第13話 核融合発電機登場の余波

 万歳三唱後、中根通産大臣を始め、試験運転のセレモニーに訪れた人々に、装置のより詳しい説明が行われた。さらに、実装地の建設のための研修生に対しては、場所を移動して2号機のために準備された設備を使って説明会が行われている。その間にも実証機は順調に運転をつづけている。


 12時になったら、セレモニー参加の人々の約100人に対しては実証機の周辺で簡単な立食パーティが開かれるのである。ちなみに、研修生は給食の弁当である。セレモニー参加者にはマスコミの者もおり、その10人ほどは、試験運転の成功をみて取材にも力が入る。

 

「………、先ほどから少し詳しくFR機の説明をしてきました。

このFR機はこの実証運転機は核融合の結果が直接電力に変換していまが、熱に変換するタイプもあります。

 略称で電力変換タイプをElectric Conversion Fusion Reactor:ECFR、熱変換タイプをThermal Conversion Fusion Reactor : RCFRと呼んでいます。


 前者については、皆さんもその用途に疑問はないと思いますが、後者については、主として工業用の熱源、特に金属精錬、食品の煮炊き、熱加工などに使うことを考えていますし、寒冷地方の農業利用も場合によっては用途として考えられます。

 電力変換タイプとすると、電力を熱に変換するヒーターが必要になり、製鉄所など規模が大きいところでは、電熱線の製造にレアメタルが必要なので問題がでるのです。ですから、工業用途の熱源もほぼすべてがこのFR機に代わっていくでしょう。


 ああ、今12時を過ぎた所で、試験運転開始以来2時間が経過しましたが、現状のところは全く支障なく動いています。発電量は、本事業所の構内の電力消費量である4万㎾を超えていますが、余剰分は問題なく電力会社の電力網に流し込んでいます。

 予定では、運転開始後24時間で一旦運転を停止して、6時間をかけて機器を点検し、再度営業運転しての連続運転に入ります。では、昼になりましたので、簡単なものですが準備している昼食を召し上がってください」


 立ち会った皆から、拍手が巻き起こった。

 その後、10ほどのテーブルに並べられた料理を皆でつまみながら、会食を楽しむところであるが、マスコミはそれどころでなく、必死に取材をしている。椅子も出席者の半分ほど用意されているが、皆興奮していて、座る者はほとんどいない。


 順平は父の涼平と並んでテーブルに並べられた寿司やオードブルなどを遠慮なく食べる中で周囲の話にも耳を傾ける。四菱重工の常務取締役の笠谷が、出席した中根経産大臣の中根に話しかけている。 


「大臣、マスコミに対しては今日までこの開発案件は成功の確率は低いという言い方をして、成功後については語らずにきたのですが、政府としてはその点をいつ発表されるのでしょうか?」


 その問いに、中根は少し笑ったが真面目な顔になって答える

「ええ、先ほど山村先生がFR機として機能を果たすことが確認されたとの話の後に、総理には私から成功の報告をしました。その結果を受けて、もうすぐその通知があると思いますが、今日の夕刻に総理から、成功後の今後について発表があることになっています」


「なるほど、今日ですか……、確かに急いだほうが良いでしょうね。ところで、こういう言い方は失礼ですが、今回の開発プロジェクトは経産省さんとして結構な賭だったのじゃないですか?」


「うーん、まあ一般的に言えばそうですね。しかし、理論については学会の先生方でも、論理的に反論した方はいませんので、認められたと言っていいでしょう。その意味では学会のお墨付きはあったのですよ。

 そして、その成果たるや、とりわけ今の世界情勢から、日本のみならず世界が渇望しているものです。そして、その実証機が金さえ積めば、1年足らずで出来ると云うじゃないですか。

 そして、その金も国家プロジェクトとして言えば、大きなものでありません。これで、突っ込まなくちゃ政治をやっている者の値打ちはないですよ。


 そういう意味では、四菱さんも結構これには突っ込んできていますよね。お陰で我々もやり易かったので、有難いと思っています。また、それに加えて、気前よく他社にノウハウも解放しておられますよね。まあ、これもうちの省でお願いしたのですが、ノウハウの解放には難色を示されるかなと、懸念していたのです」


