第3話 ティラミスの味


 一か月後、絵里は京介に呼ばれたため、双子を連れて会社へと向かった。どのような鑑定結果であろうとも、それを受け入れようと心に決めて。仮に、京介と子供に親子関係がなかったとしても、夫の耕太が背負った借金の返済日が差し迫って後のない絵里は、他にお金を借りるあてが無かったため、京介にすがり付こうと決めていた。


 通された社長室に入ると、エアメールで届いたその鑑定結果を見せてもらったが、英語と専門的な表記で書かれていたため、理解できずにいると、京介が説明してくれた。

「驚きの結果だよ。本当に父親が違う双子だったんだ。《二卵性二精子性双生児》というそうだ。99.9%の確率で、僕と空君には親子関係があって、僕と陸君には親子関係は無いそうだ。僕は、この聞いたこともない出来事の驚きよりも、僕に子供がいたことに対する喜びの方が大きいよ絵里さん。今すぐ、空君を僕の養子ではなく本当の子供として迎えさせてくれ。いいだろ?」

「ちょ、ちょっと待って。少し、少し考えさせてよ」

 絵里はどのような結果であろうと受け入れると決めていたが、科学的に証明されたことを突き付けられ、動揺を隠せずにいた。

「いったん、いったんこの事実を持ち帰らせて。主人とも話さないといけないし、あ、あなたも身重の奥さんに話さないといけないでしょ。そ、そうよ、落ち着いて、落ち着いて話し合いましょ」

「絵里さん。君が一番落ち着いて。わかったよ。君がご主人に話して、僕も妻に話をする。そして、もう一度会おう。僕の気持ちは決まっている。そのことは伝えたからね」

 こうして二人は後日会う約束をして、絵里は家へ帰っていった。夫の耕太へ、どこからどうやって説明しようかと考えながら。


 翌週、ある女性が街中のカフェで、少し膨らんだおなかをさすりながら人を待っていた。そこに現れたのは、絵里の夫である耕太だった。

「あ、あなたが僕に連絡をくれた?」

「初めまして、権厳寺ごんげんじ京介の妻、咲弥さやです。今日はお呼び建てしてすみません。何かご注文します?私が出しますからお好きなのをどうぞ」

「では、今人気のティラミスっていうのいいですか?どんなものか興味があって」


 耕太は運ばれてきたティラミスを食べてみたが、甘さと苦さが同時に来る味に慣れず、一口でフォークを置いてしまった。

「あら?お口に合いませんでした?人のおごりでも、無理して食べないあたり、はっきりした性格なのね。嫌いじゃないわ。私も同じ性格なので、単刀直入に言うわね。あなた、お子さんの話は聞いたかしら?」

「僕の子供の事ですか?何のことでしょう?」

「やっぱり何も聞いてないのね。それもそうよね、自分の夫の子供と、浮気相手の子供を、今まで同時に育ててたなんて、なかなか言い出せないのも無理ないわ。つまり、お宅の双子ちゃんの片方があなたの子供で、もう片方が私の夫との子供だったってこと。理解するまで待つつもりないから話を続けるわね。

 そこであなたの奥さんが、京介さんに片方の子を差し出して、その代わりにお金を要求しに来たらしいんだけど、やめていただきたくてあなたを呼んだってわけ。ほら、私、お腹がコレじゃない?京介さんが、子供の作れない体になってしまったから、第三者から精子をもらって人工授精でこの子を身ごもったはいいけど、彼の血が入ってないから、お宅の子が我が家に来たら、京介さんがこの子を愛してくれないようで私、不安なの。だから、ご主人のあなたから奥さんを説得してやめさせてほしいの。どお?ご理解いただけましたかしら?」

 耕太は寝耳に大洪水が来た思いで、震えながらうなずくと、咲弥は放心状態の耕太を置いたままにして、会計を済ませて去っていった。


 カフェで一人残された耕太は自分を責めていた。

(僕の描く絵は評価されないし、

騙されて借金もしたし、

愛する妻が浮気してたし、

知らない男の子供を育ててたし、あ゛あ゛ぁ!!

