第12話 FR機実証試験成功

 9月初旬、まだ残暑が厳しい日、予定から1ヶ月弱遅れてプロトタイプのフュージョン・リアクター(FR)機が組みあがった。その基礎になる論文が出来てから1年と3ヵ月で、予算化して設計を済ませ、多数の必要な機器を調達してでの上である。 

 従って、この期間で実用機が出来たというのは、後世の人が信じられないと云うのも当然である。


 とりわけ、設計や、発注した機器のメーカーや技術者、それらの発注し受け入れ、検査をするスタッフは、夜を徹して働いてきた。しかし、歴史に残る仕事をしているという、プライドがこうした無理を可能にしてきた。

『働き方改革』など、あったものじゃないが、実際の現場の技術者からは不満は出ず、上層部が止めようとしても、無視して喜々として仕事に打ち込んだ。


   ―*-*-*-*-*-*-*-*-


 完成の1ヶ月ほど前のことである。四菱重工江南事業所の、『FR開発プロジェクト』の会社側のメンバー80名、江南大学から25名、協力会社350名の内、社内の主要メンバー隊15人が集められている。

 名目上のプロジェクトを管理者である、江南事業所の技術開発部長である住田がメンバーに苦情を言っている。


「だから、メンバー皆にそんなに長時間労働されたら困るんだよ。管理職である加藤君さえも180時間、君津君は170時間、他のメンバーも軒並み150時間~200時間超えだ。一般職員や協力会社などはもっとひどい。今は、カメラとAIで出欠を管理しているからごまかしようがないものね。

 私も前から事業所長には言われていて、君らにも言ってきたけど全く改善していないから、本社の人事部長から苦情を言われて困っているんだよ」


 それに対して、槍だまに上げられた加藤が反論するが、彼もさすがに頬はすこしこけて疲れは隠せないものの目は輝いている。

「ハハハ。それはお困りでしょうね。でも、峠は越えました。どう言ってもあと1ヶ月ですよ。今や日本のガソリン価格は300円を超えて大変なことになっていますが、僕らのやっているFR実証機が動いて機能を実証すれば、あっという間に冷え込みますよ。

 僕らは、こんなにやりがいのある仕事をやったことはありません。僕らのやっていることは間違いなく歴史に残りますし、その結果が直接世の中を動かしているのですからね。この程度では疲れなんか感じませんよ。なあ、みんな?」


 それに、そこにいるメンバーが大きく頷き、やはり名が挙げられた君津が言う。

「おお、そうだ。いえね、僕らは、倒れない程度に休んでいますよ。倒れると結局迷惑をかけるのは判っていますからね。そして、外注さんについても代わりはそう簡単にいませんので気を配っていて、これでも僕らがブレーキをかけているのですよ」


 そこに、小太りの取締役・江南事業所長の植村、本社から来ている常務取締役・開発本部長笠谷が入ってきたが、植村が皆に向かって声をかける。

「まあ住田君、残業時間の件は板挟みで申しわけないね。とは言え、人事に叱られながらの君らの頑張りのお陰で、1ヶ月先の完成は見えている。君ら自身が一番わかっているように、このFR発電システムは、恐らく人類の歴史の中でも最も大きな発見であり開発だ。

 それに加えて、今の日本のみならず世界が最も待ち望んでいたエネルギーの安価かつ副作用のない供給源になる。ここにいて、その実現にために奮闘したくれた諸君は、その大きな部分を担ったことで大いに誇ってよい。この開発の今後について笠谷常務からお話がある」


 55歳の笠谷はテニスをやっていて、日に焼けて引き締まった長身細面のイケメンである。社長から命じられて、FR機の開発のみならず、会社の将来を賭けた動きが始まっている江南事業所の指揮を執るため、1ヶ月前から本社から赴任している。

 とは言え、全ては順平と江南大学から始まっているので、言ってみれば順平対策に来たようなものである。笠谷が口を開く。


「諸君。植村事業所長の云われる通りで、諸君の働きに会社として最大限の感謝を申し上げる。現在、FR実証機の完成目指して、全力で取り組んでおられるところを申し訳ないが、実証後の計画についてお話しておきたい。