「ええ、会社としては全力で突っ込むべしと方針は出ていたのですよ。それと、ノウハウですが、確かに社内的には少々揉めました。しかし、歴史を変えるFR機のノウハウの肝心なところの出所は吉川順平君、牧村先生です。

 確かに、その実証機と実機の実用化に関して、我々が早めることに貢献したとは自負しています。しかし、一方で今後実機の普及を出来るだけ早く進める必要性は我々もよく承知しています。だから、ノウハウの秘密を言う場合ではないという、役員会の結論です」


「ほお、なるほど、いずれにせよそれは我々としては有難い話です。今日、たった今FR機は結果として大成功であることが実証されました。間違いなくこの結果は。人類の歴史を大きく動かします。それも良い方向にです。私は、今この時期に経済産業大臣をやらせて頂いている幸運を感謝しているんですよ。


 しかし、すでにお気づきだと思いますが、中長期的にはFR機は日本と世界にとって、良い影響を与えますが、余りの圧倒的なアドバンテージから、既存の業界にネガティブな影響ももたらします。今日の総理の話はその辺りを重点的に話されると思います、

 総理の談話を急ぐわけは、政府が対策をちゃんと考えていることを示して、経済的な変動を、まあ株価ですが、それを抑えるという意図ですね」


「ああ、ここのところ、経産省さんを中心に色んな調査をやられていましたね。それは株価対策もやられていたのですか?」


「ええ、そのあたりは各省が連携して、影響をシミュレートしてネガティブな面を抑える対策は立てました。しかし、相当な株価の変動は避けられません。ただ、お気づきと思いますが、国内に巨大な需要が生まれること、とりわけ莫大な燃料輸入費が不要になるメリットを考えると、そうした混乱は短期的なものと考えています」


 それを聞いて、笠谷は云う。

「なるほど、やはり、それは考えておられたのですね。ちなみに、私も今回のFR機の成功を見て思うことがあります。私は、実は原発の技術者だったのですが、このFR機の登場で原発は廃れる技術になります。

 そういうことでは、悲しい思いが強いのですが、一面でほっとした面もあります。廃棄物の問題がありますので、実際に原発は100%安全とは言えないものでしたから……」


「ええ、安全は大事ですよね。原発はそういう懸念はありました。FR機もまだ100%とは言えないでしょうが、放射線など徹底して計ってもらってますが、問題ないようですね。まあ、安全だと信じていますよ。

 そういう意味では、安全で、これだけFR機のコストが低いと、原発のみならず、特に熱を使う産業のあらゆる設備が、多分数年で急速かつドラスチックに変わっていきます。また、近年どうしても付きまとったきたエネルギーの枯渇、地球温暖化からの解放が、世の中にどう影響するかですね」


「核無効化ですでに彼は世界を大きく変えていますが、このFR機の開発、それだけでなく核バッテリーもありますし、まだまだ出てきますよ。あの吉川順平君がどのように世の中を変えていくか、目を離せないですね」

 中根大臣が言い、一緒に話していた笠谷常務と2人で自分を見つめるのを見て、内心で肩をすくめた順平だった。


―*-*-*-*-*-*-*-


 その夕刻午後3時に、7時からと予定が発表された特別番組を、多くの会社で視聴が推奨されたこともあり、後に半数以上と集計された多数の国民がテレビ画面を見つめている。このため、道路では車の通行がほとんどなく、コンピニでも多数の人々が画面を見ている。 


「それでは、特別放送、『阿山内閣総理大臣による談話“いま起こった、エネルギー革命”』を開始いたします。加藤首相どうぞ」


「皆さん、内閣総理大臣の加藤義男です。大変急なお知らせでこの番組を組んで頂きました。準備に大変な思いをされ、番組を中継して頂くNHKの皆さん、視聴して頂いている皆さんに、急であったことをお詫び申し上げます。

 さて、本日午前10時、江南市において、かねて開発中であった核融合発電装置の試運転が行われ、成功であることが確認されました。

 この設備の元になる常温核融合及び電力取り出しのメカニズムの理論的な確立は、かねてマスコミでも取りあげられています。これは、国立江南大学において、物理学科の牧村准教授、吉川順平氏等の皆さんにより行われました。


