俺の初めての女友達が色々とすごいんだけど、もしかしてスパイかもしれないなんて誰にも言えない

陽咲乃

第1話

 高校に入学してすぐ、女子とまともに会話もしたことがなかった俺に女友達ができた。

 

 彼女の名前は古賀舞花こがまいか。俺の左隣の席だ。

 意志の強そうな瞳をした舞花は、初めから馴れ馴れしかった。


「お隣さんやね。よろしく! あたし古賀舞花」 

「あ、俺は柄本雄介えもとゆうすけ

「田舎から出てきたばっかりやけ、色々と教えてくれる?」

 

 少し訛りがあるのが可愛い。


「いいけど……田舎ってどこ?」

「九州の山ん中。そこに住んどるじいちゃんとばあちゃんちに預けられとったんやけど、高校からはお父さんと一緒に住むことになったんよ」

「へえ、そうなんだ」

「小さい頃からずっとそこに住んどったけ、こっちに来てからはびっくりすることばっかしなんよ。山がどこにもないし、人はいっぱいおるし」

 

 舞花の純粋に驚いている様子が面白かった。


「ははっ、確かに山は見えないね。人も多いし。こんなとこ嫌かな?」

「まだわからん。これから好きになるかもしれんし」

 

 彼女がにひっと笑うのを見て、好きになってくれるといいなと思った。



 古賀舞花は面白い子だった。当たり前のことにいちいち反応する。たとえば英語の授業の前に、

「ねえねえ、外国語の授業って英語だけ?」

「そうだけど」

「良かった。これ以上外覚えるのもめんどくさいと思ってたんだあ」


 よくわからないけど、高校では第二外国語を習うと思ってたのかな? 

 田舎だと先生の発音もあまり良くないだろうから、英語が苦手なのかもしれない。


「大学では第二外国語を習うけど、自分が覚えやすそうな言葉を選べばいいよ」

「自分で選べるの⁉︎ 凄いね!」


 どうも感心する部分がズレてる気がする。田舎に住んでたからなのか?

 

 そんなことを考えていたのに、英語の授業で驚かされた。

 先生に当てられた舞花が教科書の長文を読んだのだが、まるでネイティブのような完璧な発音だった。


「まあ、とても綺麗な発音ね。古賀さんは帰国子女だったかしら?」

 先生が目をぱちくりさせている。


「いいえ。田舎で先生に鍛えられました」

「そうなの? 学校の授業だけでこんなに……素晴らしい先生ね」


 わたしも負けられないわと先生は呟き、その日の授業は今までにないハイテンションで行われた。


 体育の授業も同様だ。

 舞花は校庭を何周走らされても、まったく息が上がらず平然としている。しかもダントツで速いので他の生徒たちを周回遅れにした。


 体育の先生が、「古賀は陸上部だったのか?」と聞いた。

「いえ、田舎で先生に鍛えられました」

「そうか。速いだけでなく、これだけ綺麗なフォームを身につけさせるなんて……良い指導者だったんだな」


 この流れは……クラス全員が予感した。

 そして予想通り、やる気に火をつけられた先生による熱血指導が始まった。


 『この子、何者なんだ⁉︎ 正直、迷惑‼︎』

 と誰もが思った。


 今どきは田舎の方が教育が進んでいるのか? 

 いや、そんなばかな。彼女が特別なのに違いない。

 そんな風に思ったクラスの女子たちが、舞花を取り囲んで聞いた。


「古賀さんの行ってた中学って、進学校だったの?」

「ううん。普通の学校やったよ。小学校も中学校も一つしかないから、同級生もずっとおんなじ顔ぶれやった」

「じゃあ、古賀さんが特別優秀だったんだね」

「まさか! 成績なんてクラスで真ん中より下やったよ」

 

 ええー、嘘だあと声が上がる。


「ほんとほんと。英語と地理は得意なんやけど、理数系は全然ダメなんよ」


 舞花の言った通り、数学も物理もひどいありさまだったので、クラスメイトたちはちょっとほっとしたようだ。もともと人懐こくて明るい彼女は、すぐにクラスに馴染んでいった。

