第6話 車中で乗る口車
今から20年前、耕太が火災に巻き込まれ、亡くなったとされるその前日。
一口だけ食べられたティラミスの前で、絵里が浮気し、双子の片方が浮気相手の子だと知り、絶望の表情を浮かべる耕太を一人残して、咲弥はカフェを後にした。
咲弥はそれから、産婦人科の定期健診でエコー検査を受けると、女の子だと告げられ、家へと帰りそのことを夫の京介に伝えた。
跡継ぎに男子が欲しかった京介は、否が応でも絵里の子供を欲しがり、ある計画を思いついた。
そしてその翌日の早朝、京介は耕太だけと話をしようと、耕太の家の前で、本人が出てくるのを待った。
すると、家の中からではなく、駅の方からやつれた顔で家に帰ってくる耕太の姿を見かけ、話があると、車の中へ呼んだ。
「山下耕太さん、突然押しかけてすみません。私は
「お、お前が僕の家庭を壊したやつか!!よくノコノコ現れたものだ!!」
「絵里さんとの件は本当にすみませんでした。私にもこんなことになるとは思ってもいなかったんです。謝罪の意味も込めて今回はご提案に伺いました」
「僕の妻と不倫して、子供も産ませておいて、今更謝罪だと?ふざけるなー!!」
「どうか、どうか落ち着いて聞いてください。あなたのことを少し調べさせていただきました。どうやら絵描きとしての芽がなかなか出ずに困られているようで、さらに、ご友人の借金を背負われたとか。このまま、売れない絵描きとして、ご家族を苦労させていくおつもりですか?私がお力にならせていただきます。借金も返せて、奥様と双子のお子様の暮らしを保証するご提案です」
「そ、そんなことできるのか?」
「はい。それは、偽装死亡です。耕太さんが出展されているグッド絵画展のスポンサーを、たまたま今年から私が勤めさせていただいているんです。審査員の方々は私の意を汲んでくれる人たちを集めたので、あなたの絵を大賞にすることができます。なのでまず、耕太さんの絵を大賞にしてから、耕太さんが亡くなった事にします。すると絵の価値は間違いなく跳ね上がります。そこで私が2億円で買わせていただきます。それだけあれば、借金を返して、残された絵里さんと双子さんも路頭に迷うことなく暮らしていけます。あなたの今後の生活も、海外でご用意させていただきます」
「ぼ、僕が死ぬ?そんなことしなくても、あんたが僕に慰謝料を払うか、高値で僕の絵を買ってくれればいいじゃないか。どうしてそれができないんだ?」
「まずはじめに、不倫の慰謝料をお支払いするとしましても、相場の100万円以上お渡しするとなると、私の妻が黙ってないので難しいでしょう。それと、新人画家が絵画展で大賞を獲っても、せいぜい200万円で売れればいい方なんですよ。それがいきなり2億円の値を付けてしまうと、脱税やマネーロンダリングを怪しんだ税務署や国税庁が動き出して、没収されかねないんです。ところが、大賞を獲った作者が死んでしまった作品であれば、いくら高値が付いても怪しまれずにいられるってわけです」
「そこまでして、あんたに何のメリットがあるっていうんだ?まさか、そのまま僕の家族を奪おうって魂胆か?」
「まさか、めっそうもない。これは本当にあなたへの謝罪のつもりです。あなたの奥様とお子様へは、今後接触しないことをお約束します。耕太さんがご家族を本当に愛しているのであれば、最良の手段だと思いますよ。あと数時間で、グッド絵画展の大賞発表がされます。時間が無いので今すぐご決断ください」
「そ、それしか手がないのか。今まで懸命に追いかけてきた絵画展の大賞を、お金の為に画家の魂だけでなく、この命までも捧げるとは、ははっ笑うしかないよ。僕が今まで売れない絵を描き続けて、家族に苦労掛けてわがまましてきた報いが来たんだな。、、、わかりました。お願いします」
前日は一睡もせず街をさまよい続け、疲れが溜まり、正常な判断能力を失っていた耕太は、京介の口車に乗ってしまい、提案をすべて受け入れ、身に着けていたものを全て京介へと渡した。
耕太は車窓から家を眺めて、窓際にいる家族を見つめ、涙を流しながら結婚指を外し、つぶやいた。
「絵里、空、陸。愛しているよ。さようなら」
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