男神

ちびゴリ

第1話 

 買わなきゃ当たらない。しかし、買ったところで当たらない。


 そんなフレーズをよく耳にし口にした。もちろん宝くじのことだ。どうせ当たらないんだからと投げやりの態度を装ってみたところで、あわよくばと、この販売所に並ぶほとんどの人間が考えているに違いない。夢を買うとはよく言ったものだ。


 北風が吹き抜ける中、俺は今年も年末ジャンボを買うために、片側二車線の通り沿いにある小さな建物の前に並んでいた。いわゆるチャンスセンターという場所だ。


 人によっては高額当選が出た売り場までわざわざ足を運ぶという話を聞いたことがあるが、当たらないやつはどこへ行っても同じ。それが俺の持論で無駄な交通費で懐をさらに痛めることはしない。


 買うのは年二回、夏と冬だ。とはいえ、今年の場合はなぜか気乗りがしなかった。

おそらくまた三百円。いくら買い続けても籤運だけはと諦めの色が滲んで来ていたのかもしれない。


 数人前のスーツを着た男性が手際よく店員に告げ、スッとそれを手にすると内ポケットに押し込むようにして足早に歩き始めた。仕事の合間なのかどこか忙しそうに売り場の脇の狭い通路から駐車場に向かって行く。


 特に気にしたわけでもないのだが、何気に目で追っていた俺は目を見開いた。男性の足元に何かが落ちたのを見たからで、すぐにそれが先ほどの宝くじだとわかった。

追いかけて声を掛けようと俺は歩き始めたが、結局黙ったまま辺りを伺うように腰を下ろしそれを自分のポケットにしまい込んだ。


 落とすやつが悪い。どのみち蓋を開けたところで三百円。体裁の良い言い訳を口にしながら俺は家路へと向かった。


 だが、俺は年明けの朝刊を見て愕然とした。


 当たっている。二等の一千万だ。


 何回、いや何十回と見直した。呆れたような家族にこれ見よがしと目の前に突き付けて笑った。当然、拾ったことは黙っていた。考え続けて出来なかったリフォームをし、憧れだったBMWも購入。まさに棚から牡丹餅だ。


 運が巡ってきた。ひょっとしたら次は一等が当たるかもしれないと、Tシャツ姿の俺はサマーを買いにあの売り場に向かった。年末ほどの人は無く俺の前にいるのは一人だけ。


 そう思った時、ワイシャツ姿の男性が目に留まる。特徴のある髪型にすぐにピンときた。あの時の男性。いうなれば幸運の男神おがみだ。


 この日は余裕でもあるのか、駐車場の隅の喫煙所で煙草を吸い始めた。煙草をくわえながら近づく俺の顔を見て軽く会釈をした。今しがた顔を見たからだろう。


「よく買われるんですか?」何気なく俺は話を切り出した。


「ええ。そういえば年末もお見掛けしましたかね」


 どうやら男性も俺を覚えていてくれたらしい。


「買ったところで七等ばかり。おまけに年末は買ったものを落としてしまって、まったく間抜けな話ですよ」そう言って男性は苦笑した。


 俺は適当に話を合わせながらも、男性から漂う品の良さから金に困って買っているのではないと想像した。だからどんな車に乗っているのかとBMを転がしながら視線で歩く彼を追った。前を見つつもチラッチラッと顔を向ける。あのレクサス…その前のベンツか。男性が車に近付きかけた時、もの凄い衝撃と共に俺の記憶はプツリと途切れた。


 意識を取り戻したのは病院だった。


 注意を男性に奪われすぎて、知らぬ間に二車線の道路に出てしまったらしい。そこへ大型のトラックが来たと警察から聞かされたが、全くもって覚えていない。悪いことは重なるようでシートベルトも忘れていたようだ。そのためしばらく生死の境をさ迷っていたとも聞いた。


 それでも無事に退院した俺は女房に頼んであの売り場へと出向いた。


 時折、枯れ葉がカラカラと音を立てていた。列に並ぶと買い終えたばかりのスーツの男性と目が合った。そして驚いたように俺に近付いてきた。


「どうなされたんですか?」

「いや~ちょっと事故を起こしましてね」


 男性は気の毒そうに車椅子に座る俺を労ってくれた。


「悪いことがあった後は良いことが起こりますよ」


 軽く笑みを浮かべると男性は紅白の袋を俺に見せる。


 だが、俺の考えは違った。これは天罰なのだと。

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男神 ちびゴリ @tibigori

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