第6話 防衛省の依頼

 経産大臣の中根新太郎は、防衛大臣の丸山良治と親しい友人であり、ちょくちょく飲んで互いに愚痴をこぼしている。以前は料亭や、クラブを利用していたが、新型コロナ騒ぎ以来、互いの住居を訪問する宅飲みになって、そのまま続いている。


 ちなみに、新型コロナについては、未だ感染者は日に新規に3千~2万人と変動しながら未だ発生している。だが、漸く治療薬として、アセプトマイジンという呼び名の治療薬ができて、ほぼ健常者で重篤化する者がいなくなった。


 そのことで、世界を騒がして社会・経済に大いに影響を与えたこの疫病も一種の風邪と同等の扱いになった。このため、世界的に外出制限などの規制はほとんどなくなって、社会は対新型コロナという面では正常な姿を取り戻しつつある。


 中根は長身痩躯の52歳であるが、細面の色白ハンサムであり、一方で丸山は中背小太りの54歳であるが、どちらかと言うと強面であり、防衛大臣に似合っていると言われている。今日の宅飲みの場所は中根の所有するマンションであり、中根が祖父から相続したものだ。


 その場のホステス役は中根の妻の絵里であり、大学生の姪の三嶋真理が手伝いにきていて、料理は仕出しである。


 丸山が、嬉しそうに美人の友人の妻に注いで貰ったビールを一口飲んで言う。

「なんか、君のところで凄いプロジェクトが進んでいるのだってね。歴史を変えるようものだとか。それでか、中根は最近ご機嫌だよね」


「うん、実はね。ただ、余りに画期的かつ途方もなさ過ぎて実現するかどうか、まだ確信が持てる段階じゃないんだ。もう総理には耳に入れたから言うけど、第1級の国家機密だからね。その点は承知しておいてよ。ひょっと君の役に立つかもしれん」


 軽めの話への同僚で友人からの真面目な答えに、丸山は相手に向きなおって聞く。

「ああ、俺も閣議のメンバーだから、そりゃ、勿論さ」


「うん、絵里と真理、済まんがちょっと席を外してね。ちょっと秘密の話をするから」


 その声に、絵里は優雅に頷き、2人が飲んでいる応接間から出て、別室に下がる。彼女も夫がこれから話すことは興味はあるが、知らない方がいいことはあるのだ。

妻が去るのを見て、中根が残り少なくなったウイスキーのグラスを見ながら口を開く。


「実は〇〇県の江南大学から、核融合発電設備の開発の話があったんだ。それで………」

 中根は丸山にすでに滑り出したFR開発プロジェクトの始まった経緯とその内容の説明をする。合わせて、その実質の原理及び機構の発明者である天才少年がいることも話した。


 聞いた丸山は余りに途方もない話に、何度も真偽を聞き返して、ようやくそれが現実に進んでいることを納得したが、成果が保証されたものでないことを、あえて言ってみた。


「とは言え、余りに新規な物だから、現れている内容が正しくとも実際にそのような機構が実際に正常に動くかどうかは、実機の試運転をするまでは判らない訳だ。それは判っていても、うまくいった場合の成果を考えれば、『やらない』という選択肢はないな。使う金も知れてるし」


 国を動かす立場から言えば、事業に使う数十億は小さい金額になる。丸山は、それから中根の顔を正面から見て言う。

「うちの省からその天才君に接触していいかな?元々君はその心算だったんだろう?」


「うん。そりゃ、かまわんさ。今の開発も初期の隘路は抜けて、軌道に乗ってきたようだから、アドバイザーとしての彼は結構余裕があると聞いている。ついては、防衛大臣の君はどういう必要があって、その『接触』をしようというのだ?」


「知っているだろうに……。まあ、一通り言っておくか。

 ロシアは追い詰められている。エグザイエフ大統領は、愚かにも武力によるウクライナ侵略という決断をしたが、どう見ても失敗している。彼は、軍がすでに継戦能力を失いつつあるのを見て、戦力を東部3州に集中して占領が完了しない内に領有化を宣言した。

 しかし、ロシアの戦力は完全に限界であり、一方のウクライナの戦力は外からの援助尾で、すでに敵を凌駕している。さらに、ロシアは西側の経済封鎖の結果、国家としてデフォルトに陥っており、全く海外からものが入らなくなってきている。


 かの国は民生品の生産を疎かにしてきた結果、物が無くなりすでに民衆の不満は爆発して強権のあの国でさえ暴動が頻発している。我々の掴んでいる情報ではエグザイエフの暗殺未遂はすでに3回になっている。現状において彼の支持率は実際には20%に達しないだろう。