 それでも、俺たちの友情は変わらず、放課後にハンバーガーを食べに行ったり、休日に一緒に映画を見に行ったりした。


「お母さんは、あたしが二歳のときに死んじゃったの。お父さんはイギリスにある大使館に勤務してたから、お母さんの実家に預けられたんだって。でも、おじいちゃんもおばあちゃんも優しかったし、友達もたくさんいたから、そんなに寂しくなかったんよ」

 

 舞花が健気に笑うから、そっかと俺も不器用に笑ってみせる。

 

 二人で話しながら歩いていると、前から来た人にぶつかった。よけたつもりだったのでおかしいと思ったが、一応すみませんと謝った。


「いって! ああ、骨折れたかも」

「おいおい、大丈夫かよ。ひでえなあ。治療費くらい出してもらわないとな」

 

 なんだか大げさに騒いでるけど……あれ? これってもしかして恐喝きょうかつ


「こら、ぼけっとしてないでなんとか言え!」

「あ、すみません。恐喝なんて初めてのことで」

「なんだと、こら!?」


 ぶつかってない方の男にいきなり胸倉を掴まれた。

(やばい。舞花もいるのにどうしよう)


 舞花だけ逃がす。大声で助けを呼ぶ。どうにかして二人で逃げる。

 色々な選択肢が頭に浮かんだが、舞花が俺の胸倉を掴んでいた男の腕をねじりあげたのは予想外だった。


「わたしの友達になんしよっと!」 

「いてっ、離せよ!」

「ちょっとこっち来て」

 舞花は、人気のない方へ男を引きずって行く。

「あ、雄介はちょっとここで待っとってね」

「でも」

「お願い。すぐ済ませるから」

「……わかった」

 

 その目つきと迫力に圧倒され、俺はうなずいてしまった。

 恐らく彼女は強い。俺がいても邪魔なだけだろう。だけど相手は男二人だぞ。彼女だけに任せてもいいのか?

 おろおろしながら待っていると、ものの数分で舞花が戻ってきた。


「大丈夫か!?」

 乱暴された形跡がないか、舞花の全身をあちこちチェックする。


「あはは、どこ見よると。大丈夫。話せばわかる人たちやったよ」

 舞花がにこりと笑う。


「そうか、なら良かった」

 彼女の袖口に血がついていたが、本人のものではなさそうなので見なかったことにする。


 お礼にアイスコーヒーを奢り、飲みながら歩いていると、外国人の女の子が泣いているのを見つけた。

 迷子だろうか?


「えーっと、メイアイヘルプユウ?」


 金髪、碧眼の子どもに片言の英語で話しかけると、聞いたことのない言葉が返ってきた。

 英語じゃないのか。どうしよう、交番に連れてくか……。


「ズドラーストヴィチェ」


 俺の隣にいた舞花が何語かで話しかけた。

 女の子はぱあっと明るい表情を浮かべ、必死に何かを訴えている。ママという単語だけ聞こえた。

「イジョム」

 舞花は女の子と手をつないで、

「その先のレストランにいたらしいから、行ってみよう」

「おお……」


 凄いな。俺には魔法使いが唱える呪文にしか聞こえない。

 レストランの前で、女の子の両親と思われる人たちが騒いでいた。

 女の子がママと叫んで走って行く。


「スパシーバ!」

 何度もそう言う家族に、俺たちは手を振って別れた。


「あの、舞花さん?」

「なんで敬語なん?」

「さっき喋ってたのって何語?」

「ロシア語だよ」

「へえ……何でロシア語が話せるんですか?」

「だから何で敬語なん。学校で習ったに決まっとるやろ。雄太はロシア語習わんかった?」

「習ってないっす」

「うちは小中で、英語と中国語とロシア語を習ったけど、都会は違うんやねぇ」

 

 なんか勘違いしてるけど……いや、小も中も英語だけだし!


