第4話 展開の始まり

 山戸・牧村の訪問から1週間後の午後、経済産業省の大臣室で産業局長の田中がこの案件の説明している。山戸、牧村からの聞き取り、現地での日高の報告を聞いた上で、大臣に報告すべきと考えたのだ。


 出席者は大臣の中根新太郎、および次官の山本慎吾に秘書官2名と数名の部長であるが、中根大臣は、加藤内閣の主要メンバーの一人で、加藤首相の懐刀と言われるまだ52歳の若手だ。

 山本次官は、やや凡庸でことなかれ主義のところはあるが、さすがに頭の切れは次官に上り詰めるだけのことはあるという、田中の評価である。


 田中が説明を始める。

「省内を含めて何人かの研究者に読んでもらいましたが、一様に内容の独自性と高度さに驚いていました。中でも産業大の山中先生は大分興奮されており、どうも我が国でこのレベルのものが出ることは信じられないようで、どこから出たかとこだわっておられました。

 ただ、実現性については、論文だけでは判断できないというのが大方の意見です。 その点については、持ちこまれた江南大学の山戸物理学教室教授は、すでに学内の工学部の教授の先生方、江南市にある四菱重工業ともある程度の話をして、実機化に自信を持たれているようです。そして、牧村先生の研究室に送り込んだ職員も、十分実現性はあると報告してきています」

 

「ふーん、まあ、論文は画期的かもしれないが、あまりにも話がうますぎるような気がするんだけどね。それは、実現すれば素晴らしいよ。我が経産省のみならず日本国にとっても万々歳だ。だけど、理学部の教授が設備の実機化を判断するというのはどうなの?」


 反論する大臣の言葉に田中が返す。

「ええ、山戸教授は私の兄のK大の同級生で、いわばマルチ人間なのです。元々工学部に入っていて、途中から変わって物理学の博士号を取られた方で、あまり知られていませんがAKS式電磁コンバータを開発されています」


「ほう、君の兄さんというとK大の機械工学部教授の、その同級生ね。なるほど物理学者としてユニークな経歴だね。そのコンバータを私は知らないが、そういった人だったらなるほど、君が行けるかもというのは理解できるね」

 大臣は手元に配られている資料から、山戸教授の経歴書を見て話を続ける。


「皆も承知の通り、石油・天然ガスについては残存資源量がほぼ確定して、価格が上昇傾向にあったところに、ロシア・ウクライナ戦争ですでに大幅に上昇している。

 それに加えて、今まで価格ストッパーとして働いていたアメリカのシェールガスもロシア原油・ガスが使えない状態では力不足なのがはっきりして、産油国はまだまだ価格を大幅に上げようとしている。また、原発も動いているのは1/3だし、まだまだ再稼働には抵抗が大きい。

 さらには、温室効果ガスによる地球温暖化による気候変動というのは否定できない状況になっている。

 その意味で、これが本当に実現できるのであればどれほどいいか。なんとか、本当であってほしいものだと願うよ。いずれにせよ、当面我が省で出来る範囲で全力でバックアップしようよ。目途が着けば国を挙げて推進することになるけどね。

ところで、実現した場合の見通しを現状で分っている範囲でいいので教えてほしい。総理の耳にも入れておきたいのでね」


 この大臣の言葉に田中が応える。

「はい、まあ現状で推定できる範囲ですが、山戸、牧村先生の言われたこと、またその後現地でのヒアリングの結果からお話しします。

 まず、これは、従来の学説を覆すもので、常温核融合とは言っていますが、実際は電磁波や圧力、またこれがみそなのですが、磁力等を一定の条件で照射して核融合の連鎖反応を励起するものです。反応温度は500℃くらいなので、常温ではありませんが、プラズマの数千万℃に比べればまあ常温でしょうね。


 このシステムの信じられないほど都合のいい特徴は、常温である他に他にも3つあります。まずは、燃料にあたる水素はトリチウム(3重水素)である必要はありませんで、水素自動車にも使われる普通の水素でいいという点がひとつです。

 次に、反応によって電力が直接出てきます。普通は、核反応炉は取り出すエネルギーが熱なので、それからタービンを回して電気に変える必要があります。だから、この場合は基本的にタービン等の可動部がなく、また発生する熱もさっき言ったように低いので極めて壊れにくいものになります。


 最後に放射能が出てこないということです。両先生の言うには、原理からして放射線を発生することはないということです。これはすごいメリットですよ。現在の原発はそれが故に嫌われているのだし、そのために何重もの安全設備が必要です。

 装置としては、だから極めてコンパクトで簡便なものです。このようにコンパクトでかつ放射能に対する防御が不要なので建設費も低くなるようです。山戸先生の話では、最小のユニットになる10万㎾級で、最初の実験炉で20億から40億円と言っています。この場合、量産すれば当然20億以下になると言います。 


 ちなみに火力発電で10万㎾ だと最近の例では80億円位かかるようです。それでいて、燃料は水素を1時間1グラム程度で、火力の重油8k㍑に比べるのもばからしいということになります。