 さらに、本日運転に成功した実証機の開発は同大学工学部の山村生産工学科教授の指揮で、大学関係者およびいくつかの民間企業の協力の元で行われました。

 装置そのものは、現在、江南市の四菱重工業株式会社の事業所内に設置されており、今朝午前10時に運転を実証運転を開始して、今も10万㎾を超える電力を生み出し続けています。この発電機は、出力10万㎾であり、その燃料は水道水を電気分解して得られた水素であります。


 パネルをお願いできますか。

 人の映像と比べていただければわかりますが、これは、幅4m、長さ10m、高さ6.5m総重量45トンと、発電規模に比べ極めてコンパクトなものです。核融合による発電ということで放射能を不安に思う方もおられるかもしれません。

 ですが、これは全く放射能を発生しませんし、直接電子としての電力を発生するという構造上、熱の発生も少なく、最大の反応温度は500℃程度です。今回制作された発電機の出力は10万kWですので、1世帯5㎾の消費とすると2万世帯に賄える電力を発生します。


 また、もし重油によって発電する場合、1時間に8k㍑の油を使う一方、これは1時間1グラムの水素を消費するわけですから、0.02㍑のごく微量の水道水を使うだけです。

 また、燃料が水ということは、もう燃料が手に入らないという不安からは解放されるわけです。また、設備についても、従来のものにくらべ、大幅にコンパクトであることから予想されるように、大幅に安くなります。大体、3分の1程度になるであろうという専門家の話です。


 まさに夢のようなシステムです。しかし、この設備を我が国に導入するということは、いいことばかりでもありません。

 一つには、安全のために、各電力会社の多大な投資の元に進んでいる、原子力発電所の再稼働に関しては、さまざまな議論を呼んでおります。ですが、この核融合発電が完成した以上、間違いなく再稼働はありませんし、現在動いている16基も早晩ストップします。


 また、これは原発に限らず、火力発電、たぶん水力発電、ソーラ発電も一緒であり早晩廃棄されるでしょう。これは、単にコスト的に全く太刀打ちできないからです。コストというのは、結局皆さんが負担する電力料金に反映されます。

 すなわち、電力会社が資産としてもっていた、これらの原発を始めとする発電設備は資産であるどころか、撤去の必要がある負の資産ということになります。


 これは、電力会社および関連企業には限りません。実は、先と同じ江南大学において、現在バッテリーに関して、今回の核融合発電の理論をから派生した画期的な、大容量でコンパクトな設備の開発が進んでおります。この結果、自動車は電力と同じく、コスト的な理由でエンジンから電力によるモーター駆動代わると考えています。

 それだけではありません、様々な工場では電力のみならず熱を生み出すために、石油を燃料としてボイラーを運転しています。また、製鉄や洗練においては、石炭を熱源にしています。


 そして、この核融合機は生まれたエネルギーを電力に変えるのみでなく熱に変えることもできますし、この場合も電力程ではありませんが、極めて割安の熱を取り出せます。ですから、既存の発電機やエンジン、ボイラーなどはその価値を失います。

 その結果として、発電機やエンジン、ボイラーなどを作っている会社のみならず、石油や石炭などの燃料の運搬・加工している会社、エンジンやボイラーを作っている会社、実に様々な会社が極めて安い核融合反応機という競争相手のために競争力を失います。


 勿論、このように普及が進むはずの施設の導入は、中長期的には利点が勝ります。まず、我が国は石油等の化石燃料を年間15兆円位支払って輸入しています。先に申し上げた更新が進むと、これらの輸入は12〜13兆円減ると考えられています。

 さらに、現在我が国は需要不足から来るデフレに長く苦しめられてきました。そして、この核融合反応機及び、核バッテリーなど経済的に圧倒的に優れた設備への従来設備の転換は明らかにコスト的にメリットがありますから、誰もが早急に進めるでしょう。


 そうした直接的な需要が、大体我が国でここ5年ほどに限ってみても200兆円はあります。ですから、民間企業はどんどん設備投資しますし、人々は車などを買い換えます。ここに大きな資金需要が生じます。

 これに対し、我が国は使い道のない巨額のお金が銀行にあり、出来れば民間企業にできるだけ設備投資に使ってほしいのです。ですから銀行にとっては、こうした明らかにメリットの大きい投資は大歓迎であるわけです。