 いったい、どんな学校に通ってたんだ?

 九州の山の中にある学校で、三か国語の言語をマスターし、超人的な体力と格闘技を身につけている。

 これが映画なら、まるでスパイの養成所だ……はは、まさかだよな。お母さんの実家って言ってたし……うん。深く考えるのはやめよう。


 舞花と一緒にいると凄く楽しい。深く追及することで彼女を失うくらいならこのままでいい。

 無事に高校生活を乗り切って、舞花と一緒に卒業するんだ!



 それからも舞花は、プールで50メートル息継ぎなしで泳いだり、外国の地理を克明に記憶していて教師を驚かせたり、跳び箱を限界まで重ねて軽々と飛んだりしている。


「そんなに目立って大丈夫なのか?」

 俺がこそこそと耳打ちしても舞花はきょとんとしている。

 

 普段は目立たないようにするのが鉄則じゃないのか? みんなにばれたらどうするんだ!

 俺の方がハラハラして身が持たない。


 

 二年になってクラスは分かれたが、俺と舞花は相変わらずつるんでいた。

 俺たちが付き合ってると勘違いしているやつもいるくらいだ。

 もちろん、そんなことは一切ない。ほんと、まったく、全然……言ってて悲しくなるほど。

 

 試験前、舞花の家で勉強していると、舞花のお父さんが帰ってきた。

「こんにちは。お邪魔してます」

「ああ、いらっしゃい」


 もう何度か顔を合わせているので緊張しなくなったが、舞花パパは迫力のあるイケオジだ。今は霞が関にある外務省に勤務しているらしい。

 舞花が夕食の支度をしているあいだ、舞花パパとお喋りする。いつものパターンだ。


「どうかな、あの子は? 学校で浮いてないかな?」

「浮いてな、くはないけど、それなりに馴染んでますよ。性格がいいから人気あるし」

「そうか、それならいいんだが」

 舞花パパはほっとしたように微笑む。


「あの、舞花さんの行ってた学校って、奥さんも通ってたんですよね?」


「ああ、そうだよ」 


「じゃあ、やっぱり奥さんも運動神経とか語学力とか、秀でてたんですか?」


「そうだね。わたしと妻が初めて会ったのはローマで、わたしの財布が擦られたのに気づいた彼女が、スリを捕まえてくれたんだ。あのときの彼女は本当に恰好良かった。美しいイタリア語を話す彼女を、わたしはその場でデートに誘ったんだ……」

 

 舞花パパは奥さんを思い出してうっとりとしていたが、俺は怪しんでいた。

 海外で外交官と出会い、スリを捕まえる。

 そんなことあるか?

 

 それに、奥さんが通ってた学校がなんかおかしいって気づいてないのか? 

 仮にも外交官なら、もっと怪しんでもいいのでは? いや、怪しめよ! 舞花がどっぷり浸かってるのにどうすんだよ。

 

 これから普通に就職とかしても問題ないのか? 恋愛は? 結婚は? 無理やり任務に駆り出されたりしないのか? 俺は心配でたまらない。

 

 いつのまにか、舞花は俺にとって特別な存在になっていた。

 あんなギャップだらけのびっくり箱みたいな女、きっともう見つからない。

 これから先もずっとそばで見ていたい。そのためなら何でもするつもりだ。


   ◇


 俺と舞花は高三になった。


「舞花、第一志望決めた? やっぱりお父さんと同じ東大?」


「いやあ、東大は無理っしょ。あんまり興味もないし。あたし、狭い世界で生きてきたから、もっと広い世界を見てみたいんだよね」


「えっ、じゃあやっぱり外交官?」


「違う違う。そっちじゃなくて、旅行会社に就職してツアーコンダクターやってみたい。だから、別に大学じゃなくて専門学校でもいいんだ」


「そうなんだ……」


 どうしよう。てっきり大学に進学すると思ってたから、同じ大学に行くつもりだったのに。

 いっそ俺も同じ専門学校に、いや今さら無理だ。親に何言われるかわからない。

 俺は舞花の興味を引きそうな大学のパンフレットを取り寄せ、少しずつ舞花を洗脳することにした。


 ─―へえ、ここって観光学科があるんだあ。

 ――国際情報学部だとツアーコンダクターを目指す人にはいいんだって。

 ――やっぱり外語大に行って、フランス語とか韓国語とかも習っておいた方が将来役に立つんじゃないかな。

 

