第4話 六七八事件

第二部 2010年


 絵里と、双子の空と陸が権厳寺ごんげんじ家へ来て20年の歳月が流れた。

 京介は、経営者としての手腕はさらに冴え、不動産業でありながらバブル崩壊やリーマンショックをうまくかわし、建設業へも手を伸ばし、会社はさらに大きくなっていた。

 妻の咲弥さやは京介の仕事を手伝って、グループ会社の一つを任され、居候の絵里は家で家事全般をしていたため、お互い距離を保ちながら、いがみ合うことなく生活ができていた。

 空と陸と、咲弥が産んだ優子ゆうこの3人は皆、京介の子供で、腹違いで生まれてきたと言い聞かされ、大学生活を謳歌していた。


 京介と本当に血がつながっているのは、空だけだという事実を隠されたままに。


「陸ニィ待ってよー。私も一緒に連れてってよ」

「優子。今日の大学の授業は午後からじゃなかったのか?」

「そうだよ。でもいいの。私、陸ニィの運転する車の助手席が好きだから」

「優子が車に乗ると燃費が悪くなるんだけどな。まあいいや来いよ」

「もー。ちょっとそれどういう意味よー。いじわるー」

 二人は笑いながら家を出て、父の京介に買ってもらったGT-Rで、共に通う国立大学へ向かった。

 一方、リビングに残った京介と空の親子関係はうまくいっていなかった。

「空。お前も行かなくていいのか?」

「オレはあいつらの大学と違って、親父のコネで入った私立大学だから、どうせ行かなくてもコネで卒業できるっしょ」

「親に向かってなんという口の利き方だ。まったく。お前も将来は権厳寺グループを引っ張っていく存在になるんだぞ。しっかりしろ」

「オレはそういうのいいよ。陸に全部まかせるわ。あいつの方が優秀だし」

 京介は密かに、自分の跡継ぎは空にしたいと考えていたが、その期待とは裏腹に、陸の方が優秀に育ってしまっていることに、歯がゆさを感じていた。


 優子は大学に着き、午後からの授業に備えて大学の図書館で勉強をしていた。

 専攻していた社会学の課題で、過去の事件をまとめるため、古い新聞紙を借りて記事を読んでいた時に、それを見つけてしまった。


………………

1989年5月3日午後1時半ごろ、環状八号線交差点で、自転車に乗って横断歩道を渡っていた会社役員男性(34)が、会社員女性(45)のダンプカーにはねられた。はねられた男性は大けがで都内の病院に搬送された。警察はダンプカーを運転していた会社員、六車七美(むぐるま・ななみ)容疑者(45)を過失運転傷害の疑いで現行犯逮捕しました。

………………


 この時、優子は父の京介から、『名前に六と七が付く人に、環八かんぱちでひかれた』と、よく冗談交じりで言っていたのを思い出し、父の事故の記事だと直感した。しかし優子は、母である咲弥から『優子を身ごもってから京介が事故に合った』と聞かされていたため、自分の誕生日である1991年3月1日から逆算すると計算が合わないことに気が付いた。新聞の記事が間違っているのか、自分の誕生日が間違っているのか、母が嘘をついているのかと、優子は混乱したが、記事のコピーを持ち帰り、後で両親に聞くこととした。


 その日の夕食は、めずらしく権厳寺家の6人がそろって食卓を囲んでいた。

 食事が終わりに差し掛かり、絵里が焼いたアップルパイをデザートとして切り分けていた時、優子がカバンから記事のコピーを取り出した。

「これ、パパの事でしょ?この事故で子供を作れない体になっちゃったんだよね。どうして私が産まれる2年前に事故が起きたことになってるの?説明してよ」

 京介と咲弥と絵里は顔を見合わせてお互いの出方を伺うと、京介が話し始めた。

「本当はお前が大学を卒業してから話そうと思っていたんだが、、、」

 咲弥はとっさに止めようとした「ちょっと!あなた!」

「いいんだ咲弥。この子ももう立派な大人だ。きっとわかってくれるはずだから話すよ」

 こうして優子と空と陸は、『優子は第三者からの精子提供により人工授精で産まれてきた』といういきさつを聞かされた。


 空と陸の件は隠されたままに。


 優子は予想だにしていなかった出生の秘密を知り、泣きながらリビングを飛び出して自分の部屋へ向かうと、陸がその後を追った。

「わ、私、パパだけじゃなく、空ニィ陸ニィと血が繋がっていなかったなんて、、、ううぅ」

「僕も驚いたよ、今まで隠していたなんてあんまりだよな。でも安心しろ。お前はこれからもずっと俺たちが守ってやるからな。優子は大切な大切な妹だからな」

「ありがとう、、、陸ニィ、、、ううぅ」


 優子は泣き疲れ、時間が経ち現実と向き合うにつれ、陸と血がつながっていないことに、不思議と喜びを感じはじめていた。

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