第2話 DNA鑑定

 そうこうしているうちに2か月が過ぎたころ。

 絵里が買い物に来ていたスーパーで偶然、高校時代の旧友と出会った。

「あれ?絵里さん?やだーお久しぶりー。え?今何してるの?あら、かわいい双子ちゃん。へーご結婚されてるんだー。ご主人は何をやられている方?てか、この辺に住んでるの?」

 絵里は矢継ぎ早の質問にたじろいながらも、笑顔で返答し、その場を去ろうとするも、旧友はさらに話しかけてきた。

「あらそー。大変ねー。私は夫のゴルフ場経営がうまくいってて、先週もハワイへ旅行してきちゃったわ。今はどんな事業を立ち上げてもうまくいく時代だから、美術品やらを買い漁っているわよ。あなたも買っといたほうがいいわよ。何ならうちのゴルフ会員権を安く譲ってあげるわよ。まだまだ高値が付くからー」

 絵里はやんわりと断りながら、予定があるふりをして速足で脱出するも、少し進んだところで振り返り、優雅な暮らしをしている彼女の背中を少しだけ、羨ましんだ。


 絵里は京介からの手紙を捨てた後も、胸の奥に何かが引っ掛かり、スーパーで買い込んだ袋いっぱいの特売品を両手に持ち、双子バージョンの大型ベビーカーを押しながら、彼のことを考えていた。

(もし仮に、もし仮に京介にそっくりな空が彼の子だったら、彼はきっと喜ぶだろう。

でも、そんなことを証明する手立てもないし。

でも、この子の顔を見たら京介もきっと自分の子供だと思うはず。

でも、一人だけであっても子供を養子に出すなんて耕太が許さないだろうし。

でも、この子を養子に出したらきっとたいそうな謝礼をもらって、優雅な暮らしとまではいかなくとも、もう少し楽な暮らしができるだろうし。

でも、ついこの前、家族四人で貧しくても心豊かに暮らしていくと決意したばかりだし。)

 絵里の葛藤は止まることなく、頭の中で回り続けていた。


 絵里はやっとの思いで家に着くと、夫の耕太が肩を落としながら近寄ってきた。

 絵里は、きっとまた今年もグッド絵画展に落ちてしまったのだろうと思い、励ましてあげようとしたが違った。


「ごめん、ごめん、ごめん、、、」


 泣きながら謝り続ける耕太につられて、ベビーカーに座る双子も泣き始めてしまった。耕太は、親友が新規事業を始めるにあたり、開業資金を借りるための保証人になるも、お金を借りた直後にその親友が蒸発して、借金の2千万円が保証人である耕太に回ってきたという。

 それを聞いた絵里は、貧しい暮らしの中でも、夫の夢に付き合う自分という誇りが失われた気がして、愕然とした。しかし、優しくて人当たりの良い耕太には、いつかこんな日が来るだろうと思っていた自分もいたため、さほどショックが大きいわけではなかった。


 翌日、絵里は決心した。子供を養子に出すことなく少しだけでも支援をしてもらえないかと思い、仕事がうまくいっているという京介に電話をしてみた。

「京介さん?お久しぶりです。2カ月ほど前にいただいたお手紙に返事もせずにすみません。事故で大変な目にあわれたそうで、お加減はいかがですか?あの、その、お手紙に書いてあった内容について、会ってお話できないかしら」

「やあ絵里さん、お久しぶり。僕の方は何とかやってるよ。あの手紙の件だけど、実は妻が妊娠したんだ。と言っても、僕の子供じゃないんだけどね。第三者から精子をもらって人工授精っていうかたちで、僕たちは子供を授かることになったんだ。科学の力はほんとすごいよ。ということで、養子の件は忘れてください。それじゃあお元気で」

 絵里は受話器を置くと、京介に実の子供がいる可能性があることを伝えることができなかったことを後悔した。しかし、借金2千万円という現実が絵里にのしかかり、後悔先に立たせまいとあきらめきれずに、双子を連れて京介の会社へと向かうのであった。


 絵里は電車に駆け込むと、ポツポツある空席には目もくれず、つり革につかまり、ベビーカーに座る双子を見つめながら、考えていた。

(もし京介がこの子を見て自分の子供だと感じたのであれば、きっと支援をしてくれるはず。わずかでもいい、今の苦境を乗り切れるだけでいいから、どうか、どうか、、、)


 絵里は以前に自分が秘書として働いていた、京介が経営する会社に到着した。

 受付を通っても通らなくても、厄介なことになるだろうと予感した絵里は、裏口から入って、そのまま社長室へと向かった。

 社長室の前まで来ると、どうしても京介に会って、子供を見せたい気持ちが強かった絵里は、緊張した手で握ったこぶしを扉の前へもっていきノックをしようとしたが、ノックをしてもしなくても同じだと思い、手をそのままドアノブへと移し、勢いよく扉を開けた。するとそこには、大きな机と、そこの前で車椅子に腰かけて書類に目を通しながら仕事をしている京介の姿があった。


 京介は、ノックもせずに入ってきた人物に不快な面持ちで目をやるとそこには、険しい表情の絵里がいた。

「ん?あれ?絵里さん?さっき電話で話したよね?どうした?」

 状況を呑み込めない京介だったが、絵里の押していたベビーカーに目をやると、表情が固まった。

「一歳と二カ月よ。あなたと別れてから9か月後に産まれたの。どお?」

 京介は固まった表情のまま、わずかに頭を揺らしながら、ゆっくりと車いすのロックを外し、子供の元へと漕ぎ寄った。ベビーカーの中で無邪気に笑う子供の前まで来て、表情をまじまじと見つめ、生唾を飲みながら京介が言った。


「そ、そんな、ぼ、僕そっくりだ。こんなことが。ふ、双子で」


「いいえ。おそらくは片方だけ、、、」

「片方だけ?そんなことありえるのか?でも確かにこちらの子だけが僕に似ている。どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ」

「悩んだわ!夫に言えるわけないしあなたにも家庭があったから、私だけの秘密にしてたの。でも、あなたが自分の子供を欲しがっていることを聞いて、それと、、、」

「それと?何?」

「実は今、お金に困って。少しで良いから支援をしてもらえないかと思って会いに来たの」

「そうだったのか。事情は分かったよ、でもその前に本当に僕の子供かどうかを調べさせてほしい」

「調べるったって、この子たちは私と同じ血液型のA型だったから証明のしようが無いの」

「【DNA鑑定】って聞いたことあるかい?去年から警察庁科学警察研究所が事件の捜査で取り入れてる手法なんだけれど、犯人の残していった血液や皮膚を、科学的に本人のものであると証明させることができるそうなんだ。その応用で、親子関係までもが科学的に調べられるそうなんだ。でも、今の日本には民間で調べてくれるところが無いから、海外の研究機関に高い報酬を払って調べてもらうことになる。費用は僕が払うから調べてもらおう」

 絵里は子供たちが痛みを伴う検査だと思い、抵抗するも、髪の毛を少しだけ切って渡せばいいと聞き、安心して承諾した。

 絵里・空・陸・京介 それぞれの髪の毛を少しづつ切り、小さなビニール袋に入れて名前を書き、鑑定へ出すのであった。

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