 諸君もご存じのように、実証機の10万㎾機に対して、商用機は基本的には実証機と同じ小型10万㎾級と大型100万㎾級として計画しており、それぞれの設計がほぼ終わって、仕様書も固まって来ている。

 だから、実証機での運転確認が終わり次第、大型・大型機を我が日本国の全力を挙げて建設を進められることになっている。しかし、全く新しいこの種の設備について必要な設備を調達し、組み立てるためには、それを実施できる人材を育てる必要がある。


 そのための人材は、総理官邸に総務省・経産省がコーデネイトして業界団体が指揮をとって、わが社のみでなく全国のエンジニアリングメーカーからの選抜が始まっている。そして、それを彼らに教えられる教師は君ら、及び江南大学の先生方、プロジェクトに入り込んでいる院生を置いていない。

 また、実際に建設が始まってからの援助・指導も当然必要であるし、君らも担当して共に解決していかなくてはならない点も多くあるだろう。

 また、わが社は技術的ノウハウの秘密厳守を長く言ってきたが、FR発電機の建設の面では、選ばれて送り込まれた人々に対してはその点は考慮しなくてよい。というより、そういうう制限を設けていては、実機の建設が進まない。

 しかし、無論そうして選ばれて送り込まれてきた人々以外には、とりわけ外国人にはより厳しく秘密の厳守をお願いしたい」


   ―*-*-*-*-*-*-*-*-


 9月5日の組み立て完成以来、120人の製造会社の担当員や運転ソフトウェアの設計者など各部門の専門家が、設計図やパソコンの画面を睨みながら2交代で各構成機器の単独運転、連動シーケンスを確認し、不具合を洗い出し調整してきた。


 ここでは、500人を超える研修生である各部門の専門家が、同様に設計図やパソコンを見ながら、点検調整を行っている状況を把握しようとしている点である。これらの人々は、本設の小型、大型のFR発電設備の建設に従事すべく様々な会社から選抜された人々である。

 彼らは、この段階の業務を実際を把握して実用機の建設のノウハウを得ようとしているのだ。


 そして9月11日、全ての構成機器の動きが正常で、連動運転も正常に機能すること確認して全体運転が可能になったことを、全体を指揮・管理している江南大学の山村教授が宣言した。そこで、11日午後3時、各方面に12日午前10時の試験運転開始が連絡された。


 加藤総理大臣は、川村官房長官と共に官邸の執務室の応接セットで、たった今秘書が受けたその話を聞いた。

「はあ、明日かあ。いよいよ運命の日だね。すでに、この話はマスコミに漏れているから、うまくいかなかったら内閣としても何らかの対応はする必要があるね」


 首相の話に川村が応じた。

「まあ、対外的に基礎・応用研究ということで通していますから、その場合は経産省から説明させれば良いと思いますよ。まあ、どうせ明日のことですから、うまくいくと思っていましょうよ。

 私は核無力化装置、UDDですか、あれの成功を見ていますから、同じ吉川順平君が考えたシステムのこれも旨くいくと思っていますよ。現地に今晩飛ぶという中根大臣から、成功の報告が聞けると信じています」


「うーん。しかし、川村さん。ウクライナ戦争の再開以来、世界の動きは目まぐるしかったなあ。それにしても、ロシアは領土をむしられたね。ウクライナのクリミア半島の再領土化に加えロストフ州の併合、中国のアムール州の併合に、それにわが国にとって大きかったのはアメリカが仕掛けたシベリア共和国の独立だね。

 ロシアは、軍のクーデターでエトロイエフ暫定大統領となって、前大統領のエグザイエフは、拘束されて裁判中ではあるが多分死刑だな。まあ、国からかすめた10兆円の資産というのは事実だったらしいし、国家の財産を食いつぶしてきたということだからね。


 ウクライナ戦争で国家運営を誤ったということもあるけど、こっちの方だけで死刑になるよね。エグザイエフの派閥のものがまだ続々と摘発されているようだけど、彼らの資産も取り上げるのだろうな。彼らの資産はウクライナへの賠償金にあてるのだろうね。

