第5話 酔っ払った起爆スイッチ
数日後、咲弥は娘の優子を誘って、街中のカフェに来ていた。
二人は流行りのパンケーキを注文すると、咲弥が話し始めた。
「どお?あれから少しは落ち着いた?私もあなたに隠していたのはつらかったのよ。分かってちょうだい」
「もういいよ。最初は驚いたけど、なんだかあの日から気が晴れたっていうか、今まで押し殺していた自分の気持ちは間違っていなかったっていうか。そんな気分だから」
「ところで、あなたは真実を知ってしまった以上、私の願いを聞いておいてほしかったから、今日はここに呼んだの」
「ママの願い?」
「そうよ。私の願いはね、あなたには今後、空と結婚して
あなたも知っているように、空と陸はパパが浮気して作った本当の子供で、絵里さんに連れられてきた養子という形で家に入っているんだけれど、それを外して、あなたと空が結婚すれば、完全に家族となれるのよ。今後はそういう気持ちで頼むわよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなの急に無理よ。ずっと兄妹として暮らしてきたのに、急に結婚しろだなんて。それに私、、、」
「何よ、好きな人でもいるわけ?そんなの遊びだけにしておきなさい。あなたは権厳寺家の娘として生まれた使命を背負っていかなきゃならいの。わかったわね」
咲弥は注文したパンケーキに口を付けるも、いつも絵里が作るスイーツの方がおいしいと思い、一口食べてそれを残し、会議があると言い、会計を済ませてその場を去った。
カフェで一人残された優子は考えていた。
(ママはいつもわがままで勝手だけど、今日は特にひどいわ。私に空ニィと結婚しろだなんて絶対どうかしてる。それに私は、陸ニィの事が昔から好きだったんだから。血が繋がっていないってことを知ってから、やっとこの気持ちを表に出せると思ったのに、ママったら、、、私はどうしたらいいのよ)
翌日、絵里がキッチンでシュークリームを作っていると、優子がエプロンを付けながら近づいてきた。
「絵里さん、私にも手伝わせて」
「いいわよ。それじゃあこのシュー生地を混ぜてちょうだい」
「これね。わかったわ。ところで絵里さんって、パパ以外、好きになった人っていないの?」
「どうしちゃったの?急に。まあいいわ。いたわよ、好きな人。本当はね、私、京介さん以外にも好きな人がいて、二股してたの。悪い女でしょ?みんなには内緒よ。
そのあと、二人に対して罪悪感を覚えて、京介さんとはお別れしたの。でも私が選んだその人、火事で死んじゃって、すでに生まれてた空と陸がDNA鑑定で京介さんの子供だってわかったら、京介さんが私と子供を受け入れてくれたの」
「えー?そうだったの。意外だったわ。その亡くなられた方って、どんな人だったの?」
「あの人はね、とても優しくて、ユーモアもあって、一緒にいて楽しい気持ちにさせてくれる人だったわ」
「でも、絵里さんはパパと二股しちゃったんだよね?どうして?」
「あら、ズバッと聞くわね。そうね、人ってずっと幸せでいるとそれが当たり前になっちゃうの。やがてさらに上の幸せを願おうとするんだけど、私は選択を間違えちゃったのよね。一人の人だけでがまんできなくなっちゃって、私が弱かったってだけよ。そして、気づいた時には取り返しのつかないことになって、自分の愚かさを知るのよ。あっでも、京介さんの魅力が強すぎたってのも罪だと思うけどね」
「それじゃあ絵里さんはいつも自分が好きになった人と付き合ってきたんだ」
「そうよ。好きでもない人と計算や打算で付き合ってもいいことなんてないわよ」
「今でもパパのことが好きなの?」
「今は私を救ってくれた恩人としか思ってないわ。京介さんとは区切りをつけて、彼のもとへ帰ったの。亡くなった今でもあの人の事を思っているわ」
二人はシュー生地を焼き終えると、カスタードを絞り込んで完成させた。優子は甘いシュークリームを食べながら、そのおいしさに幸福を感じ、絵里が本音で話をしてくれたことを、うれしく思っていた。
そして、優子は自分の気持ちを大切にしようと再確認するのであった。
翌週、優子は陸に車を出してもらい、買い物へ誘った。その帰り道、助手席に座る優子が陸に話しかけた。
「陸ニィ。今日は付き合ってくれてありがとう。心の整理もついたわ」
