第7話 牧村一家の正月

 正月、牧村は久しぶりにのんびり妻の早苗、娘の舞と自宅のソファに座って過ごしている。舞は放映されているテレビ番組に夢中で、その傍ら牧村と妻の早苗が話している。


「あなたも、あの論文以来ここ半年は忙しかったわね。そのため、私も詳しいことを聞く暇もなかったわ。経産省からの日高さんはずっと江南市に滞在しているのでしょう?」


「うん、彼女は実家が市内だから、家からうちの大学か、江南事務所に通っているよ。FR開発計画の企画書は、3カ月前に出来て経産省の認可も下りて正式のものになったのは知っているよね。すでに基本設計は終わって、詳細設計も最終段階に入っている。

 だから当然、全体構造が明らかになったところだけど、思ったより新しい機器の開発が必要な機材はないことがわかって、完成までの期間が前倒しになりそうだ。設計チームは、山村教授を中心に大学から8名、民間から15名の人が入って進めている。

 設計で1年はかかると思っていたけど、やっぱり順平君が入っているのは大きいな。当然こうした開発ではあちこちに問題が生じてその都度止まってしまうものだけど、彼が議論の場に入るとスルスルと解けちゃうんだ。


 彼みたいなのを『触媒』というのだろうな。通常は設計が終わらないと機材の発注はしないのだけど、この場合は無駄になって、時間を短縮できるのなら費用の増加はO.Kということになっている。だから、様々な新しい機材については試作されてすでに、試験されている。

 結果として、予算は大分膨らみそうだけど、この件は首相まで上がっていて、当初の2倍や3倍になって問題ない、但し実装置の早期建設を睨んだものにしてほしいという要請だ」


「ふーん。随分景気の良い話だけど、納税者としてはすこし引っかかるわね」


「い、いや。当然最善と思ってやるのだから、技術の蓄積には大いに役立っているんだよ。ちなみに、施設の組み立ては予定通り、四菱重工の工場内で行われることになって、鋼製の基礎はすでに組み立てが始まっている。今のところあと半年で1号機が完成する意気込みでやっているよ」


「ふーん。2年というのが1年か。それは早いわね」


「ああ、早い。一つには経産省の線からと四菱重工が、総力を挙げてバックアップしているのもあるので、人材は引っぱり放題、費用は後清算で進んでいるのもある。だかど何といっても順平君の「触媒効果」だ。詰まるところがないものね。

 それから、10万㎾の発電機といえば、一番コンパクトなのがガス発電のものだけど、付属機器まで入れると大体30m×30mの用地に高さ10m程度になり、費用は発電機本体で50億円位かかるらしい。

 これが、今の予定だと、幅5m長さ10mの鋼製フレームに載せることで高さも5m以内に収まるレベルで、量産すれば20億円以下に収まるということだ」


「さすがにトラックに載せられるとまでにはいかなかったようね」


「うん、だけど、山村教授の話では、今の大きさはプロトタイプの場合で、量産タイプは大分小さくなるようだね。なにより、燃料がただの水だからね。結局、水を内部で電気分解して燃料の水素を発生させることにしたので、そうなったのだけどね。ただの水道水を軟化して使うことになる」


「特許申請の進み具合は、どうなの?」


「うん、すでに申請は済んで、公開はこの正月明けになるようだね。申請者は結局、僕と順平君、大学側として、山戸先生、山村先生にも入ってもらった。その4者と、今すでにある江南大学技術研究所が契約を結ぶ予定だ」


「うれしいわ。特許使用料に代わって、その研究所から毎月お金が下りてくるのでしょう?」


「うん、各特許や技術による公社への収入と、開発者の貢献に応じて、給料に近い形での給付がある。今年の夏ころには建設に係る特許料の収入が入り始める見込みだから、来年の今ころには給料は3倍くらいになると思うよ」


「3倍!幸せ!」


「しかし、このフュージョン・リアクターの発明の貢献度は、順平君が僕の2倍くらいになるから、彼はすごいよ。それと、今回の技術の延長で、いわば電子の缶詰ともいえるスーパー・バッテリーの開発の目途もほぼついた。