 ロシアの暫定政権は世界からの経済封鎖を解こうとして必死だけど、ウクライナへの賠償の問題に道筋がつかないと全面解除はありえんよね」


「ええ、領土問題については、アメリカ・イギリスは、リベリア共和国は独立国として日本と共同で開発を進める方向ですね。その一環として、中国の現政権は潰して、その時点で火事場ドロボウ的にかすめ取ったアムール州は返還させてシベリア共和国の領土とする線です。

 核の無力化によって、中国がアメリカにどうあっても勝てないのははっきりしましたからね。現政権が崩壊するのは少し時間はかかってもまあ10年は要しないでしょう。北朝鮮は精々数年ですね。


 そして、総理もご存じですが、すでにシベリア共和国の指導部も認めていますから、サハリンを除く北方領土は日本への返還になります。正式には、来年春の共和国の選挙後に返還になるはずです。

 アメリカの言い分は、広大なシベリアはそれなりの開発投資をすれば、人類にとって有用な地域になるのに、何事も効率の悪いロシアでは殆ど無人のままになっている。だからロシアから取り上げて、日本やアメリカが開発してやるのは世界のためということです」


「うん、ロシアの効率の悪さは僕も思うけど、日本の10倍もの寒冷な大地を我が国はコントロールできるのかなあ?」


「その点は、このFR機にも絡んできます。これが成功すれば、常温核融合という技術は確立します。そして、江南大学に問い合わせたのですが、その核融合の結果として、現在のシステムは電子を取り出して電力を得ています。

 これは、熱として取り出すことも可能だそうなのです。電力を熱にまた変えるには、そのロスもさることながら、ヒーターが必要ですが、この場合はその必要が無い訳です。シベリアのような寒冷地の開発に、常温核融合を熱源に出来れば開発に弾みがつくと思いますよ。

 ところで、ロシアからウクライナの賠償問題ですが、ウクライナ側の5千億ドルの要求はロシア側には到底飲めないでしょうね」


「ああ、ロシアにそんな体力はないな。イギリスの云う線が妥当なところだと私は思うな。クリミア半島の再領土化は当然として、それに加えロストフ州の割譲、さらに天然ガスと石油の10年間無償供与、あと金を千トンということだったね。

 ヨーロッパの連中は、第1次世界大戦でドイツに過酷な賠償を貸した結果、第2次世界大戦を引き起こした反省もあるんだろうね」


「そうですね。それにしても、ロシアの金備蓄は公称950トンだったのが、3千トンあったとはね。そして、そのうち500トンはエグザイエフが私物化していたというのだから、共産国というのはお粗末というか信用なりませんね」


「とは言え、わが国は今回のウクライナを巡るごたごたで、コロナに続く経済的混乱があったけど、物価上昇によって賃上げも進んでお陰でデフレは脱却できたな。今後、ウクライナへのかなりの支援は必要だろうけど、一連の動きは我が国にとってはマイナスではない。

 そのうえで、明朝の試運転が予定通りなら、今後の高度成長が見込まれるな。どうですか、今日はお神酒を挙げて明日の成功を祈念しましょう」


「ええ、いいですな、是非行きましょう」

 首相の言葉に笑顔で応じる官房長官であった。


   ―*-*-*-*-*-*-*-*-


 四菱重工業㈱江南事業所構内の、長さ40m×幅15m×高さ15mもある大倉庫の中でFR発電機の実証機は組み立てられている。順平は、実証機の操作盤から少し離れて、牧村准教授及び父の涼太と並んで、最後の試運転準備状況を見ている。


 今回の実証実験に対して、マスコミに対してはあくまで基礎的な実験であり、実際に成功するかどうかは何とも言えないという発表にしている。だから、現場の広さに制限からということで、取材に構内に入れた新聞社は三大紙のY新聞、A新聞、M新聞と地元の山海新聞、テレビ局はNHKにこれも地元の陽日放送のみに限っている。


 Y新聞の日坂麻衣は、現場の実証機とそれを取り巻くエンジニアを中心とした人々をみて、『基礎的な実験』という経産省の話に大きな違和感を感じた。実のところ、Y新聞の地元の記者から本社に、江南事業所の実証機なるものに対して力の入れようが尋常でなく、成功するという心算で動いているのではないか思われるという報告が上がっている。