 現状で発電原価は、原子力で廃棄物の処分を考えないで㎾時当り6円、LNGで6・4円、石油で10円、石炭で6.5円ですが、これは1円を切りますね。そして、なによりの長所は燃料に一切困ることがない、ということです。

 確かに話がうますぎますね。しかし、これほどのものになれば、世界の産業構造のみならず、社会構造、さらに国々の力関係を全く変えることになります」


 それを聞いていた中根大臣が、だんだん興奮してきているのがはた目にもわかるが、皆同じ思いだ。大臣はその興奮を抑えて言う。


「こ、これは、我が国にとって千載一遇のチャンスだ。とは言え、途方もなさ過ぎてなかなか信じてもらえないだろう。アプローチは慎重にする必要がある。まず本当かどうか確認を超特急でやりたい、

 総理へはしばらく伏せておいて、もう少し確度が上がって報告したい。ちなみに、実施主体は江南大学でいいのか?」


 大臣に田中が答える。

「はい、キーマンが子供で、江南市在住であることから、例えば東京にすぐ連れてくることはちょっと無理だと思います。また、結局、論文の完成までは至らなかったものの、発想そのものはやはり、江南大学の牧村先生ですから。

 さらに、山戸先生もすでに折衝されているようですが、あの大学の工学部生産工学科に山村雅彦教授がいますからね。四菱重工で、さまざまは開発を手掛けてこられた山村先生に開発の指揮を執ってもらえれば安心です。また、それに加えて、江南市に四菱の拠点工場がありますから」


 大臣がそれを聞いて満足そうに口を開く。

「わかった。まあ、それが一番摩擦を起こさない方法だろうね。その方向で進めてもらおうか。ちなみに、キーマンの天才少年については、進んでいるのかな?」


「はい。キーマンの件は公的には江南大学の付属小学校に転校という形で収めたいと思います。実際には、大学のいくつかの研究室に出入りすることになると思いますが。その件について、山本次官から文部科学省に話をして頂いています」

 さらに、田中が答えると、山本次官がうなずいて追加する。


「文部科学次官の神山さんに話をしまして、基本的には了解してもらっています。ただ、大臣には文部科学省の城田大臣に、話をしておいて頂きたいのですが。

 それと、予算面の裏付けですが、ちょうど民間から募集している新技術開発の補助金がありますから、50億円位であれば無理なく出せると思います。開発がうまく行けば、全く問題ありませんし、よしんば期待通りでなくても、学会のお歴々のお墨付きがあるわけですから後で問題にならないように処理はできます」


「わかった。予算の件はそうしてください。城田さんには明日の閣議の時に話をするよ。 なんとか、うまく行ってほしいもんだ。今日はちょっとお神酒を上げるか。どうかね、山本さん、田中さん」


 大臣の誘いに、次官と局長は答える。

「はい、ご一緒させていただきます」


   ―*―*―*―*―*―*―*―


 その日の夕方5時前、研究室に居る牧村の携帯に日高からの電話が入った。

「先生、準備はできました。今晩の食事会の件、山戸先生はいかがですか?」


「はい、来てくださるそうです。また、急で申し訳ないのだけど、本学の工学部 生産工学科の山村教授も一緒にお願いしたのですが」


「山村先生も加わっていただけるのだったら、もちろん大歓迎です。こちらも、江南事務所から、吉竹という課長がご一緒しますので、よろしくお願いします。

場所は、木花町の、有楽という店ですが、ご存じですか」


「知っています。じゃ、6時半ということでよろしいですか」

 牧村が時間を指定する。


「はい、よろしくお願いします」日高は電話を切る。


 有楽は、江南市では老舗の日本料理店で、牧村も何度か行ったことはある。大学で、山戸・山村教授と待ち合わせ、呼んでおいたタクシーで、繁華街の木花町の有楽に向かう。


 店にいくと、仲井さんから案内され、奥の座敷に通される。ふすまを開けると、日高と40歳前後と思われるグレーの背広を着た男性が待っており、すぐ立ち上がって中に招く。


「お待ちしておりました、どうぞお座りください」

 その男性の言葉に、一行がとりあえず膝を崩して座ったところで、自己紹介と名刺交換がある。

「始めまして、私は経済産業省の江南事務所におります、吉竹純也と申します。これから、長いおつき合いになるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「貴江南大学に、しばらく出向させていただきます。日高なおみです。どうぞよろしくお願いいたします」


「物理学研究室の山戸です。今回のプロジェクトに加われるのを大変楽しみにしています。それにしても経産省さんの素早い動きには驚いていますし、大いに感謝しています」


「生産工学科の山村です。民間に居た頃、いろんな開発プロジェクトは担当しましたが、今回のものほど重要なものは初めてです。協力して、出来れば楽しくやれればいいなと思っています」


「山戸先生と同じ物理学研究室の牧村です。ハードの開発は専門外ですから経験がありません。それでご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いいたします」


