が首を傾げた。
「駒木?」
「あ、あの」
美悠はぱくぱくと口を開いたり閉じたりするしかない。抵抗をやめた美悠の手を、鷹村はそっと離した。
「大丈夫か?汗すごいぞ」
「あ、結構ほんとに、走ったから……」
キョトンとする男性教師に美悠はへらへらと微笑む。席を立つために美悠は椅子に手をかけた。その際、鷹村の足を思い切り踏みつける。
「いっ……」
不意に漏れた鷹村のうめき声に、男性教師はまた首を傾げる。
「どうした」
「なんでも、ないです」
痛みに顔を歪める鷹村からぷいと顔を背け、美悠はプリントを読み始めた。
同刻。同じく特別棟の一画、第二音楽室の前に佐倉紘は立っていた。引き戸の前で辺りをキョロキョロと見回す。人気がないのを何度も確認し、紘はゆっくりと深呼吸した。引き戸を三回ノックする。鍵の開く音を聞くと、紘はゆっくりと引き戸を開けた。教室に足を踏み入れ、後ろ手に丁寧に閉める。引き戸に鍵をかけてから、紘は目の前の人物の名前を呼んだ。
「
紘の唇に自分の人差し指を当てて言葉を遮ったのは、高等部の制服を身にまとった女子生徒だった。
「名前で、呼んで?」
とろんとした顔で紘は女子生徒を見上げる。
「
天音と呼ばれた女子生徒は花がほころびるように微笑んだ。
「大好きよ。紘……」
告げながら天音は紘の唇へと口づける。
美悠も、そして紘も、こらえ性のない先輩と付き合っている。悪い先輩というものは往々にしているものなのだ……男女問わず。
悪い先輩。 ノザキ波 @nami_nozaki
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