 予算が膨らんで、70億円を超えたという点も異常ではあるが、数百人の関係者が江南市に集まって、皆江南事業所に通っているという。Y新聞はそれを受けて経産省に探りを入れており、その結果は『基礎的な実証』しか出てきていないが、ベテラン記者の一人は『そんなもんではない。経産省は大臣以下本腰を入れている!』と断言している。


 たしかに、常温核融合機で、しかも電力を直接取り出すなど夢物語としか思えない。とは言え、それはすでに理論的には検証されていて、その実証に賭けて70億円を投資するというのは、国レベルとしておかしくはない。


 42歳の麻衣は、科学に強い本社のエース級であることを買われて、昨夕の翌日の朝の試運転の発表というタイミングにも関わらず、東京から送られてきたのだ。

 地元の中山記者とカメラマンにホテルでピックアップされ、朝9時に江南事業所に入った彼女の印象は『当たり』であった。その実証機が収納されている建屋に、続々と向かう人々に一人として軽い調子のものはいない。


 その実証機は、幅が4m余、長さが10m強の型鋼のフレームに載った、大きな球体を含んで銀色と赤く塗った様々な機械が組み合わさっていて、高さ6~7mの武骨なものであった。その端にはクリーム色の幅が1.5mほどもあるパネルがあって、その上面にはスクリーンがはめ込まれて、様々な色の信号が輝いている。


 そして、実証機を点検して回っている技術者の真剣さは、少なくとも担当する者達はこの機械の成功を信じているのを感じさせる。しかも山根経産大臣が来ている!

 その場に来たマスコミは、皆その場の雰囲気を感じとっており、記者はあらかじめ入手している資料を慌てて読み返している。これら限られた数であるが、マスコミも見守る中で準備が進む。


 実証機の起動を行う操作盤の正面には、FR計画の開発責任者山村教授と山戸教授、山根経産大臣と秘書が立っている。9時45分、一人のエンジニアが機体の傍の机に置いたパソコンのキーを操作して、その画面上の実証機の組み立てシステムを走らせている。


 それを他の2人が覗き込んで、その一人が読み上げ、さらにもう一人が手元のボード上のチェックリストをチェックしている。やがて、3人が「ふー」と息を吐いて、顔を挙げて向きなおり山村教授に言う。


「山村先生、チェック終わりました。起動ボタンを押せばシステムは正常に機能します」


「うん、組立て主任の加藤さん、有難う」


 山村教授は頷いてマイクをとる。

「ええ、皆さん。今回のFR計画の指揮をとらせて頂いています、江南大学工学部の山村です。本FR計画を国として主管されていますのは経済産業省ですが、本日は山根経済産業大臣においで頂いています。予定の10時まであと5分ですので、予定通り10時に試運転を開始します。

 起動ボタンはこの操作盤の、このボタンです。10時になりましたら、山根大臣に起動ボタンを押して頂きます。では山根大臣、一言お願いします」


「経済産業省の山根です。このフュージョン・リアクター開発プロジェクトは我が省が主管して始めさせていただきました。常温核融合によって物質を電力に変換するというこのシステムが実用になれば、エネルギー価格の高騰に苦しむ我が国のみならず、世界にどれほどの恩恵を与えるか私が改めて言う必要もないでしょう。

 さらに、このシステムは地球温暖化への完全な解決策です。まもなく始まる試運転の成功は間違いなく人類史に残る偉業です。そしてその偉業は、この実証機の設置位置が江南市であるように、開発を担われた江南大学の山戸先生、牧村先生及び吉川順平氏の研究があればこそのものです。

 さらに、同じくに開発の指揮をとられた江南大学の山村先生等の働き、さらにはこのプロジェクトに従事した四菱重工を始めとする多くの人々のご努力のたまものです。この場を借りて感謝の意を表するものです」


 山根は周囲にむけて大きく一礼した。山村はその後マイクを受け取って口を開く。

「さて、あと2分ほどですので少々お待ちください」


 そしてしばらく時計を睨んでいたが、「あと1分です。あと30秒、………秒読みをしますので、山根大臣、ゼロでボタンを押してください。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ゼロ!」