 石油エネルギーの使用先としては、発電もあるけど車等の燃料も大きいからね。高性能バッテリーさえあれば乗用車や運送トラックに安い電力が使える。

 さらに、この場合、大量のモーターが必要になるけど、順平君が、今の電線だらけのモーターって不効率過ぎると言い出ししてね。その新しいモーターの理論面はすで確立しており、いま機械工学の佐野教授と電気工学の水谷教授と院生が集まって、実機の試作に入っている。これも今年中には形になりそうだ。


 今後は、銅はできるだけ使わずアルミを使うという方針のようだ。なにしろアルミの資源量は多いけど、電力多消費ということでコスト高になっていたけど、今後は電力そのものが大幅に安くなるからね。

 これらの特許は、バッテリーはすでに申請書は出来ているし、モーターもほとんどできている。バッテリーについては、僕も申請者に入っているので期待してもらっていいよ。この点でも、順平君は殆どすべての発明に第一貢献者で入っているよ」


「ふぇー凄い!でも歴史に間違いなく残る天才だもんね。当然と言えば当然かあ。ところで順平君のお父さんの話はどうなったの?」


「涼平さんは、プロジェクト参加の件で、会社の了解は早めにでていたけど、持っていた仕事の引継ぎが大変で少し時間がかかったようだ。最初はFR計画に入っていたのだけど、今はモーターの方をやっていただいている。順平君と楽しくやっているようだよ。

 どうも、お父さんの会社でモータとその関連機器の生産を担当するみたいだ。特に、自動車に使うレベルの30〜200㎾クラスのものだ。お母さんもセキュリティの面から勤めていた病院を辞めて、今は家におられる。


 経産省、四菱重工からお父さんの会社の社長へ話があって、お父さんは大分給料があがったようだから、それもあるんだろうね。また、順平君の一家は今のところはまだそのままの家に住んでもらっているけど、もう少し順平君のことが世間に知れたら、引っ越してもう少しガードしやすい家に越してもらう必要があるだろうね」


「ところで、順平君は結局どういう形で大学に係っているの?」


「うん、順平君は基本的には文献等の存在さえわかって読めれば、授業を聞くより情報・理論の理解は遥かに早いんだよね。そこで、基本的には授業に出るのは最小限にして、テーマごとに教官とドクターコースの院生とディスカッションに加わってもらっている。

 その中で、文献等についての意見交換がある訳だけど、この順平君の入ったディスカッションがものすごく有効なんだよね。何でもない技術的論議の中で、彼がいろんな考えを提議すると、これが目からうろこが落ちるよう話になるようなんだよね。


 つまり、『ああ、そうなんだ。そういう考え方もあるな』あるいは『なるほど、見逃されているこういう発展もあるな』ということに連続なんだよ。まさに先ほど先ほど僕が言った『触媒効果』なんだ。

 だから、いま学内では“順平セミナー”、これが呼び名になっているのだけど、その順番待ちで大変だよ。実際、学内の現状では理系だけだけど、今年はうちの学校からすごい数のそれも画期的な論文が出るよ。


 この件では、ちょっとすぐに出すのはまずい内容もあって、経産省から専門の人が常駐して、分類をしている。そのように、すぐ発表できないものは当然、大きな産業の種ということで大きなお金に繋がるわけだから、待たされる人も特に不満はないようだね。

 また、そのからみで、弁理士は地元の山本さんの事務所の他にもう2つの事務所が加わってもらっている」


「なにか、すごいことになっているわね。……ところで、防衛省が順平君からみで大学に出入りしているという噂だけど、それはどうなの?」


「うん、これは僕の論文とはまった関係ない部分で、僕は絡んでいない。そして、防衛絡みだから厳しい箝口令が引かれている。だから、僕は一応聞いているけど、君にも言えない。だけど、四菱重工には防衛省から50人を超えるスタッフが詰めているというのだから、結構大きな話であることは判るだろう?」


「うん、解った。私も聞かないよ」


 そこで、テレビのスイッチが切られたので娘の舞の方を見ると、ちょうど舞の見ていたテレビ番組が終わったらしく、舞が「パバ、どこかへ行こうよ」と牧村に抱き着いて来る。


「そうだね。今日は、アインモールが開いているので行こうかね。じゃ準備をしよう」

久しぶりに一家で、車に乗って出かける牧村一家であった。

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