「それはよかった。優子が落ち込んでいれば、僕はいつだって参上して助けてやるからな。なんといっても優子は元気だけが取り柄だから」
「もぉ。最後のは余計だょ。でも、陸ニィは頼もしいし、優しいし、私、陸ニィと血が繋がっていないことが分かって、もうこの気持ちを押し殺しておくのはやめにしたの。
聞いて、陸サン。わたし、あなたのことが、昔から、、、」
「優子!それ以上言うな!俺たちは兄妹だ。お前がその気持ちを表に出すと、おれも抑えられなくなる」
「?!そ、それじゃあ、陸ニィも私と同じ気持ちなの?じゃあどうして。好き同士ならそれでいいじゃない」
ちょうどそこで二人を乗せた車が家の車庫に着いた。陸はエンジンを切って、上半身を優子の方へ90度回した。
「言うなって言ったのに。好き同士だなんて」
そういいながら陸は、抑えられなくなった気持ちを、唇と共に優子へ押し付けた。二人は時間を忘れて唇を熱く重ね続けた。20年間共に暮らし、我慢し続けた時を殺すように。
そしてその光景を、偶然にも遠くから空に見られてしまっていたということも知らずに。
翌日、空が陸の部屋をノックした。
「陸。話があるんだけど」
「ん?どうした空」
「昨日、車の中で優子とキスしてるの見かけたんだけど。どういうことだよ」
「あ、あれか。見られちまったか。なんつうか、お互いの思いが抑えきれなくなって、その、」
「どうして陸ばっかりなんだよ!勉強もできるし、人付き合いもいいし、それに、それに、優子まで。俺には何もねーじゃねーか!」
「空、もしかして、おまえも、優子の事が、」
その時、怒りの感情が高まった空が、陸の頬をこぶしで殴った。
「どうした陸!やり返して来いよ!ほら!」
ケンカで決着を付けようと空が陸をたきつけるも、陸はそれに乗ってはこなかった。
「俺は空とケンカするつもりはないし、優子のこともあきらめるつもりはない。でも、将来は長男であるお前が父さんの後を継いで権厳寺グループのトップになるんだ。何も無いなんてことは無いだろ」
「グループのトップになったって意味ねーんだよ!くそっ!」
空は怒りの表情のまま、部屋の扉を叩くように強く締めて出て行った。
時を同じくして、タイ・バンコク郊外にある格安ゲストハウス。ここで、貧乏旅をするバックパッカー相手に細々と経営する、一人の日本人男性がいた。
この日の客は、美大を卒業したばかりで、世界各地を旅して周り、絵を描きながら腕を磨いているという日本の若者だった。そんな彼が、ゲストハウスのリビングで出された酒に酔って、オーナーに絡み始めてしまった。
「オーナーさんは日本人なんですよね?なんでまたこんな
「まぁ、色々ありまして。飲みすぎですよお客さん。今日はもう絵を描かなくてもいいんですか?」
「いいんですよ。オーナー。いくら良い絵を描いたってね、今の日本では全く評価なんてされませんよ。1990年に突然、濁音がたくさん付く変な名前の奴が、金に物を言わせてグッド絵画展のスポンサーになったとたん、審査員は皆そいつの言いなりですよ。その時に大賞を獲った絵が、たいして良くもないのに2千万円の高値で買われただなんて、おかしいですよ。あっこれ、関係者に聞いたオフレコですよ。これがどういうことか分かりますか?僕にも分かりませんよ。ムニャムニャ」
若い絵描きの彼は寝てしまった。
しかし、それを聞いたオーナーの男は突如、怒りの表情を浮かべて、今まで貯めてきたであろう売り上げ金をかき集め、どこかへ出て行ってしまった。
数日後、あるパーティー会場で、権厳寺京介が電動車いすに乗り、正面のステージへ登壇した。
「本日は、我が権厳寺グループが手掛ける東京ライジングタワーの、日本一高い建物となった祝賀レセプションパーティーへようこそおこしいただきました。東京タワーの高さを抜き、日本一となったことは、大変喜ばしく、今後も皆さまと共にますます発展していきますことをお約束いいたします」
大きな拍手が会場を包み込むと、京介が手を振ってそれに応えた。ステージ上から笑顔で会場の隅々へ視線を向けていると、突如京介の表情が固まった。来場者に気づかれぬよう平然を装って、急いでステージから降りると、京介を凍り付かせた原因の元へと車いすを進めた。
会場の隅にいたその原因。それはなんと絵里の元夫で、20年前に死んだはずの山下耕太であった。
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