僕はダメな男だ。どうしたらいいんだ。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!)

 そして、耕太は一晩、行く当てもなく街をさまよい歩き続けた。


 翌日、人と会う約束があると言って出て行ったきり、一晩帰ってこなかった耕太を心配する絵里のもとに、一本の電話が鳴った。

 電話に出ると相手は、耕太が出展していたグッド絵画展の選考委員会からであった。内容は、なんと耕太の絵が大賞を取り、さらにその絵に高額な値を付けた買い手が現れたとのことだった。

 絵里は電話を切ると、これで借金を返し、子供を手放さなくて済み、京介との浮気も黙っておけると思い、すべてがうまくであろう未来に希望と喜びを感じていた。


 耕太の帰りを、まだかまだかと待ち構える絵里に、またしても電話が鳴った。今度の相手は警察署からであった。

「山下絵里さんですか?お宅のご主人についてお伝えしたいことがあります。今すぐ病院へ来れますか?」

 警察から病院への呼び出しに不穏な空気を感じつつ、双子を連れて病院へ駆けて行った。

 霊安室に通され、ベッドの上に横たわる何かに、白い布が掛けられた状況を前にした絵里。白い布を外して説明しようとする警察官を制止してしまった。


「待ってください!!」


 その先にあるであろう夫の死という衝撃的な現実を予感し抗おうとするも、警察官は無情にも、同情する表情を浮かべながら布を外した。

 そこには、黒く炭化した人の形をした塊があり、警察官はこれが耕太だと言った。


町はずれにある中華料理店で、火事があっただとか。

清掃を怠っていた排気ダクトから出火しただとか。

ちょうど道が渋滞していたため、消防車の到着が遅れたのだとか。

食事中だった耕太が逃げ遅れて、巻き込まれただとか。

左手の薬指に二人の名前を記した結婚指輪があったことから、この身元を耕太と断定しただとか。

 警察官は色々説明したが、あまり耳に入ってこず、その現実に絶望と悲しみを感じ、絵里は双子を抱きながら、ただただ、ただただ泣いた。


 二日後、しめやかに執り行われた耕太の葬儀へ、車いすに乗った権厳寺京介が現れ、喪主を務める絵里に話しかけた。

「この度はご愁傷様です。こんな時に言うことじゃないかもしれないけれど、絵里さん、僕の家に来ないか?子供の件もあるけれど、僕は君のことが心配で仕方なんだ。このことは妻とも話し合って承知してくれた。だから、ね、待っているよ」

 京介の妻、咲弥は数日前のエコー検査で、お腹の中の赤ちゃんが女の子と分かり、

跡継ぎに男子を欲しがっていた京介から説得され、その希望をくんで、絵里と双子の受け入れを渋々承知したのであった。

 絵里は、京介の申し出に戸惑いながらも、今後、一人で双子を育てていく自信が無く、彼の誘いに身をゆだねることとした。

 グッド絵画展では、大賞受賞者が死亡したとして、耕太の描いた絵にはさらに高値が付いた。しかし、絵里はそのお金を遺産として受け取るも、全て借金の返済に充て、手元には何も残るものは無かった。


 こうして絵里は居候として、双子の空と陸は養子として、権厳寺家に住まうこととなった。

 京介と咲弥と絵里は話し合いをして、3人の子供は大人になるまで皆、京介の実の子であると言い聞かせ、共に育てていくことを約束し合うのであった。


第一部 完


人物紹介

 山下 耕太 享年31歳 画家 グッド絵画展で大賞を獲るも、火災に巻き込まれ不運の死を遂げる

 山下 絵里 28歳 耕太の妻 夫に先立たれるも京介に声を掛けてもらい共に生活することに

 山下 空 1歳 双子の兄 絵里と京介の子 京介の養子になる

 山下 陸 1歳 双子の弟 絵里と耕太の子 京介の養子になる

 権厳寺 京介 35歳 大手不動産会社社長 交通事故で半身不随となり車いすで生活をしている

 権厳寺 咲弥 26歳 京介の妻 第三者からの精子提供により人工授精し、女児を身ごもる

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