 つまり、彼はすでに民衆から見放された独裁者でしかないのだ。ところが、ロシアの厄介なところは彼らが、世界2位の核大国であるという点だ。統計上、彼らは1600発の核ミサイルを配備しているとされているが、実際に使えるのは1/3以下とみられている。


 とは言え、それでも500発以上で、しかも100発近くは極超音速ミサイルに搭載されていると推測されていて、これらは自衛隊の迎撃ミサイルでは迎撃は困難だ。さらに、成層圏に昇って超高速で落ちてくるミサイルも同様で、迎撃できるのは良くて30%だな。

 はっきり言えば、追い詰められたエグザイエフは、非公式チャンネルでアメリカを始め各国を核を使うと脅しているのだ。それも、戦術核でなく大型の核だ。無論、実際に使えばロシアは報復されて国内は荒廃するだろうが、周辺国、場合によってはアメリカも被害を受けるだろうし、最悪全部で数億の死者が出る可能性がある。


 彼の心理については、多くの分析レポートがあるが、大方の結論は『やりかねない』というものだ。それは彼の理想とするロシアが出来なく低レベルの国になるくらいだったら、世界を巻き込んで滅びるというものだ。その割に、10兆円を超える資産を蓄えているようだがね。

 それに、知っての通りロシアによる脅威を利用して、また北朝鮮が挑発を繰り返している。さらには、中国は独裁体制を築きつつあった、亮倫平が失速してきており、台湾への侵攻をやりかねない状況になってきている。


 結局エグザイエフが地獄の釜の蓋を開けたんだ。この状況に置いて、アメリカの傘など信頼するに足りないことはウクライナの件ではっきりしたよな?」


「ああ、そうだな。結局核兵器を持っていて使いかねない国には、あの国は強く出られないというより国民が許さない。少なくとも軍事的はね。まあ北は韓国の問題があるからね」


 応じる中根に向かって丸山は話を続ける。

「はっきり言って、安全保障において、今後どうなってどうするということは五里霧中だ。核を前面に出してこられると、ロシア、中国のみならず北にさえ遺憾砲を撃つことしかできない。防衛大臣の職にあるのが苦しいよ。

 それでだな。その天才少年が、なにか解決策を出してくれるかもしれないという望みを持ってしまったんだ!ゴホ、ゴホ!」

 丸山は濃いめのウイスキーの水割りを自分で作って、それを半分あおって咳き込んだ。そして、オシボリで口を拭ってから中根を見て言った。 


「俺が行きたいところだけど、目立つから参事官の青山さんと防衛研究所から何人か行ってもらおう。わが日本の近い将来のために天才少年が核融合炉クラスの解決策を編み出してくれることを中根も祈ってくれ」


「ああ、俺も祈るよ。核融合が実現したって核で脅されて盗られかねないからな」


   ―*-*-*-*-*-*-


 防衛省開発担当参事官の青山誠二、防衛研究所の第2部長の長柄健太に主任研究員の三浦亜美が江南大学を訪れたのは、その3日後のことであった。行動の遅い日本の官庁としては異例の速さであるが、実のところ青山は、核への対抗策の必要性は十分承知しながらも不満であった。


 しかし、嘗てない天才という触れ込みはあっても、そんな都合のいい話がある訳はないが、熱心に説く大臣の顔を立てるという意味で、仕方がないと思ってでの訪問である。


 一方で長柄と三浦は研究者仲間の情報から核融合の事を聞いており、その開発キーマンに会えるということにワクワクしていた。とは言いながら、その天才少年から核に対する解決策が出てくるなどとは思ってはいなかった。


 彼らはアポを取っていたので、順平は山戸教授と共に大学の応接室で迎えて応対した。先に青山参事官が要請内容を説明したが、それに先立って日本の置かれている状況とその中で突出する核兵器の脅威を述べた、続いて要請内容を説明した。


「このように、ロシア、北朝鮮、中国の核に対する対応が必要なのですが、率直に言って、今のところ対応できていないというのが正直なところです。そこで、核融合発電という歴史的な開発をされている江南大学さんで何らかの解決策がないかということで、……」


「解決策というか、多分可能だと思いますがアイデアはありますよ」


 伏せられている順平の名を敢えて言わずに要請を説明しようとした青山の言葉を遮って、順平はあっさり答えた。

「ええーーー!」

 一番若い三浦女史は目を見開いて叫び、他の2人は声こそ出さなかったが、同じく目を見開いて口を大きく開けた。すでに内容を知っていた山戸は笑いをこらえるために咳ばらいをして言う。


「順平君、説明してやって欲しい」


「ええとですね。僕も世の中に貢献しようとする気はあるのですよ。ですから、福島原発のみならず原発の放射性廃棄物の処理問題ですね。これを何とかできないかということで、僕なりに研究していたのですよ。