 つまり、間違いなく景気が良くなります。ですから、こうしたことを考えれば、さっき申しあげた資産の減損、そして業種によって競争力を失いことは、我が国全体としては、大きなものではないと予測されています。

 しかし、この負担は公平に来るものではなく、例えば電力会社とか石油精製会社、また先ほど挙げたような様々な製造会社では負のインパクトはとりわけ大きなものになります。


 そこで、皆さんにお願いしたいのは、こうした負担を日本の社会全体として分担して負ってほしいということです。これは、例えば電力料金はコストの減少に伴ってどんどん下げますが、過去の資産の償却を考えたものにしたいということになります。

 一方で、石油精製会社等については、需要そのものが大幅に減少するわけですから、別途考える必要があります。これは、今のところ新たに起きる産業等への転換などが考えられています。これらの応策についての方針は、政府として大枠は策定しており、明日10時から経済産業省から発表されます。


 中には立法措置の必要なものもあるため、確定ではありませんが、国会でも議員の皆さんの理解は得られると考えています。

 また、今回のことは、世界が心配している地球温暖化に対しては完全な処方箋になります。設備そのものが極めてコンパクト、すなわち建設に当たっての二酸化炭素の発生が少なくなります。しかも発電そのものの運転によっては全く二酸化炭素を発生しないのですから、これ以上のものはないでしょう。


 国際的な面でいえば、むろん友好国を優先してこの技術の拡散に努めます。しかし、そこでは国益というものを考えた拡散として、現在外務省に対応の策定を指示しているところです。


 さて、我が国ではエネルギー革命が起きました。

 これは、後戻りはできません。しかし、この革命は大変平和的であり、かつ私たちが将来に抱いていた不安を解消するもので、私はこの時期に総理大臣の職にあることを大変幸せに思っています。

 数年後、国民の皆さんとともにあのエネルギー革命が起きてよかった、また自分たちがよく頑張っていまの良い世の中を作った、と言えるようになりたいと思います」


 番組では首相のこの談話に続いて、専門家による解説が行われた。首相の説明のためのフリップ等の資料、専門家が使った資料などから、明らかに、この番組が事前に準備されたものであることがわかる。


 順平はこの談話を家の居間のテレビで聞いているが、横には母の洋子が座っている。なかなか、国はうまく対処しようといているようだ。この調子では日本国内では大きな混乱は起きないかな。ただ、国際的な動きは別だ。


 順平なりに思うところはあるが、味方につけるべきところを抑えればこっちも大きな混乱は起きないだろう。今日の首相の話を聞く限りでは賢く動いているようだから大丈夫だろう。


「国もちゃんと考えているのね、安心したわ。お父さんの会社は問題がないでしょうが、大きな影響を受ける人も多いはずだから、やっぱり混乱はあるでしょうね」

 母が言うのに順平も頷いて答える。


「うん、僕も多くの人が大変な思いをすることは避けてほしいと思っているよ。あいつのせいだ、と言って石を投げられたくなないものね」

 笑って言う順平に洋子は顔を顰めて否定する。


「そんなことはないわよ。でも、順平、聞いているだろうけど、わが家も大学の構内にいるけど、わが家のエリアは門などを改修してもっと、セキュリティを厳重にするのだって。

 いま建てているわが家もこの近所の大学の隣で、同じかもっと厳重に守られるようようなの。牧村先生も同じく区画の御近所になるのね」


「うん、まあ仕方がないけどね。僕には大分前からガードがついているけど、母さんと父さも同じようになって不自由を掛けるね。僕には前は陰ながらで、昔で言う陰供だったけど、もう2人がいつも表に出てついている。不自由だけど仕方がないね」


「まあ。仕方がないわね。順平はもはや世界の重要人物だものね」


「とは言え、この状態が続くのはうんざりだよ。だから、町全体のレベルで、セキュリティが守られた研究都市を作ればいいんだ。今のように既存の都市の一部を仕切るのではなくてね。母さんも、そんな町の中なら安心して出歩けるならいいでしょう?」


「うーん。それはそうね。でも、簡単な話ではないでしょうねえ」


「まあ、簡単ではないだろうけど、何とかしてみせるよ」


「そうね。順平に期待しておくわ」

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