 席に落ち着いてビールを飲みながら、ひとしきりの雑談のあと、山戸教授から話を始める。

「プロジェクトの企画書は、日高さんが中心になって牧村君と協力して早急に作っていただきたいと思いますが、よろしいですか?」


「はい、もとよりそのつもりでした」

 日高が答えるのを聞いて、さらに山戸が言う。


「本件は我々も出来るだけ早く進めたいと思っていますので、企画書と並行してシステムの設計を進めたいと考えています。これに関しては、当面概念的なところと、基本設計的なものは、当大学内で山村先生を中心にお願いしようと思っています。

 しかし、CAD化が必要な部分も多く、さらに機器などの情報収集では我々のみでは心もとないので、出来ましたらそれに長けたエンジニアを民間から出してもらいたいのですが。予算面での裏付けがあるなら、こちらでも段取りをしますが?」


「はい、民間企業にも声はかけてはいますが、使い勝手という意味では、無理が無ければ先生の方から準備していただいた方がいいと思います。予算面の手当は、当省の次官も承知のうえで準備ができていると聞いています」

 そのように日高が答える。


「わかりました。では明日からでも設計の準備にかかりましょう。ちなみに、キーマンに関しては、早めにご家族にもお会いして、当大学へ何らかの形で籍を置いてもらいたいと思っているのですが?」

 そのような山戸の話に再度日高が答える。


「はい、その件に関しても、文科省とは基本的な調整はできているとのことです。交渉は進めて頂いてよろしいと思いますが、なお確認してご連絡します」


 それに続けて、吉竹課長から話がある。

「本件については、局長から私にも話があり、大臣にも局長から近く話されるとのことです。ただ、余りに途方もない案件ですので、実現の目途が立った段階で首相のお耳にいれるとのことです。

 これは、ご存知のように、まずははっきり言って、昨今石油をはじめとするエネルギー価格の急激な上昇に対する解決策が求められており、さらに全く目途がたっていない地球温暖化への対応もそうですね。

 ところが、ある意味で特効薬になりうる原発も再稼働が進まず、反対も大きいということですから。実現した場合のインパクトは極めて大きなものになります」


 それに対して、山村からやや皮肉気味な言葉がある。

「これが動き始めると、大変なことになるよ。第一、原発なんてもうスクラップにしかならないのじゃないの。また、既存の発電機メーカーはあがったりだし、石油、石炭等のエネルギー関係の会社は、軒並み開店休業だね」


 それに対して、吉竹は山村教授の目を見て真面目に答える。

「それは承知しています。原発の償却は頭が痛いところですし、このシステムの設備費は多分既存のものの30~50%以下になりますので、それほど直接にはGDPには貢献しないわけです。

 増して、燃料はただの水素ですから、水を供給してシステムの中で電気分解してもいいわけです。すなわち、電力に係る社会的な負荷というかコストが極端に下がります。一方で、これだけ既存のものに対してメリットが大きいと、緩やかな移行どころか恐ろしく早い転換が進むでしょう。従って、それに伴う巨大な需要が喚起されることは間違いありません。


 電力だけ取ってみても、現状で必要な発電能力が全国で5億㎾とすると、このシステムでも5万円/㎾程度の費用は必要でしょうから、たちまち、25兆円の需要が生まれるわけです。さらに聞くと、発電装置から電力を直接取り出すシステムは少し仕組みを変えるといわば電力の缶詰をつくれるということなので、当然自動車も安価な電気自動車に代わるでしょう。

 さらには、電力料金5分の1以下になると、工場などの生産施設は大規模に作り替えになります。油やガスあるいは石炭を燃焼して作っている熱は全て電気にかわるでしょうね。


 これで、2050年どころか、10年後には温暖化ガス実質ゼロは達成できますよ。そして、安い電力を使った新たな産業がどんどん起きるはずです。幸い、我が国は民間に金が余っている一方で、銀行からお金を借りる人が少なく、未だにデフレから抜け出せないわけです。そこに、いまエネルギー関係で設備投資した方が絶対得という状況が生まれます。

 間違いなく、すごい好景気がやってきます。原発の償却ロスなんかわずかなもの、ということになると思いますよ」


 山村はそれを聞いて、吉竹の顔をまじまじと見て言う。

「なかなか経産省も考えているね。というより、この江南市の出先にも考えている人がいるもんだね。私もそう思うよ。協力してできるだけ早く実現しましょう」

 彼は手を差し出して吉竹と握手する。


「ところで、『あれ』とか『これ』とか、もう少しなんとか呼び名はないのかな」との山戸の言葉にすかさず日高が応じる。


「それは、やっぱりフュージョン・リアクター、略してFRが呼びやすくていいと思いますよ」


「レディーファーストだ。いいんじゃないかね」

 と山戸が賛同して、「「「「賛成!」」」」皆が賛成する


「じゃ、プロジェクト名は『フュージョン・リアクター開発プロジェクト』、外には“FR計画”ね」

 山戸が結論つける。

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