エピローグ:終わらぬ災厄

第55話:ニュージョージの災厄

「で? やられたの? あの子」

 一切の明かりが入らないように遮光カーテンのされた広い部屋。

 暗闇の中で、蹲る影とそれを見下ろす影がある。

「はい。そのようです」

 緊張で少し震えた声で返しているのは、床に額を擦り付けているベイク・パーカーだった。

「まぁ、あの子の使い魔が死んでったから、薄々気付いていたけど。それにしたって、あの子、何もできてないじゃない。どうするつもりなのかしらね~」

 ベイクを蔑むように見る影の目が翡翠色に輝き出す。そして、挑発するような視線を、部屋の隅の椅子へと動かした。そこにも一人の影がある。

「街のバランスはまだ崩れてない。救援隊は潰してない。病も中途半端。少し任せすぎたんじゃぁないのぉ?」

 意地悪に目を細め、非難するように言うが、椅子の座る影は無視して視線をベイクへ向ける。

 すると、いきなり彼は苦しみだし、嗚咽し、喉を掻きむしったかと思うと、血濡れのネズミが大きく開かれた口から顔を覗かせ飛び出した。人形の糸が切れたように崩れ落ちるベイクを余所に、影はネズミを拾い上げる。

 翡翠色の目でシゲシゲと観察して、小さくため息を吐いた。

「最低限、役目は果たしたってことね」

 影は喜悦に顔を歪ませながら、ネズミの首を捥いでテーブルの上に置かれた盆に血を注ぐ。

「それで? あとどれくらいの魂を捧げる? ポワカ」

 翡翠色の目をした影が、椅子の方へと振り返る。

「全てだ。この大陸に住まう、生きとし生けるもの全ての魂を。あなたは、ただ狂気と混沌、そして死をこの街にばら撒けばいい」

 赤く輝くその目には、生者に対する燃え盛る怒りが滲み溢れていた。



☆   ★   ☆



 この数日で、一気に寒くなり、人々は冬物の上着を羽織始めた。室内でも暖を取り、街中を昼間でも身を震わすような冷たい風が吹いた。


 ミッドサイドのアリシアの下宿先。


 ルーヴィック・ブルーは自分のベッドで目を覚ました。


 酷い頭痛がして、考えられない。しばらく状況が理解できずに、目を開けたり、閉じたりを繰りかえすと、ようやくぼんやりした視界がクリアになってくる。

 見覚えのある天井、家具。

 自分がなぜここで寝ているのか、思い出せない。体は鉛でも詰められたかのように重くて動けず、声を上げようとしたが不細工な笛の音のように空気が漏れる。

 どうすることもできないまま時間が過ぎた頃、雑談をする声と共に2人の人物が彼の部屋に入ってくる。

 楽しげに話す声からすると、2人とも若い女性だ。

 呻くように声を出すルーヴィックに気付いた人物の会話が止まる。

「うそ・・・・・・。ホントに?」

 ベッドまで駆け寄り、覗き込むようにルーヴィックの顔を見るのはマハだった。あまりのことに驚き、口をパクパクして何かを言おうとしていたが、うまく言葉になっていない。

 ルーヴィックは、マハををよく見る。


 知ってる顔だ。


 遠い記憶から引っ張り出すように、思い出す。他に視線を動かすと、同じく驚き、涙ぐんでいるアリシアの姿も見られる。

 マハは、ルーヴィックの額に手を置き(嫌がったが、ろくな抵抗はできなかった)、まぶたをこじ開けられて瞳を確認する。

「ねぇ、ちょっと、お前、私分かる?」

 相変わらず仏頂面で抑揚のない声でマハが訊ねる。ルーヴィックが答えないと、続けていろんな事を聞いてきた。


 最悪だ。寝起きに見る顔が先住民の女とは・・・・・・。


 ふて腐れながらもマハの簡単な問い答えていると、アリシアが呼んできたのだろう、階下から何人もの足音が荒々しく階段を駆け上がってくる。

 ワイルドとジェームズ、マト、保安官補佐のテレンスだった。マハは無言で、ルーヴィックを指さすと、みなが息をのんだ。

「お前・・・・・・分かるか?」

 ワイルドが声を震わせながら近づいてくる。ルーヴィックは小さく頷くと、ワイルドは「お前、ホントに不死身かよ!」と言いながら、抱きしめてきた。


 正直恥ずかしいから、離れてほしい。


「俺は、何があったんだ? 魔女は?」

 ワイルドが離れてしばらくすると、徐々に断片的だが記憶が戻ってくる。

 そして彼は自分が、白熱病にかかったことを聞いた。

「え? 俺、治ったのか?」

「ああ、奇跡だ」

「薬ができたのか? ダウナーサイドの封鎖は?」

 自分が目を覚ましたこと、ミッドサイドの事務所にいること、疑問がいくつも湧いてくる。

「白熱病は、もう収まった、のか?」

 期待を込めた問いかけには、みな難しい顔をする。

 なかなか答えないのに痺れを切らし、ルーヴィックは重たい体を動かす。別人の体のようだが、先ほどよりも動く。マハが制止するも、振り払い起き上がる。

 ヨロヨロと立ち上がるのをワイルドが支えてくれた。そのまま窓辺まで行って、カーテンを開く。


 曇ってはいるがまだ昼間だ。なのに、街は真夜中のように静かだった。誰も外を歩かない。


「どうなってんだ?」

 食い入るように外を眺めるルーヴィックの声は、知らぬ間に震えていた。何か不気味なことを察知したかのように、背中に流れる冷たい汗が止まらない。

 この異様な静けさは知っている。ダウナーサイドの状況に似ている。

「ブルー君。ダウナーサイドの封鎖が解けた。でもね、それは白熱病が収まったからじゃないんだ」

 ジェームズが静かに声を掛ける。助けを求めるようにルーヴィックが周りを見るが、目を合わせようとはしなかった。ただワイルドだけは、彼を真っ直ぐ見て言った。

「魔女は倒したが、白熱病をダウナーサイドに押さえ込むのには、失敗した」

 ルーヴィックが目覚めた時、白熱病の感染はニュージョージ全体に拡大していた。



(第1部完 第2部【魔女たちの宴】に続く)

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エンパイア・オブ・カラミティ【第1部】狂い咲く死の舞踏編 檻墓戊辰 @orihaka-mogura

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