 山根が一瞬高く腕を挙げてアピールし、ボタンを皆が見えるようにボタンをしっかり押した。その数秒後、低い唸りが起き、パネルを見ている山村が読み上る。


「励起始まりました。リアクター内温度上昇中、100℃、―――200℃、――――300℃、――――400℃―――――488℃、反応器の連鎖反応始まりましたので、電力エクストラクターをオンとします!」


「出力、――――5千㎾、――――1万、――――2万、――――3万、――4万、―5万、――7万、―――9万、―10.5万㎾、――――10.5万㎾で安定しました。ええと、水を分解後の水素ガス消費量は、1.05g/時です!10分ほど経過を見ましょう。その間お待ちください」


その間、人々は雑談もせずにかたずを飲んで待っている。やがて、山村教授がパネルを見て口を開く。


「安定に達してから、電磁波出力、磁力線の出力、電気の出力、リアクター内の温度は安定しています。まだ、継続して運転はしますので、機器の不具合等が生じる可能性がないとは言えませんが、FR機と電力取り出しのシステムの機能は実証されたと言えます」


「「「「「おお!成功だ!」」」」」


 山村教授のアナウンスに取り囲んだ技術者から歓声があがる。それは建屋内のもならず、建屋を幾重に取り囲んだ人々すべてが叫んだ。そこに、山根大臣がマイクを取って音頭をとる。流石に1流の政治家は流れを作るのがうまい。


「フュージョン・リアクターの実証成功を祝して、万歳を三唱します。それ、万歳、万歳、ばんざーい」

 それに集まった700人を超える人々が唱和する。


 牧村は、どちらかと云うと万歳のようなノリにはついていけない方であるが、気が付けばそれに唱和して楽しんでいる自分に気付いた。


 順平も牧村と同様というより、そのような経験が全くないのであるが、周囲に合わせて一緒になって万歳をしているものの奇妙な風習だと思う。周囲を伺うと皆本当に嬉しそうだ。自分の異質さを深く自覚している順平にとっては、人は全て警戒すべき対象であって無意識に周囲に迎合するようになっていた。


 その意味で、自分が本当に信じていたのは死んだ祖母のみであった。彼女は、本当の意味で彼に無償の愛を捧げてくれた人であり、自分が人をある程度信じることができる根拠であった。祖母は賢い人だったと思う。


 彼の異質さを理解したうえで、周りから警戒されないように導き庇ってくれた。そして、祖母はまた善意の人ではあったが、人の怖さ残虐さも知っていた。それらを解った上で、順平が人々の役に立つことを、そして世に溶け込めることを願っていた。


 順平は、祖母の臨終のときまで彼を優しく見つめてくれたその目を見て祖母の願いに答えようと思っていた。だから、牧村に会って話した内容は本音ではあったのだ。牧村にあの論文を送った時は自分の書いたものの値打ちはよく解っていた。


 しかし、その理論の発想をした人物が、自分の発想を超えるものを見せられてどう反応するかに興味があった。そして、場合によってそれが世にでるきっかけになるかもしれないという思いもあった。その意味では当たりであったわけだ。


 また、もう少し牧村が自己中心的な行動をとると思っていたので、その後の展開の速さは意外だった。おかげで、自分もその熱狂に巻き込まれて自分を駆り立てて、方向つけに全力を出してしまった。その結果が今日のこの試運転がある訳だ。


 そして、順平は大学のみならず様々な研究機関で行われる“順平セミナー”を気に入っていた。むろん自分であっても知らないことの方が多いのは承知していた。だから、セミナーで限界のある中で知性を磨き、知識を高めてきた出席者の知識と発想を聞き、自分の知識に加えることができるのは喜びである。


 セミナーにおいて、その後の展開の方向を示唆し導くことで、人々に広がる喜びの輝きは何とも心地よいものだった。順平にとっては、小学校の同級生などは、付き合うだけで疲れる相手であって到底語るに足る相手ではなかった。

 その意味では、大学での生活、そして様々な専門家との交流は自分にとって満足できるものだ。

 順平は今や決心していた。『行けるとこまで行こう!』と。


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