 その段階で大体放射能や分裂物質の物性はほぼつかめたと思っています。まあ、水素など安定した物質の核融合に比べれば、結構単純ですものね」


 その言葉に、とてもそうは思えない防衛研究所の2人は眉をしかめるが、順平は無視して話を続ける。

「まあ、そこに、最近山戸先生から核分裂物質の爆発、つまり連鎖反応を制御というか止める方法はないのかというお話しがあったので、確認も概ねできましたので、さてどうするかと考えていたとこころに皆さんがこられたのです」


「私も先ほど青山参事官の言われたようなことを懸念して、順平君であれば回答を出せるのではないかなと、聞いたのですよ。順平君少し具体的に説明して下さい」

 そこに山戸が口を挟み、順平は素直に説明を始める。


「要は、核ミサイルなりの核弾頭が爆発しなければ被害は大部分防げるのですよね?」


「ええ、……まあ、そ、そうですね」

 防衛省側が躊躇いがちに応える。

「であれば、電磁波によって核分裂の活性に影響を及ぼすことは可能なのですよ。つまり、活性を下げて連鎖反応を起こす臨界量を増やすということですね。つまり弾頭の核分裂物質の量では連鎖反応が起きなくする訳です」


「ええ?つまり、ある電磁波を照射することで、核弾頭の核分裂物質の感度をいわば鈍くして弾頭が爆発できないようにするということですか?」


 三浦女史が言うのに、順平が頷くのを見て、今度は長柄がせき込んでいう。

「と、ということは水爆を含めた核爆弾が無力化されるわけだ。結局、水爆であっても核爆発による超高温を利用して核融合を起こしていますからね。

 ただ、その照射がどの範囲をカバーできるのか、そしてその効果は照射を受けている間のみ有効なのかで、その有効性が変わってきますね」


 流石に鋭い。エリートの集まる防衛研究所で、40歳台に見える若さで部長になるだけのことはあるなと、山戸は思いつつ口を開いた。

「実は、昨今の世界情勢を見て、私の方から順平君に相談していたのですよ。驚くことに彼はすでに回答を持っていましたがね。これを見て頂きますか?ちょっと印刷は最小限にしたいのでね」


 山戸はノートパソコンを開いて、防衛省の3人にグラフを見せると、研究者の2人は夢中になってのぞき込む一方で、青山は意味をはっきり理解できていない。


「な、なるほど、このGZα線を照射することで、このU235のγ線と熱量がえーと、80%以上減少していますね。しかも、その後はそのまま安定している。効果は明らかですね」


 三浦がスクリーンを睨みながら言うのに続いて、青山が聞くが、彼も本質は理解していることになる。

「えーと、ということは、そのGZα線ですか、それの照射で核分裂物質の反応を抑えられ、さらに一旦そうすればその状態が続くということですか?」

 

それに対して長柄が頷いて更に言う。

「まさにその通りです。これは画期的です。しかし、これは単に定性的に連鎖反応を緩める効果がある放射線が存在することを立証したのみです。

 一方で、核爆発を防ぐための実機化には、これをどのように使うかを考える必要がありますが、実用的に可能な投入する動力に対して有効範囲が狭いなら、実用には適しないということになりかねないですね。

 加えて、核爆弾は金属のケースに入っていますが、それに対してその電磁波の照射が十分に効果を及ぼせるかという問題もありますね」


「よくお解りのようですね。その通りです。まず、GZα線は極めて浸透性の高い電磁波ですので、現状の通常のケーシングであれば、作用を及ぼすのは問題ないと考えています。ただそれに対抗しての遮蔽は可能ですが、GZα線の効果と存在知らなければ無理ですので、当面はこの面では問題ないでしょう。


 また、現状のところ計算上は1万㎾級の動力を投入して有効範囲が10㎞といったところです。従って、固定基地に照射器を設置するというのは現実的ではないですね。

ただ、10マイクロセカンドの照射で対象の機能の劣化には有効ではあります。ですから、この場合は戦闘機あるいは迎撃ミサイルに積んで、有効範囲に入ったミサイルなりをストロボのような機能で短時間照射するという方法しかないでしょう」


 順平少年の子供の声が割り込むが、山戸が防衛省側に尋ねる。

「戦闘機もそうですが、核ミサイルの探知とそのデータを使って迎撃ミサイルで10㎞の範囲で照射することは可能でしょう?」


「ええ、現在の我が国のレーダーシステムで、弾道ミサイルを国土の3千㎞以内で見落とすことは、低空のもの以外はあり得ません。そして、ミサイルであっても10㎞の範囲に捕らえることは100%可能です」

 長柄部長がキッパリと言った。


 翌日から、防衛省で『狂乱の3ヶ月』と言われた、仮称『KBシステム』の開発が始まり、プロトタイプ1号機が予定通り3ヵ月後に試験された。

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