 俺の吐き続ける言葉にやがて舞花も考えを変え、俺たちは学部は違うが同じ大学に合格した。

 俺は入学してすぐに舞花に告白することにした。

 その辺の有象無象うぞうむぞうが寄ってくる前に、ちゃんと気持ちを伝えておかねばと勇気を振り絞ったのだ。

 大学にある桜の木の下で、花びらが舞い散るなか俺は言った。


「舞花は俺にとって、特別で一番大事な人なんだ。俺と結婚を前提に付き合って欲し──」

「いいよ!」

 即答だった。なんならちょっとかぶってた。


「あたしだって、雄介は特別で一番大事な人なんだから! 雄介以外の男と付き合うなんて考えられないよ。これからもよろしくね」


 そう言って、俺の頬にキスをした。

 うぉおおお。

 俺は舞花の両肩をがしっと掴んだ。


「俺は何があっても舞花を守るし、愛し抜くからね!」

「う、うん」

「任務を強制されたりしたら二人で逃げよう」

「うん?」

「大丈夫、何も言わなくていい。俺に任せて」

 そう言って抱き締めると、舞花はそっと俺の背中に手をまわした。


   ◇ 


 雄介はたまにおかしなことを言う。まあ、そういうとこも可愛いけど。

 うちは放任主義だから、お父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、好きな仕事をして好きな人と結婚しろと言ってくれる。何かを強制されたことはない。


 村を出てしばらくしてから、さすがにおかしいと思い始めた。

 あたしの受けた教育が、あまりにまわりの人達と違いすぎる。

 

 高二の夏に里帰りして、おじいちゃんたちに話を聞き、あの村の教育が普通じゃなかったことを知った。


 あたしが育った村は自然に恵まれていて、水晶、翡翠、トパーズ、エメラルド、それにサファイアといった珍しい鉱石がたくさん取れる。 

 

 それを目当てに世界中から学者や採掘者たちが集まってくるので、語学や運動、格闘技などを村の子どもたちにタダで教えることを条件に、彼らの滞在を受け入れていた。

 

 教員免許を持った普通の先生ももちろんいたが、先生たちの授業がつまらなく思えるほど、彼らの実践的な授業は面白かった。

 

 あたしのときは、中国から来た採掘者が中国語で格闘技を教え、元オリンピック選手のアメリカ人が英語で運動を教え、ロシア人の学者がロシア語を交えながら面白い話を教えてくれた。


 もともと身体能力が高く、外国語を習得するのが早かったあたしには、特にスパルタだった気がする。

 

 何年か経つと彼らはいなくなるので、また新しい先生が来る。

 そうやって村の子どもたちは、普通の学校で教わらないような知識と経験を積んでいくし、それが当たり前だと思っていた。

 

 雄介は、この村の教育がおかしいことにとっくに気づいていたようだ。

 時々おかしなことを言うのはそのせいだろう。

 

 どうやら盛大な勘違いをしてるようだけど、そこはあえて否定しないことにした。一生ハラハラしながら、あたしだけを見つめてくれるならその方がいい。

 

 それに、スパイかもしれない女を妻にして、浮気をする男はいないでしょ。


 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


最後まで読んでいただきありがとうございます。

他に「5分で読書」に応募したもっと短い恋の話もあるので、

良かったら読んでください。

「好きと言えない事情」「親友」「図書室の魔女に呪われた」の3話です。




 







 

 

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俺の初めての女友達が色々とすごいんだけど、もしかしてスパイかもしれないなんて誰にも言えない 陽咲乃 @hiro10pi

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